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Columns

5月のジャズ

Jazz in May 2025

小川充 May 28,2025 UP

Emma-Jean Thackray
Weirdo

Brownswood Recordings / Parlophone

 トランペットやキーボードなどを操るマルチ演奏家/作曲家にしてシンガーでもあるエマ・ジーン・サックレイが、2021年のデビュー・アルバム『Yellow』以来となる新作『Weirdo』を発表した。女性ミュージシャンが多く活躍するロンドンの中でも極めて多彩かつユニークな才能を有するエマは、多くのミュージシャンが通ってきたトゥモローズ・ウォリアーズの出身者とはまた異なる個性を持つ。クラシックに始まり、インディ・ポップやグランジ、フリー・インプロヴィゼイションやジャズ/フュージョン、ソウルやファンク、ゴスペルやアフロなどさまざまな音楽の影響を受けてきたエマだが、『Yellow』はそうした影響や多様性が融合したもので、世間からも高い評価をもって受け入れられた。個人的な印象では思いのほかにダンサブルなサウンド・カラーを感じさせる部分があり、ディープ・ハウスやブロークンビーツ的なアプローチを感じさせるところもあったわけだが、彼女自身がダンス・サウンドやグルーヴィーな音楽が好きで、そうした方向性の作品もアルバムに収録したかったからということだった。ゴスペルもそうだが、ダンス・ミュージックは強いパワーを周囲の人と共有したいというエナジーから生まれるもので、エマの楽曲にはそうしたパワーが備わっている。2023年にエマは長年のパートナー亡くしていて、そのときに制作途中だった『Weirdo』は方向性の変更を余儀なくされた。深い絶望の淵にいたエマを救うべく、『Weirdo』は再生や生存のパワーを持つ作品となっていった。『Yellow』にあった生命力のパワーを、さらに強く感じさせるアルバムとなっている。

 『Yellow』ではほかのミュージシャンとのライヴ・セッションの素材を、自宅スタジオで彼女が演奏した素材などを交えて編集した内容だったが、『Weirdo』はほぼ彼女ひとりで演奏・録音・編集をおこなっており、トランペットはじめ管楽器、鍵盤楽器、ギター、ベース、ドラムス、パーカッションやヴォーカルと全てを担当する。例外的にアメリカからエマと同じマルチ・ミュージシャンのカッサ・オーヴァーオールと、俳優/コメディアンでラッパー/ヒューマン・ビートボクサーとして知られるレジー・ワッツがゲスト参加。そのレジー・ワッツのヴォーカルをフィーチャーした “Black Hole” は、『Yellow』でも見られたファンカデリック・スタイルのパワフルなファンク・ナンバー。ファンカデリックのアフロ・フューチャリズムを投影したような楽曲で、彼女自身は黒人ではないのだが、黒人以上にブラックネスやファンクネスに溢れている。『Weirdo』は『Yellow』以上にヴォーカルの比重が高くなっており、ネオ・ソウル調の “Stay” などは彼女のシンガーとしての成熟度を物語る。ディープ・ハウス調の “Thank You For The Day”、ほのかにアフロビートを取り入れた “Save Me” にしても、基調となるのはエマのソウルフルなフィーリングで、彼女のシンガーとしての資質にうまく目を向けたアルバムと言えよう。


Chiminyo
NRG 4

NRG Discs

 サウス・ロンドンのジャズ・シーンを中心に、マイシャやシカーダなどのグループでも演奏してきたドラマー/パーカッション奏者のティム・ドイル。彼のソロ・プロジェクトであるチミニョは、2019年にEPの『I Am Chiminyo』でデビューし、2020年にはファースト・アルバムの『I Am Panda』をリリースしている。チミニョにおいては生演奏とエレクトロニクスの融合が顕著で、ダブステップ、ベース・ミュージック、ビート・ミュージックなどとジャズやエクスペリメンタル・ミュージック、インプロヴィゼーションを結び付けたユニークなサウンドを展開する。『I Am Panda』においても自身でドラムやパーカッションのほかに、ピアノとヴォーカル、そしてエレクトロニック・プロダクション全般も手掛け、ゲスト・ミュージシャンでストリングスや民族楽器の演奏家らも交え、アフリカ、中央アジア、東南アジア、東ヨーロッパなどのエスニックなサウンドを取り入れた独特の世界を表現していた。『I Am Panda』以後は自主レーベルの〈NRGディスクス〉を主宰し、『NRG』というアルバムを定期的にリリースしている。これまで第3集まで発表してきたが、それぞれ構成メンバーは異なるもののシンセ類を交えたエレクトロニックな作品集となっている。ロンドンにおけるフューチャリスティックなジャズにおいては、ザ・コメット・イズ・カミングと双璧と言えるような内容だ。

 そして、この度『NRG』の第4集がリリースされたが、今回はロンドンのジャズ・クラブの名門であるロニー・スコッツでのライヴ録音となる。サウス・ロンドン・シーンを支えるベーシストのダニエル・カシミールほか、ヌバイア・ガルシア、エマ・ジーン・サックレイ、ザラ・マクファーレンらと共演してきたキーボード奏者のライル・バートンなどが伴奏し、ライヴ・エレクトロニクスも参加する。“Into The Storm” でチミニョはドラムンベース的なビートを叩き出し、緊迫感を煽るジェイムズ・エイカーズのサックスやSEが絡み、後半へ向けて爆発していくコズミック・ジャズとなっている。“Chrysalis” はダブステップ調の楽曲で、ダブ・エフェクトが霧のように立ち込めて幻想性を際立たせる。“Luminescence” はブロークンビーツ調のビートの上で、ジェイムズ・エイカーズのディープなサックスとライル・バートンのきらめくキーボードが交わり、エレクトロニクスによるエフェクティヴな音響が全体を包み込んでいく。“Sonder” はダブを取り入れたミスティカルな楽曲で、アラビックな音階が幻想性を高めていく。“Nightfall” でチミニョはヴォーカルをとり、シンセによる音響空間の中で深くエモーショナルな歌声を披露する。


Luke Titus
From What Was Will Grow A Flower

Sooper

 ルーク・タイタスはシカゴ出身のプロデューサー/ドラマー/マルチ・ミュージシャンで、同郷のラッパーのノーネームや、R&Bシンガーのレイヴン・レネイなどの作品に参加したこともあり、どちらかと言えばヒップホップ/R&Bの文脈から注目を集めるようになった。2020年の『Plasma』はレイヴン・レネイ、セン・モリモト、ブライアン・サンボーンといったゲストを招きつつ、ルーク自身はドラムスのほかにギター、ベース、キーボードなど各種楽器を演奏し、作詞・作曲・歌唱を行うシンガー・ソングライター的な立ち位置を見せるものとなっていた。DIY的なアルバムではあるが、その演奏技術はかなり高いもので、楽曲によってはサンダーキャットなどを彷彿とさせるものも。ヒップホップやR&B的な部分もあるが、全体的にはジャズやオルタナティヴな要素も強く、ロンドン勢で比較するならトム・ミッシュオスカー・ジェロームあたりと比較すべき人材に思ったものだ。

 それから5年後のニュー・アルバム『From What Was Will Grow A Flower』は、アーロ・シムズ、ジョナサン・フーバー、イライジャ・フォックス、マイク・ハルデマンらと共同で作曲をおこない、シカゴ、ニューヨーク、ロサンゼルスの音楽仲間の中からミゲル・アットウッド・ファーガソンなどがレコーディングに参加している。ヴォーカル曲の印象が強い彼だが、インスト曲の“Lotus Leaf” を聴くと、彼のジャズ・ミュージシャンとしての資質が逆に鮮明になる。ドラムはドラムンベース的な小刻みなビートを叩き出し、コズミックな空間を作り出すキーボードにメロディアスなサックスが絡んでいくという、非常に繊細で美しい楽曲。ロサンゼルスのキーファーと、マンチェスターのゴーゴー・ペンギンが合体したような楽曲だ。ヴォーカル作品を見ると “What Am I – Radio Tower” はドリーミーなフォーキー・ワルツで、ニック・ハキムあたりに通じるオルタナティヴなムードを感じさせる。“Sideline” や “Up In The Stars”、“Above Us” はJディラ譲りのズレたビートを持ちつつ、70年代から続くフォーキー・ソウルやAORの伝統的なエッセンスも感じさせ、それこそトム・ミッシュやオスカー・ジェロームのグルーヴ感に繋がる楽曲だ。


Lauri Kallio
Turtles, Cats and Other Creatures

Mustik Motel

 ローリー・カリオはフィンランドで活動するギタリスト、およびマルチ・ミュージシャンで、作曲やヴォーカルまでおこなう。これまでヒップホップ系バンドのソウル・ヴァルピオ・バンドや、エレクトロニック・ジャズ/フュージョン・バンドのウニヤ、ドリーム・ポップ・デュオのパンビカリオなどで活動してきており、ジャンルにとらわれない多彩な音楽性を持つ。ソロ・アルバムとしては2020年に『Rusko』を発表しており、ジャズ、アンビエント、実験音楽などを交えた作品だった。それから5年ぶりの新作『Turtles, Cats and Other Creatures』は、前作に比べてポップな要素が増えつつも、彼ならではの多様な音楽要素が折衷した内容となっている。

 そうした折衷的な音楽要素を手助けする人物として、フィンランドの奇才であるジミ・テナーの参加が大きい。フルート、サックス、シンセの演奏として4曲に参加しているが、そのうちの1曲である “Spiralling Down” はエコウマニアのヴォーカルをフィーチャーしたアフロビート×ジャズで、かつてジミがドイツのアフロビート・バンドのカブ・カブと共演して作ったアルバム群を思い起こさせる。実際のところエコウマニアことエコウ・アラビ・サヴェージは、ガーナ出身のドラマー/シンガーで、カブ・カブのメンバーでもあった。ジミのフルートとシンセをフィーチャーした “Forgetting Things” にもエコウはパーカッションで参加していて、フォークロアな風味のジャズ・ファンクとなっている。同じくふたりが参加した“Meirami (The World Awaits)” は、ハープシコードを用いたレトロでサイケな風合いのジャズ・ファンクで、映画音楽やライブラリーに近いような雰囲気。ドリーム・ポップなども作ってきたローリーの才が生かされた作品だ。

Profile

小川充 小川充/Mitsuru Ogawa
輸入レコード・ショップのバイヤーを経た後、ジャズとクラブ・ミュージックを中心とした音楽ライターとして雑誌のコラムやインタヴュー記事、CDのライナーノート などを執筆。著書に『JAZZ NEXT STANDARD』、同シリーズの『スピリチュアル・ジャズ』『ハード・バップ&モード』『フュージョン/クロスオーヴァー』、『クラブ・ミュージック名盤400』(以上、リットー・ミュージック社刊)がある。『ESSENTIAL BLUE – Modern Luxury』(Blue Note)、『Shapes Japan: Sun』(Tru Thoughts / Beat)、『King of JP Jazz』(Wax Poetics / King)、『Jazz Next Beat / Transition』(Ultra Vybe)などコンピの監修、USENの『I-35 CLUB JAZZ』チャンネルの選曲も手掛ける。2015年5月には1980年代から現代にいたるまでのクラブ・ジャズの軌跡を追った総カタログ、『CLUB JAZZ definitive 1984 - 2015』をele-king booksから刊行。

COLUMNS