Home > News > Simon Reynolds - ——レイヴ・カルチャーの本質にあるのは政治性ではない、どれだけぶっ飛べるかだ:サイモン・レイノルズ『未来マニア』刊行のお知らせ

サイモン・レイノルズといえば、ここ日本でもすっかりお馴染みとなった英国屈指の音楽ライター。彼の代表作であり傑作と名高い『ポストパンク・ジェネレーション 1978-1984(Rip It Up and Start Again)』の邦訳本でその名を知った人もいれば、あるいはネットで音楽情報を追うのが当たり前になった世代なら、「Pitchfork」をはじめとする海外メディアの記事でその鋭鋒に触れているかもしれない。(あるいは、『K-パンク』の序文で初めて読んだ人もいるかもしれない)
いずれにせよ、彼が現在の欧米の音楽批評界において、指折りの影響力を誇る存在であることは事実だ。なぜこれほどまでに読者を惹きつけるのか——その所以は、知的な分析力と、その音が社会という大きなキャンバスのなかで何を意味しているのかを見事に提示してみせる、圧倒的な解釈の強度にあるのだと思う。
さて、そんな“英国音楽ジャーナリズムの知性を代表する”彼の著したエレクトロニック・ミュージック・ガイド『未来マニア』は、シュトックハウゼンやジョン・ケージのいわゆる前衛から説かれるわけでもなければ、テルミンの流れるイージー・リスニングで幕を開けるわけでもない。迷いなく放たれる第一球、それはドナ・サマーの“アイ・フィール・ラヴ”。まず、ここが重要なのだ。
本書で熱量をもって取り上げられているもののなかには、アシッド・ハウス、レイヴ、EBM、ジャングル、ガバ、あるいは現代のオートチューンやトラップといった、ある種快楽的で、非言語的音楽が多々ある。彼が現代のミニマルを評するさいに用いた言葉を借りるなら、「自分は趣味が良いと自惚れている」連中が聴くような音楽ではなく、もっと生々しいエレクトロニック・ポップ・ミュージックの群像だ。
レイノルズにはすでに、レイヴ・カルチャーの軌跡を追った『Energy Flash』という大作がある。あの本のなかでも彼がもっとも熱くなっているのはジャングルであり、逆にどこか冷淡な視線を注いでいたのが〈Warp〉系のエレクトロニカだ。こうした“洗練された趣味”を疑い、むしろアンダーグラウンドの熱狂に肩入れするところは、彼の真骨頂と言える。まあ、要するに、オービタルには目もくれないのにオウテカならありがたがるような、ベルトラムを黙殺しながらベーシック・チャンネルを崇めるような、その手のスノビズムとは真っ向から対立する——いや、素晴らしい姿勢じゃないですか。
『未来マニア』は、網羅的で客観的なディスクガイドではない。クラブの狂騒を凝縮した『Energy Flash』とも、内容上の重複はほとんど見られない。時間軸でいえば、レイヴ・カルチャー以前の話(クラフトワーク、YMO、タンジェリン・ドリームや冨田勲、シンセポップなど)が前半に少々、終了後の話が多くを占めている。だが、その根底には間違いなく同作から地続きの思想的伏線が貫かれており(それは「あとがき」まで読み進めれば明白となる)、もうひとつの主軸として「未来」というテーマが全編を平行走している。
かつて、エレクトロニック・ミュージックはある時期まで「まだ見ぬ未来」のヴィジョンと固く結ばれていた。しかし、その「未来」はいつしか瓦解し、消失していった。21世紀を迎えた大衆文化が未来を構想する力を失ってしまったというテーマは、それこそマーク・フィッシャーの十八番であり、レイノルズ自身の代表作『Retromania』の核をなすものでもある。
『未来マニア』で試みられるのは、「未来」という夢に取り憑かれた大衆文化の解剖だ。その考察は、SF映画(『スター・ウォーズ』『未知との遭遇』から『禁断の惑星』『2001年宇宙の旅』、『惑星ソラリス』『ブレードランナー』まで)とSF小説(『すばらしい新世界』『華氏451度』から、バラード、ディック、ギブスン、ジェフ・ヌーンまで)を縦横無尽に横断する最終章において、一気にギアを上げ、怒濤の加速を見せる。ここ、なかなかの読感が待っています。
もちろん、ジョルジオ・モロダー、ボーズ・オブ・カナダ、ベリアル、さらには坂本龍一やロバート・ハイ(オムニ・トリオ)といった、彼が愛してやまない表現者たちに捧げられたエッセイのエモーショナルな熱量にも深く揺さぶられる。とりわけベリアルをめぐる論考は感動的で、マーク・フィッシャーがそうであったように、ベリアルのサウンドには、書き手の言語的想像力をふくらませる何かがあるのだろう。
個人的に唸らされたのは、彼の批評眼が冴え渡る「ニューエイジとアンビエント」、前述の「オートチューンとトラップ」、そして「ダフト・パンク」考や「コンセプトロニカ」を扱ったエッセイだ。2010年代以降の比較的新しい地平を扱いながら、“音楽というレンズを通して社会の輪郭を描き出す”彼の本領が遺憾なく発揮されている。気がつけば、配信でミーゴスやフューチャー、ダフト・パンクを流し、その勢いのまま埃をかぶった棚からメスカリナム・ユナイテッドのレコードを引っ張り出してしまった。
メスカリナム・ユナイテッド——テクノを好む人間のうち、一体どれほどがこの名に反応できるだろう。知らなくて当然なので気になさらないでほしい。ひとことで言えば、これはレイヴ・カルチャーがもっとも過激に暴走していた時代の、悪夢のような副産物だ。〈Planet Core Productions(PCP)〉という、ただひたすらハードに、狂気へと没入するためだけに音を刻んでいたこのレーベルとその作品について、これほど緻密で愛のある文章に触れたのは初めてだった。なるほど、「ハードコア・コンティニュアム(連続体)」という概念を打ち立てた男の仕事だと膝を打つ(まあ、厳密なことを言えば、ガバをハードコアに位置づけているわけではないので、誤解せぬよう。でも気になる人は読んでください)
レイノルズに言わせれば、レイヴ・カルチャーとは政治的な運動などではなく——彼の言葉を言い換えるなら——「いかに遠くまでぶっ飛んでいけるか」という限界への挑戦なのだ。マシュー・コリンが『レイヴ・カルチャー』で描いた視座とは対極にあるが、これは優劣の問題ではない。両方の視線が併存してこそ、カルチャーの立体感が浮かび上がる。
ぜひ、以下の目次を開いてみてほしい。ひとつのエッセイのなかには、じつは溢れんばかりのアーティストと作品が連なっている(作中で言及される作品は100枚を軽く超え、巻末には膨大なプレイリストも控えている)。
いまも、そしてこの先においても、人びとが「音楽について書かれた言葉」を面白がってくれることを切に願いつつ、ひとりでも多くの人が、読んで、聴いてくれたら幸いです。ほんとうに、魅力的な文章でいっぱいなので。(野田努)
※発売は7月29日です
目次
序論
PART 1
未来からの音楽:ドナ・サマー、ジョルジオ・モロダーとピート・ベロッテによる「アイ・フィール・ラヴ」と、エレクトロニック・ダンス・ミュージックの発明
クラフトワークはいかにしてポップの未来を創造したか:フローリアンを中心とした物語
一九七〇年代のアナログ・シンセの神々:ファイナル・フロンティア
テクノポップ:イエロー・マジック・オーケストラと坂本龍一
ダブ・レゲエ:キース・ハドソン、クリエイション・レベル、ダブ・シンジケート
UKシンセポップ:エレクトロニック・ドリーマーズ
インダストリアル・ダンスとエレクトロニック・ボディ・ミュージック
アシッド・ハウス:イントゥ・ザ・フューチャー
レイヴ:エイセンの『トリップII・ザ・ムーン』
ガバとグルームコア:ザ・ムーヴァーとPCPレコード
ジャングル:オムニ・トリオのブレイクビート交響曲
アートコア:ア・ガイ・コールド・ジェラルドの『ブラック・シークレット・テクノロジー』
ミニマル・テクノ:ガスとヴォルフガング・フォークトのゲルマン的ヴィジョン
IDM:ボーズ・オブ・カナダ
PART 2
グライム:ウィ・ラン・ザ・ローズ
ダブステップ:ベリアル
マキシマル・ネーション:ラスティとデジタル・マキシマリズムの台頭
PART 3
女性電子音楽家たちの新しい波:シンセと感受性
ゼノマニア(異国的なるものへの熱狂):拡大し続けるインターネットの音の世界で “異質なもの” を愛すること
フットワーク:ジェイリンの武道的な芸術形式
ダフト・パンク:「デジタル・ラヴ」、『ランダム・アクセス・メモリーズ』、そして未来の失敗
ライフ・オブ・オートチューン:ピッチ補正はいかにして二一世紀のポップ・ミュージックに革命を起こしたか──アフロビーツからアトランタ・トラップまで
アンビエントとニューエイジへの永久回帰:庭に戻ろう
コンセプトロニカ
PART 4
コーダ:ソニック・フィクション(二部構成による考察)
第一部 「これが未来だというなら、どうして音楽はこれほどまでにダサいのか?」映画におけるサイエンス・フィクション
第二部 音の未来像:SF作家たちは未来の音楽を空想する
あとがき
謝辞
未来マニアのための音楽
未来への読書案内
刊行に寄せて
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