Home > Reviews > Album Reviews > Maisha- There Is A Place
ジャズの源流はアフリカ音楽にあり、その歴史の中でもデューク・エリントン、ランディ・ウェストン、マッコイ・タイナー、ファラオ・サンダースなど、さまざまなミュージシャンがアフロ・リズムやアフリカ民謡を取り入れた演奏をおこなってきた。現在でもカマシ・ワシントンなどはアフリカ色の濃いミュージシャンの筆頭に挙げられるが、ジャズ・シーン全体を見るとイギリスのミュージシャン、特にサウス・ロンドンのミュージシャンにアフリカ志向を強く打ち出している人が多い。イギリスにはアフリカ系の移民やその子孫が多く住み、1960年代頃からジャズ、ロックなどがアフリカ音楽を融合してきた長い歴史があるので、そうした影響がいまも根強いということが理由としてあるのだろう。特にロンドンにはアフリカ、およびその子孫にあたるカリブ系ミュージシャンが多く、シャバカ・ハッチングスやモーゼス・ボイドなどがディアスポラという民族意識やアフリカ回帰色を演奏に強く打ち出している。TMとフェミ・コレオソ兄弟、ジョー・アーモン・ジョーンズらによるエズラ・コレクティヴ、オスカー・ジェロームらによるココロコ、タマル・オズボーン率いるカラクター、ベン・ブラウン率いるワージュ、アイドリス・ラーマンやレオン・ブリチャードらによるイル・コンシダード及びワイルドフラワーなど、さまざまな形でアフリカ音楽を取り入れたバンドが活動しているが、ドラマーのジェイク・ロング率いるマイシャも極めてアフリカ色の濃いグループだ。
ジェイク・ロング自身は白人だが、ジョー・アーモン・ジョーンズのように南ロンドンの黒人ミュージシャンたちと交流が深く、そのジョーとマックスウェル・オーウィンによる『イディオム』(2017年)でも演奏している。彼が率いるマイシャは6人組で、サックス奏者のヌビア・ガルシアとギタリストのシャーリー・テテという女性ミュージシャン、日系キーボード奏者のアマネ・スガナミ、ベーシストのトゥーム・ディラン、パーカッション奏者のティム・ドイルがメンバー。ヌビアとシャーリーはネリヤという女性バンドも結成し、特にヌビアは自身でもリーダー作をリリースするなど、南ロンドン勢の中でもよく知られる存在だ。マイシャは2016年に〈ジャズ・リフレッシュド〉からEP「ウェルカム・トゥ・ア・ニュー・ウェルカム」でデビュー。ライヴ録音となるこのEPでは、その名もずばり“アフリカ”という曲はじめ、アフリカ色の強いモード・ジャズ、ディープなスピリチュアル・ジャズを披露しており、ジェイクのドラムはエルヴィン・ジョーンズあたりの影響を感じさせる。そのエルヴィンと一緒にコルトレーンのグループの中核を担ったマッコイ・タイナーは、1970年代にアフリカ回帰色を打ち出した作品をリリースしているが、マイシャにはそうしたマッコイの諸作を彷彿とさせるところがあった。その後、2018年になってリリースされたオムニバス・アルバム『ウィー・アウト・ヒア』でも、“インサイド・ジ・エイコン”というアリス・コルトレーン風の瞑想的な楽曲を披露している。そのほかボイラールームでのイベントでサン・ラー・アーケストラのサポートを務めたり、ロンドンのセッション・イベントの《チャーチ・オブ・サウンド》に出演するなどライヴ活動も活発におこなっており、このたび〈ブラウンズウッド〉からファースト・アルバム『ゼア・イズ・ア・プレイス』をリリースする。
『ゼア・イズ・ア・プレイス』のレコーディングは今年の半ば頃に3日間かけておこなわれ、マイシャの6人のほかサポート・ミュージシャンとしてパーカッションのヤーエル・カマラ・オノノ、トランペットのアクエル・カナー・リンドストロム、そしてストリングス・セクションやハープも加わり、「ウェルカム・トゥ・ア・ニュー・ウェルカム」に比べてずっと厚みや奥行きのあるサウンドを展開している。収録された5曲はマイシャのこれまでのライヴから生まれてきたもので、リハーサルでのアイデア的な原型から、何度もライヴを重ねる中でさまざまなアプローチ、インプロヴィゼイションによる試行錯誤を経て磨かれていき、最終的な完成形がこのアルバムに収められている。古代エジプト神の名前がつけられた“オシリス”は12分近くに及ぶ大作で、マイシャの音楽性や特徴をもっともよく表す楽曲である。ヌビア・ガルシアの幻想的なフルート、土着的なパーカッションによる荘厳なムードはまさに神話的な世界を思わせるもので、中盤からストリングスを交えて盛り上がり、ジェイク・ロングのドラム・ソロによってヒート・アップ。前半から打って変わった高速ビートとなり、シャーリー・テテのギターが疾走感を煽るという展開。1曲の中にいろいろな物語があり、メンバーそれぞれのインプロヴィゼイション、ダイナミックな爆発力が収められている。そして、ストリングスの用い方にはカマシ・ワシントンの諸作に通じるところも見いだせる。“アズール”でもヌビア・ガルシアはフルートを用いているが、本作において彼女はところどころでフルートを重用しており、アフリカ音楽の持つ神秘性を表現するのに効果的な役割を果たしている。この“アズール”はユセフ・ラティーフの楽曲を彷彿とさせ、マイシャの深遠で美しい世界が浮き彫りとなっている。一方“イーグルハースト/ザ・パレス”では、ジェイクのアフロ・ビートとヌビアの情熱的なサックスによるインプロヴィゼイションが楽しめる。シャーリー・テテのギター・ソロも大きくフィーチャーされ、マイシャにおいてこの3名が重要な鍵を握っていることがわかる。変拍子の“カー”はハープを用いることにより、エチオピアン・ジャズのような不思議な哀愁を帯びている。アマネ・スガナミのキーボードとジェイクのドラムが深く沈み込むようなグルーヴを生み出し、その後は熱を帯びたヌビアのサックスをきっかけにトライバルなアフロ・ジャズが展開される。タイトル曲の“ゼア・イズ・ア・プレイス”はアリス・コルトレーン的なメディテーショナルな世界で、フルートとストリングスのコンビネーションが美しい。ジャズとアフリカ音楽の接点にあるディープでスピリチュアルな感覚、抒情的で美しい情感、太古と宇宙を繋ぐミステリアスなフィーリングを収めたのが『ゼア・イズ・ア・プレイス』である。
小川充