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Kelela

Alternative R&BAmbientBass MusicR&B

Kelela

Raven

Warp / ビート

小林拓音 Jun 08,2023 UP

 先週来日情報が発表されたばかりのオルタナティヴR&Bシンガー、ケレラ。彼女が盟友のアスマラ(ングズングズ)とともに2019年に発表したミックス音源『Aquaphoria』は重要な定点観測だったと、いまあらためて思う。小久保隆のような日本の環境音楽家から OPN にヴィジブル・クロークス、〈PAN〉のコンピ『Mono No Aware』にも収録されたカリーム・ロトフィといった2010年代の音風景の一角を担ったアーティストまでを拾い上げたそのアンビエント・ミックスは、ケレラ本人のヴォーカルが重ねられることにより、ソランジュ以降の静かなソウルの流れを射程に収める試みにもなっていた。すべてではないにせよ、10年代の音楽が持つある側面がそこに集約されていたのだ。
 インタヴューでも語られているように、同ミックスでアンビエントを探求した経験が大きな転機をもたらしたのだろう。ケレラ6年ぶり2枚めのアルバム『Raven』は、その路線をさらに推し進めたサウンドに仕上がっている。

 黒人女性であることがテーマになっている点も見逃せない。詳しくは天野くんによる上述のインタヴューをお読みいただきたいが、『デイズド』によれば前作以降の沈黙期間中、彼女はブラックに関わるさまざまなことを独自に学んでいたという。研究対象には編集長が尊敬するマルクス主義フェミニスト、ベル・フックスの著作であったり、サミュエル・R・ディレイニーやオクティヴィア・E・バトラー、グレッグ・テイトやコジュウォ・エシュンが出演するアフロフューチャリズムのドキュメンタリー『The Last Angel of History(邦題:マザーシップ・コネクション)』(ジョージ・クリントンは当然のこと、デトロイト・テクノの面々も多く出演)も含まれている。
 そもそも2010年代前半、ワシントンDC出身にしてLA在住のエチオピア系たるこのシンガーが頭角をあらわしてきたのは、〈Fade To Mind〉~〈Night Slugs〉周辺、すなわちUKベース・ミュージックとの連携においてだった。ミックステープ『Cut 4 Me』(13)、EP「Hallucinogen」(15)、ファースト・アルバム『Take Me Apart』(17)といった一連の作品は、キングダム、ングズングズ、ボク・ボク、ガール・ユニット、ジャム・シティ(そしてアルカ)らの協力あってこその産物だ。インド系のアスマラを除けば(おそらく)ほとんどがホワイトである。ゆえにこの6年間のケレラの研究は、自身のアイデンティティの確認という側面も有していたにちがいない。
 サウンド面ではアンビエントに没頭すること。意識の面では黒人女性をとりまくけっして軽くはない諸問題について理解を深めること。それらの探求を経て生み落とされたのが新作『Raven』なのだ。

 他方で本作には多くのダンス・ミュージックが搭載されてもいる。最新の動向を追っているリスナーにとっては、LSDXOXO の参加がもっとも気になるところだろう。自身の作品ではジャージー・クラブやゲットー・ハウスを打ち鳴らしている彼だが、本作では最近のトレンドであるジャングルのビートを生成、アップリフティングな “Happy Ending” でも、ほんのりラテン調の哀愁を帯びた “Missed Call” でも、シンセがゴールディー “Angel” のような浮遊感をまとう“Contact” でもダーティな感覚は封印しつつ、気品あふれるケレラのヴォーカルをうまく引き立てている。
 ハイチ系カナダ人のヒップホップ・プロデューサー、ケイトラナダとの共作も注目ポイントかもしれない。彼がプロデュースに加わった “On the Run” ではダンスホールのリズムを崩す実験が試みられている。あるいは終盤に配置されたハウス・トラックも、これまでのケレラにはなかった路線だ。これらみずみずしいダンス・チューンが『Raven』に花を添えていることは疑いない。

 けれどもやはり全体として本作は、アンビエント色のほうが濃く出ている。ビートは控えめに、サブベースで下部を支えながら、極力中間部を抜き去り、ヴォーカルやシンセの残響で空間を満たしていくアトモスフェリックなトラックが大半だ。手を貸しているのはベルリンのアンビエント・デュオ、OCA(ヨー・ヴァン・レンズ+フロリアン・TM・ザイジグ)。『Aquaphoria』でもピックアップされていた彼らとの共同作業が本作の核になっていることは、先述のインタヴューからも確認できる。
 ではシンガーとしての彼女はどう変わったのか。歌唱法には大きな変化はないように聞こえる。しかし冒頭や最終曲で高らかに歌い上げられる「far away」=「遠く(流されて)」──このフレーズは、水がテーマである本作中何度も登場することになる──には、どこかこれまでとは異なる決意めいたものが感じられる。歌詞はどれも一見ラヴ・ソングのようだが、たとえばさりげなく自身を白人だと信じ込んでいた架空の盲目の黒人政治家の名が忍ばされていたり、主人公があくまで黒人女性であることを意識させるつくりになっている(対訳つきの日本盤を推奨)。やはりブラックに関わる事柄の研究がヴォーカルと歌詞にも影響を及ぼしているのだろう。
 そういった点も踏まえるなら、今回ケレラがジャングルやハウスを導入したことは、ディフォレスト・ブラウン・ジュニアが掲げる「テクノを黒人の手にとりもどせ(Make Techno Black Again)」ともリンクする態度といえる。が、その一方で、白人が生み出した音楽であるアンビエントからもおなじくらい大きく触発されている点にこそ、『Raven』最大の魅力が宿っているのではないか。近年は KMRU やクライン、ロレイン・ジェイムズのようにブラックによるアンビエント作品にも注目が集まるようになりつつある。あくまでケレラはシンガーではあるものの、本作にはその動きを後押しするようなポテンシャルも具わっているのだ。

小林拓音