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Kingdom

R&B

Kingdom

Tears In The Club

Fade To Mind

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木津毅   Mar 21,2017 UP

 示唆的なタイトルである。注目を集めてからすでにずいぶん経つプロデューサーによる満を持してのデビュー・アルバムにしては、なにやら物悲しげではないか? クラブでの涙――それはここでは、クラブ音楽の高揚がもたらす歓喜によるものではなさそうである。そのひとつの理由として、昨年のオーランドのゲイ・クラブでの銃乱射事件をはじめとするクラブで噴出する暴力に胸を痛めたことがあるそうだが、それに限らずキングダムが現在抱くクラブ・カルチャーへのアンビヴァレントな想いが反映されたアルバムだと言えるだろう。
 美しい恍惚の瞬間が舞い降りる、ケレラをフィーチャーした名トラック“Bank Head”とそれに伴うEP「ヴァーティカルXL」が2013年。そのことを思うとやはり遅すぎたデビュー・アルバムだが、いま一度ここで強調したいのはその間の4年おこなわれ続けたR&Bにおけるアンダーグラウンドからメインストリームをまたがる音の冒険の立役者のひとりは、間違いなくこのキングダムことエズラ・ルービンであるということだ。彼が主宰する〈フェイド・トゥ・マインド〉が担うベース・ミュージックやジュークからの連続性、インダストリアル・リヴァイヴァルとの共振、タイミングにおいてアルカと連動したことは彼がプロデューサーとして時代の突端にいたことを証明しているし、あるいはルービンがフックアップしたシンガーであるドーン・リチャード(D∆WN)がダーティ・プロジェクターズの新作に登場していることを考えればなおさら疑いようがない。現在なぜR&Bが広大な音の実験場と化したかにはさまざまな要因があるだろうが、そのヒントのひとつはキングダムの仕事にあると自分は考えている。ルービンは女性シンガーをフィーチャーすることによってゲイである彼が普段隠しがちな女性性を解放していると説明しているが、それはたとえばハウ・トゥ・ドレス・ウェルやオート・ヌ・ヴ、ブラッド・オレンジそしてフランク・オーシャンに至るまで共通する重要なテーゼだと言えるだろう。ジェンダーとセクシュアリティの揺らぎとその新しい自由、それを追求するためにはR&Bのフェミニンさと音の更新が必要だったのである。
 そうした成果は『ティアーズ・イン・ザ・クラブ』においてやはりヴォーカル・トラックに表れている。オープニング、SZAを迎えた“What Is Love?”はリヴァービーな音響のなかメロウなフィメール・ヴォーカルが愛について憂う1曲で、特別新しいというわけではない代わりにこの数年のR&Bの探究が総括されているような印象すら受ける。続くナジー・ダニエルスをフィーチャーした“Each & Every Day”はルービンのトラックメイキングにおけるアイデアがわかりやすく出現しており、ごく限られたビートの音色を変えることでスカスカのループを存分に耳を楽しませるものにしてみせる。もう1曲SZAが登場する終曲“Down 4 Whatever”のエナジェティックなグルーヴも捨てがたいが、白眉はジ・インターネットのシドが悩ましげな声を披露する“Nothin”だろう。ルービンはこの曲について「ゲイ・ピープルが必ずしもゲイ・アイデンティティに拠らないポップ・ソングをいっしょに作るっていうアイデアが気に入ってるんだ」と説明しているが(シドはレズビアンであることをカミングアウトしている)、つまり、ジェンダーにおけるアイデンティティがポップ・ミュージックにおいてより開かれたものであるべきだという考え方と同調している点できわめて現代的だと言える。そしてこれらのヴォーカル・トラックは総じてセクシーで、R&Bにおける性愛の新しい表現が自然に表れていると思えるのである。

 いっぽうで問題の“Tears in the Club”は一転してダークなビート・トラックで、アルカを思わせる耽美なメロディが低音に陰鬱に呼応する。沈み込むような“Haunted Gate”、インダストリアルな触感を残す“Into the Fold”も同様で、そこでは非常に内面的なメランコリーが抽象的に展開されている。
 ただ、こうした二面性がアルバム全体を魅力的なものにしているとは正直言い難く、中心がどこにあるのか見えづらい作品ではある。トラックメイカーとしての自らの先鋭性を追求してきたこれまでもキングダムのキャリアを思えば、『ティアーズ・イン・ザ・クラブ』ではどうも一度立ち止まってルービン自身の内面に降りていくことも避けられなかったようだ。アルカがその新作『アルカ』において内面を追求した結果さらに新しい領域に向かったのに後れを取ったようにも見えるし、あるいはもっと彼独自のR&Bにフォーカスした作品にしても良かったようにも思えるが、一度そうした分裂を吐き出しておきたかったのかもしれない。クラブ・ミュージックから一定の距離をおいた(海外のレヴューでは「ポスト・クラブ・ミュージック」とも表現されている)このデビュー作の内省は、「プロデューサー」のキングダムではなく個人の迷いが滲んだものである。それがいまの時点での彼のリアリティとは思いこそすれ、(これまでの功績を鑑みれば)そうした葛藤がもっと生々しく音に表れたもの、もしくはそれすらを昇華するものを彼にはこの先期待したい。

木津毅