Home > Interviews > interview with Toshimaru Nakamura - 世界を魅了する、類い稀なる電子音響

ソロ・ライヴ。(by Yuko Zama)
正直であること。計画をしないこと。状況を作り出すこと。ま、とにかく計画しちゃダメですね。計画した時点でもう即興ではなくなってると僕は思う。
■初期のとしまるさんのノー・インプット・ミキシングボードの演奏は、高周波音が特徴的だったりミニマルな要素が多かったりしましたが、その後とりわけ2010年代を通じて、激しいノイズを大胆に取り入れるように変化していきました。なぜそうした方向に進んだのでしょうか?
中村:混沌としたものが欲しくなってきた結果、複雑化していったということがひとつ。もうひとつは、やっぱり出たとこ勝負をしたいわけですよ。できればコントロールされていない音を出して、その音と自分がどう対峙していくか、その音をどう時間の中で繋げていくか。だから、とんでもない音が出ちゃったほうが、自分自身を困らせることができるじゃないですか。最初の頃はわりとコントロールされた音からはじめて「ここをこうすればこういう音が出るな」と考えていた。例えば高周波音からはじめて次の手を考えるとかね。まだ初心者でしたから。だけど、だんだんふてぶてしくなってきてですね(笑)、慣れてくると、とにかくとんでもない音からはじめて「さあ、としまる、お前どうするんだ?」ってのにやりがいを感じるわけ。それで必然的に激しくなっていった。なので、綺麗にまとまったものじゃなくて不格好で混沌としたものを作りたいという気持ちと、ステージ上で困った状況に身を置いてやり切る自分を見たい、というのが合わさると、いまのようになるんじゃないかな。
■そうしたなか今回リリースされたのが初期作品集のベスト・アルバムです。いまのライヴ演奏でとしまるさんを知っている若いリスナーからしたら驚くような内容だとも思いますが、1999年〜2002年の録音で、初期のソロ作4枚から選曲されています。選曲はすべてとしまるさん自身で?
中村:はい、私です。
■初期作品に絞って選曲するということもとしまるさんが決めたのですか?
中村:そうです。ま、最初は「何かソロを出しましょう」という話をいただいたので、最近ずっと録り溜めているライヴ音源を出すことも選択肢としてはあったんですよ。ただ、聴き返してみたら、それぞれの録音はいいけれど、アルバムとしては「これ」という形にはまだならなくて。それでもうひとつの選択肢として考えていた初期作品集にしようと決めました。というのも、アルバム4枚にわたっているんですけど、どれも売り切れちゃっていて、入手困難で聴けないのもあるんですよね。だから、それをもう一度聴ける状態にしたいなと。
■再発ではなくベスト盤にしたということは、ノー・インプット・ミキシングボードをはじめた当初としまるさんがやっていたことを、いまの視点であらためてまとめ直したいという思いもあったのでしょうか?
中村:そのほうが意味があると思ったんですよね。再発するだけじゃ面白くないなと。いまはライヴ活動が中心ですごく活発にやっていますけど、あの頃は家で録音することもよくやっていて。だから1999〜2002年の3年間で4枚もアルバムを作れた。特に『Vehicle』(2002年)と『No-Input Mixing Board [3]』(2003年)はほぼ同時期の2週間ぐらいで作ったんですよ。『[3]』には一部ライヴ録音が入っていて、それ以外は宅録なんですけど、『Vehicle』はすべて宅録だった。いまでも覚えているのは、『[3]』の作業が終わってから急に発熱したんです。で、熱を出した勢いで急にハイになって「もう一枚作るぞ!」と取り組んだのが『Vehicle』だった(笑)。
■選曲するにあたって聴き返してみていかがでしたか?
中村:いやあ、よかったですよ。久しぶりにじっくり聴いて、「いまはこんなことできないわ」と思いましたね。素晴らしいです。「よくやった、中村としまる!」って自分を褒めながら聴きました(笑)。このアルバムを聴いたお客さんが僕のライヴを観に来たら「全然違うじゃないか」と思うでしょう。できないですよ、もういまは。技術的にも、どこをどう繋げてこんな音を出していたんだろうと、覚えていないですからね。僕、記録を取らないから。全部そのときにたまたま鳴ったものなので。「こういうセッティングでここを操作したらこういう音が出る」みたいなことをちゃんと記録しておけばね、ある程度再現できるかもしれないですけど、再現したいかというと別にしたくないですからね。これは当時の音であって、いまはいまで自分のやりたいことをやっているので。
■選曲はどのような基準で行ったのでしょうか?
中村:基準はないです。自分の好みです。まあ、いまの耳で聴いた好みではあるけれども、作ったときの気持ちにも立ち返りつつ、当時よくできたなと思ったものや、特にいいなと思ったのを、アルバムの流れとかも含めて考えながら選びました。
■ジャケットが犬というのもユニークで。
中村:近所の犬です(笑)。まあ、ちょっと時代の流れみたいなものを感じるのは、僕らが即興音楽をやりはじめた頃って、ジャケットが無機質なパターンとか、ジャケット自体がミニマルなものが多かったわけ。放っておくと全部グレーとか黒にされちゃうわけよ。それがずっと不満だった。ただね、ここ10年くらいは、音は即興で無機質なんだけど、ジャケは有機物というか、抽象じゃなくて具象の題材を扱ったものが増えてきているなと思っていて。これは僕の好みからすればいい傾向で、嬉しいなと思っていたんですよ(笑)。だから今回のジャケも有機物の具象でいきたかった。で、涼しい日によく散歩してる道が近所にあるんですけど、そこで犬の散歩をしてる人がいっぱいいるから、「犬がいるから撮ろうよ」ということで撮影しました。撮影した日はものすごく暑かったけども。
■ノー・インプット・ミキシングボードをはじめてから約30年経ちましたが、いまはどのようなことに興味を抱いていますか?
中村:とにかく何も期待しない。準備しない。その日その日でやってみる。これは飽きないコツだと思っていますし、傍から見たらどうかわからないけど、自分では「今日は今日で新しい自分だった」と思えることをやりたい。だから、形で説明できるような音楽はいまは興味がない。ノー・インプット・ミキシングボードはいまでもびっくりすることがいっぱいあるんですよ。やっぱりコントロールし切れないから、たとえば低音を持ち上げようとしたら、逆に低音が消えていくとかね。一例ですけど、そういうことがあるわけ。それが面白い。その連続なんです。
■そう考えると、よく「楽器は人間の身体の延長だ」と言われますけど、ノー・インプット・ミキシングボードは延長というより、もうひとりの別の人間が目の前にいると言ったほうが近いような気がします。
中村:そうですね。対等な立場です。決してコントロールできるものではないし、コントロールしてやろうとも思わない。自分の身体の延長でもなければ、子分でも道具でもなくて。対等なものがここにいる、という精神で向き合っています。だから即興向けなんですよ、ノー・インプット・ミキシングボードって。たとえばギターであれば、主従関係があり、うまくなればなるほど自分が主になっていく。もちろんそのなかでも思いがけない音が出ることはあるし、予定外の方向に行ってしまうこともあるだろうけど、ノー・インプット・ミキシングボードは僕にとって最適な相棒というかね、プラットフォームなんで。そういう意味では、即興をやるにはギターより遥かに自由になれる。
■「即興」という言葉にもさまざまな定義があります。最後に、としまるさんにとっての「即興」の定義について教えてください。
中村:わりと今日話したことの繰り返しになってしまう気がしますけど、まとめるなら、そうですね。正直であること。計画をしないこと。状況を作り出すこと。ま、とにかく計画しちゃダメですね。計画した時点でもう即興ではなくなってると僕は思う。計画したものの上に即興を乗っけても、それは即興ではない。反対に言えば、僕は即興演奏にしか興味がないんですよ。作曲することにも興味がないし、誰かの作曲作品の演奏に参加することにも興味がない。だから「即興とは?」ということを突き詰めて考える必要もないというか。でも、自分がいまやっていることとか、やり方とか、音楽に対する向き合い方は、完全に即興だと思ってます。「このようにやればいいんだ」としか思わない。自分にとっては間違いがない。「それは違う」と思う人がいるのは構わないけど、僕はそこに迷いがないから、だから、「即興とはなんぞや?」ということを言葉で定義する必要がないんですよね。
取材・文:細田成嗣(2026年9月07日)
細田成嗣/Narushi Hosoda