Home > Interviews > interview with Toshimaru Nakamura - 世界を魅了する、類い稀なる電子音響

故PITA、そしてキース・ロウ率いるMIMEOのメンバーでもあるGert-Jan Prinsと。
(by Yuko Zama)
じつを言うとこれ、おそらくダブの手法なんですよ。ディレイがフィードバックして、繰り返してだんだん音が溶けていくみたいな、それと同じことをやっていると思うんですよね。
■ノー・インプット・ミキシングボードのアイデアはどこから得たのでしょうか。としまるさんが演奏しはじめたとき、先達となるようなミュージシャンはいましたか?
中村:もちろん世界中には何十億人もいますから、どこかで誰かが同じことをやっていたかもしれないけど、僕は自分で考えて勝手にやりはじめましたね。そもそも僕、最初はギターを弾いていたんですよ。90年代半ばまでバンドをやっていて、週1〜2回はリハスタジオに行き、ライヴをするという。でも、なんだろうね、簡単に言えば、疲れてしまった。ひとりでやりたいと思った。ただ、ひとりでやるとなると、自分のギターの腕は大したことないから、ただソロでギターを弾いても仕方ない。ギターでやるべきことがそんなにないような気がした。で、ギターをエフェクターに繋ぐとき、大半の人は直列で繋ぎますけど、僕はミキサーに一回入れて、そこから並列でいくつかのエフェクターに繋げてコントロールしてたんですね。というのも、いちばん最初に得た職業がPAで、コンサートやイベントの音響スタッフとかスタジオで効果音を作る仕事を20歳頃からやっていて、ミキサーはつねに自分の身近にあったんです。知識も持っていた。だからギターをミキサーに繋げてやっていたんですが、だんだんギターを弾くことが邪魔になってきて(笑)、これいらないなと、ズバッとプラグを抜いてみた。だけどミキサーとエフェクターだけでも音が出るじゃないかと。やり方によってはね。それが最初のきっかけです。で、ある日、うたた寝しながら「ノー・インプット・ミキシングボード」って名前にするのがいいんじゃないかと思いついたんです。
■それが1997年?
中村:そうです。ただ、97年の段階ではまだギターも併用していました。ミキサーだけで演奏するようになるのが98年。で、最初のソロ・アルバムを録音したのが99〜2000年。
■PAや効果音のお仕事をされていた時期、ミキサーをフィードバックさせてみたことは?
中村:それはなかったです。当時は職業的なサウンド・テクニシャンですから、そういうことはやりませんでしたね。禁止事項ですから、フィードバックさせるのは。そのときは考えもつかなかった。現場でそんなことやったら叱られますから。
■ギターのプラグを抜いたときが初めてだったと。
中村:いまはミキサーが楽器そのものなんですけど、最初はギターの一部として、楽器の延長として使っている感覚でした。で、エフェクターを並列に繋ぐということは、ミキサーのインプット・チャンネルから分岐する回路にエフェクターを繋ぐわけです。分岐したものを戻したところから、もう一度その分岐する回路へのボリュームを上げると、フィードバックが起こる。それはたぶん最初は間違えてやっちゃったんだと思います。そしたらなんだか聴いたことない面白い音が出てきて。じつを言うとこれ、おそらくダブの手法なんですよ。ディレイがフィードバックして、繰り返してだんだん音が溶けていくみたいな、それと同じことをやっていると思うんですよね。やってみて気づきましたが、ダブの人たちはこういうことをやってるんじゃないかって。ま、僕のノー・インプット・ミキシングボードの手法はもはや世界中に完全にバレていて、特に海外にツアーに行くと現地の若いミュージシャンから話しかけられることが多いですね。「自分も同じ手法でやっているんだ」って。
■亡くなった台湾のDinoもとしまるさんの影響を受けてノー・インプット・ミキシングボードを演奏していると言っていました。
中村:Dinoね……。でも、いくらバレてもいいやと思ってるの。手法は同じでも音は同じにならないから。どんどんみんな真似してくださいって思う。
■通常の楽器と違って、同じ機材を揃えても同じ音が再現できるとは限らない?
中村:同じにはならないね。そこが面白い。
■ギターをやめた後、ノー・インプット・ミキシングボードをメインで使い続けていくことになるわけですが、としまるさんにとってこの楽器の魅力とはなんでしょうか?
中村:うーん、まあ、お手本がないことかな。それがいちばんの魅力じゃないですか。ギターと比べたらね。やっぱりギターはパイオニアがいといろといて、僕は特にエレキ・ギターが好きだから、ちょっと聴いただけでも「あ、このギターは誰某だ」とわかるギタリストがたくさんいる。いまでも大好きですよ。飲み屋さんなんかでブルース・ギターやロック・ギターをかけてもらうのはこの上ない喜びです。ギターで自分の味が出せる人というのがいて、でも僕は自分のギターを聴いたときにそこまでじゃないなと思って、ある時期で見切りをつけた。世の中には本当に素晴らしく美しい音を出すギタリストがたくさんいますから、彼らの演奏を聴いちゃったら自分ではできないですよ。でもノー・インプット・ミキシングボードはとにかくお手本がない。自分がお手本になろうとも考えていない。ときどき、若い人から「コツはなんですか?」と訊かれるんですが、その度に「やめないことだよ」って言ってます(笑)。それ以外にはないですね。
■ノー・インプット・ミキシングボードをはじめてから、たとえば電子音楽や改造楽器の演奏家、即興演奏家など、あらためて聴き返したアーティストなどはいましたか?
中村:特にいませんでしたね。即興ということに関しても、やっぱり音楽の形だけではなくて、精神の持ち方にすごく基づいたものだと思うので、「即興音楽」というジャンルがあることすらおぼろげでした。そのジャンルの有名な先人たちがいるじゃないですか。でも僕は彼らの名前をちょっと知っていた程度で、自分は自分で勝手にやっていた。それで続けていると周りから「中村としまるは即興をやっている」と言われるようになって、「そういえば即興だよな」と、だんだん即興についても考えるようになっていった。はじめてからですね、即興の背景にあるものとか、その元になるような態度とかを学んでいったのは。周りからもいろいろと紹介されるわけですよ、即興の偉い人たちを。それで直に共演して勉強していくような感じでした。ひたすら現場で手を動かして、耳を使ってね。
■お手本がないことはプレイヤー目線でのノー・インプット・ミキシングボードの魅力ですが、リスナー目線と言いますか、聴くことの魅力としてはどのようなところが面白いと感じますか?
中村:特に最初の頃、いまほど激しい演奏をしていなかった時期があって、たとえばひとつの音が出たとすると、そのひとつの場面を長めに取ったりしていたんですね。その頃はお客さんと一緒に「場」を聴いている感覚があった。ひとつの音を聴きながら「場」を受け取っている。当時から共演していたのはSachiko Mや杉本拓、秋山徹次といった人たちですけど、特にSachiko Mと杉本拓は手数が少なめで音数が少ないようなことをやっていましたから。ロック・ギターのような「俺の音を聴け!」みたいな意識はなかったですね。むしろお客さんも含めて「一緒に聴いていますよ」という意識。僕はいまはもうちょっと激しい、音数の多い演奏に変わってきているなと、自分で自分を観察して理解していますけど、それでもやっぱり出たとこ勝負で、実際に音を出すまではわからない。その意味ではいまでもやっぱり「この音を出すから聴け!」という態度では演奏してないですね。手数は増えたけど、それでもお客さんと一緒に聴いていく。何が起こるかわからないけど、一緒にこの時間・この場所で、出てくる音の世界を観察していきましょうね、一緒にやりましょうねという気持ちはあります。
■なるほど。
中村:自分が演奏しないとき、リスナーとして普通にコンサートに行ったりとか、あるいは、いわゆる対バンで出演したミュージシャンの演奏を聴くときも、自分はリスナーなんだけれども、やっぱり踏み込んでいくんですよね。能動的なリスニングというか。演奏者が出してる音をただ受け取っているんじゃなくて、自分もその音を出してる気持ちになって聴いてみたりとか、そういうことはしてますね。
取材・文:細田成嗣(2026年9月07日)
細田成嗣/Narushi Hosoda