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『アンビエント/ジャズ──マイルス・デイヴィスとブライアン・イーノから始まる音の系譜』刊行に寄せて

『アンビエント/ジャズ──マイルス・デイヴィスとブライアン・イーノから始まる音の系譜』刊行に寄せて

──著者・原雅明による「前書きの前書き」

原 雅明 Sep 11,2025 UP

 アンビエント・ジャズのアンビエントもジャズも、どうにも曖昧な括りに思える。聞き流しても積極的に聴いてもいいというブライアン・イーノのアンビエントの意図にどれほど沿ったものなのか、ジャズとは一体どんな時代のどんなスタイルのジャズを指しているのか、と考え出すときりがない。それでも、アンビエントのようなスペースのあるジャズや、ジャズを感じさせる響きを加えたアンビエントというものを何となくイメージはできる。それは、ジャズ・ロックやアフロ・ジャズ、スピリチュアル・ジャズ、あるいは室内楽ジャズ(チェンバー・ジャズ)という名称が、さほど厳密な定義があるわけではないがリスナーにもある程度の共通認識を持たれているのと同じだろう。ただ、アンビエント・ジャズは比較的に最近目につくようになってきたので、イメージがまだ定まり切れていないように思う。
 例えば、ニューヨークと東京のブルーノートで単独公演を行ない、ニューポート・ジャズ・フェスティヴァルをはじめとしたフェスでもメインアクトとして出演したアンドレ3000のライヴ・パフォーマンスと、そのきっかけとなったアルバム『New Blue Sun』は、アンビエント・ジャズに括られるだろう。ギタリストのネイト・マーセロー、ドラマーのディアントニ・パークス、キーボーディストでアリス・コルトレーンのアシュラムで育ったスーリヤ・ボトファシーナらのバンド・メンバーの出自や編成からもそう捉えられる。ところが、このメンバーを集め、プロデューサー、パーカッショニストとしても関わっているカルロス・ニーニョに言わせると、アンビエントではないということになる。イーノのアンビエントは具体的なもの、つまり環境のために作られたが、自分たちの音楽はもっと背後に広がりがある意図を持っていると言うのだ。
 また、彼がマーセロー、サックス奏者のジョシュ・ジョンソンと組んで〈ブルーノート・レコード〉からデビューしたオープンネス・トリオも同様の意図を持った音楽だが、こちらはさらに多様な文脈がある。西海岸のジャズ・コミュニティーの精神的な支柱だったピアニストのホレス・タプスコットが率いたパン・アフリカン・ピープルズ・アーケストラや、ヴェーダ聖典を学ぶ求道者に向けてオルガンやシンセサイザーを演奏したアリス・コルトレーンから、ニューエイジのパイオニアであるヤソス、アンビエントやニューエイジとして響くフルートを吹いた先駆者のポール・ホーン、そしてサム・ゲンデルやシャバカ・ハッチングスにまで至る、ニーニョが築いてきた音楽的な関係性がアルバム『Openness Trio』の背景にはある。このアルバムを〈ブルーノート〉は「アンビエント・ジャズの新たな世界を拓いた注目作」として、「ニーニョの活動はスピリチュアル・ジャズと自由形式の即興演奏の狭間に位置し、ニューエイジ的アンビエンスを新たに再構築するものである」と解説している。結局のところ、現在ではアンビエントとニューエイジの音楽的フォルムに大きな差異は認められない。あるとすれば、文脈の違いをどの程度意識するかだが、それもリスナーの解釈に委ねられるところが大きい。
 イーノが精力的にアンビエントを制作していた70年代末から80年代初頭にかけて、ニューエイジという括りは、過剰な精神主義と安易な癒やしの効果をアピールする音楽としてアンビエント側からは忌み嫌われていて、イーノやジョン・ハッセルたちも極力そのイメージから離れようとした。だが、ニーニョがヤソスと親交を深めて再評価を進め、ニューエイジ・リヴァイヴァルなるものも起こり、ニューエイジのイメージも随分と変化した。イーノと『Ambient 3: Day of Radiance』を作ったララージも、ニューエイジのパイオニアの一人となった。また、当初は公共空間などで流れるために作られた日本の環境音楽も、いまでは個人の聴取空間に作用する音楽として享受されている。だから、多少乱暴でも、ニューエイジや環境音楽も含めて広義のアンビエントとして、ここでは話を進める。
 こうして、強いリズムやメロディを持たず、解決しないコード進行のループと空間系のエフェクトによって漂い続ける音楽が、広義のアンビエントの漠然としたイメージを持って拡散していった。それは、R&Bやヒップホップのプロダクションにも浸透していったわけだが、ジャズにも結びついてアンビエント・ジャズとなったのかというと、話はそれほど単純ではない。そもそもジャズの中にアンビエントの萌芽というものが潜んでいたと思うからだ。それは、ビ・バップという、モダン・ジャズの強力で絶対的な音楽体系から逃れるように始まっている。
 ビ・バップを乗り越えるようにモード・ジャズ以降のジャズの歩みは進んだが、特に70年代のフリー・ジャズやフリー・インプロヴィゼーション、あるいはフュージョンの陰に隠れるように、広義のアンビエントと言える表現はジャズの周縁に淡々と存在し続けてきた。例えば、ファラオ・サンダースドン・チェリー、マリオン・ブラウン、富樫雅彦らが遺したいくつかの音源や、〈ECMレコード〉のサウンドはわかりやすい例だが、そうした広義のアンビエントが他でもないマイルス・デイヴィスの60年代にまずはあることを辿ってみたのが、『アンビエント/ジャズ』だ。

 21世紀のジャズに本格的に焦点を当てた書籍として注目された『変わりゆくものを奏でる』の著者であるジャズ評論家のネイト・チネンは、アンビエント・ジャズのような音楽を担う存在をソフト・ラディカルズと命名している(https://thegig.substack.com/p/year-of-the-soft-radicals)。それは、原著の『Playing Changes』が出版された2018年にはまだ顕著ではなかったが、この数年で無視できないほど顕在化したと彼は見なしている。ソフト・ラディカルズの中心は、サックスから尺八に転向したシャバカと、「フルートの伝道師」であるアンドレだ。彼らは「意図的に焦点をぼかしたマイクロジャンル」に属していると、チネンは定義する。
「このジャンルは、即興音楽に新たに触れる多くのリスナーの間で、並外れた人気を誇っている(熱心なジャズ・ファンの多くにとって、これらのアーティストは全く印象に残らないだろう)。適切な言葉が見つからないので、私はこれらのアーティストを “ソフト・ラディカルズ” と呼ぶことにする。彼らのアートにおいて育まれる作為と革命的な意図の独特のバランスにちなんで」
 ここまで名前が挙がったアーティストの他に、アフロ・ブラジリアンのピアニスト、アマーロ・フレイタスや、トロンボーン奏者のカリア・ヴァンデヴァーやアンディ・クラウゼンも、アンビエントのソロ・アルバムを作ったとしてソフト・ラディカルズの流れに組み入れている。チネンは自分がかつてはアウトキャストの音楽にどっぷりとはまっていた過去を明かし、ヒップホップ・スターだったアンドレがフルートの演奏に新たな情熱を見い出していることを褒め称える。しかし、その上で、自分には「控えめな雰囲気で演奏するために作られた音楽に、なかなか熱狂できないという個人的な葛藤がある」と素直に吐露する。
 おそらく、これはジャズのリスナーがアンビエント・ジャズにまず感じる、偽らざる心境だろう。そして、「ソフト・ラディカルズの中でも最も多忙なカタリスト(触発者)と言えるカルロス・ニーニョは、真摯な熱狂と陽気な不条理さの間で、微妙なバランスを保っている」とチネンは慎重な言い回しをしているが、ニーニョの時にあっけらかんとラヴ&ピースを語るような無邪気とも捉えられかねないスタンスは、特にシリアスなジャズのリスナーを警戒させる。それに対して、無邪気さを感じさせないソフト・ラディカルズとして、モジュラー・シンセとハープでアリス・コルトレーンとの知的な繋がりを聴かせるナラ・シネフロや、カーナティック音楽の伝統に根ざしながらヴィジェイ・アイヤーやイマニュエル・ウィルキンスの現代ジャズとも繋がるガナヴィアの表現をチネンは高く評価する。そして、こう結論付ける。
「おそらく私は本能的に、緻密に描かれた野心に惹かれるのだろう。あるいは、ガラスのような表面の下に、あらゆる古代の生命と信仰が蠢いているという考えに惹かれるのかもしれない」
 これは、広義のアンビエントがジャズの陰に追いやられてきた理由のように聞こえる。そして、アンドレよりも、ジャズの文脈を持つシャバカをチネンが安心して聴ける理由でもあるだろう。だが、ニーニョが自らを(変化を促すカタリストではなく)共に作るコミュニケーターと呼ぶ資質から、アンドレやシャバカが多くのインスピレーションを得てきた事実もある。アーティスト=プレイヤーの純粋な表現だけに集約できない音楽がアンビエントであり、ソフト・ラディカルズの音楽もその領域にあることは顧みられるべきだ。『Openness Trio』のアルバム・ジャケットには以下の記載がある。
「“Openness” は、ここで起こっていることを表す理想的な言葉であり描写だ。耳を傾けること、没入的な感情、深いコミュニケーション、発見、信頼、探求、そして今この瞬間に立ち会い、私たちがどこにいるのか、どこに向かっているのか、どこから来たのかを共有すること——これらすべてが、私たちの音楽がこのような形で生まれることを可能にする」
 開放性や寛容さ、透明性を意味するオープンネスという言葉を神秘主義的ではなくシンプルに捉えて、ウェイン・ショーターに師事したジョシュ・ジョンソンのジャズの文脈も知っていれば、ここにも「緻密に描かれた野心」はあるとわかる。もちろん、チネンはソフト・ラディカルズの属するマイクロジャンルにおいて対立を煽っているわけでは決してない。ただ、ソフト・ラディカルズと呼ぼうが、アンビエント・ジャズと呼ぼうが、マイクロジャンルとして了解した時点で、一瞬でもオープンだったジャズの扉は閉まってしまうのだ。そして、これはジャズとして聴ける、これは聴けないという選別がまた繰り返されることになる。その選別から逃れる自由を、〈ECM〉という特異なレーベルが多様なジャンルに向き合ってきた膨大なディスコグラフィーは教えてくれる。

 『アンビエント/ジャズ』は、こうした意味で、ジャズとアンビエントの間を揺れ動いてきた音楽の系譜を取り上げた本である。マイルスにその始まりを見て、揺れ動いたままの曖昧さを許容することをイーノに見い出したのだ。

アンビエント/ジャズ マイルス・デイヴィスとブライアン・イーノから始まる音の系譜
原 雅明(著)
四六判変型/並製/352ページ
ISBN:978-4-910511-96-2
本体2,400円+税
2025年9月12日発売
https://www.ele-king.net/books/011900/

刊行記念イベント開催
・9/23@WPU Shinjuku
https://dublab.jp/show/listening-event-jazz-ambient-25-9-23/
・10/13@野口晴哉記念音楽室
https://www.instagram.com/p/DNuNh1VYozv/?img_index=1

原 雅明

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