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2021年に菊地雅章のソロ・ピアノ作『ラスト・ソロ〜花道(Hanamichi)』でスタートした〈Red Hook Records〉は、ニューヨーク、ブルックリンのウォーターフロント地区の名前に由来する。そこにはベン・ストリートの家があった。ベーシストの彼はダウンタウンのアヴァンギャルド・シーンを代表するアンソニー・コールマンからコンテンポラリー・シーンの象徴であるカート・ローゼンウィンケルまでを惹き付けたが、ミュージシャンたちが自然と集うコミュニティの場を作る魅力も備えていた。〈Red Hook〉を主宰するサン・チョンもそこに足繁く通ったひとりだった。だから、レーベル名の真の由来はこのコミュニティから来ている。そして、リリースの大半をニューヨークで録音、制作することに拘ってきた。
だが、〈Red Hook〉はニューヨークの「ジャズ・レーベル」ではない。そう断言していいだろう。それは、レーベル設立5周年を記念してリリースされた『Peace Anthems』に集ったアーティストたちを見れば、一目瞭然だ。ワダダ・レオ・スミスやキット・ダウンズ、トーマス・モーガンと対等に、ムーア・マザーやブランクフォームス、テイラー・デュプリーが参加をしている。このラインナップは、〈Red Hook〉が築き上げてきた価値観から来るものだ。
アルバム『Breaking the Shell』のダウンズとアンドリュー・シリル、ビル・フリゼールの教会での録音は、ニューヨーク近郊にある30台ほどのパイプオルガンをチョンが1年かけて検討した末に実現した。それは、かつて〈ECM〉のプロデューサーとして制作したダウンズのパイプオルガン作『Obsidian』の続編のようだった(チョンは2012年から2020年まで〈ECM〉で働いていた)。ブランクフォームスのカセットテープとエレクトロニクス、ジェイソン・モランのピアノとマーカス・ギルモアのドラムのコンビネーションによる『Refract』や『Shards』は、意外なことにジャズ・コンポジションを学んでいたブランクフォームスが音楽的なコミュニケーションも取って、斬新なトリオによる音を生んだ。
これらをはじめ〈Red Hook〉からリリースされた諸作には、ジャズという音楽に内包された多様な文化的背景を、ただ音そのものの感受から捉える視点がある。チョンはかつて「音に絶大な信頼を置くような人たち、スタイリスティックなものよりも音というものに軸足のある人たちを大事にしている」と語ってくれたことがある。西洋音楽の完成された様式とは異なる出自のジャズが、いまでは世界各地で等質化していき、各地のローカルな音楽と共存している状況に、いま一度異なる視点で臨もうとしている。それは、かつて〈ECM〉が実践していたことの先を歩んでいる。
『Peace Anthems』は単なるレーベル・コンピではない。戦争や対立の絶えない時代に対する平和への希求を共同のヴィジョンとして掲げ、収益の100%が紛争地域の支援にあたる赤十字国際委員会(ICRC)へ寄付される。平和をテーマとするだけではなく、「音による実践」としても捉えている。アルバムが、カシム・ナクヴィのモジュラー・シンセによる “Al Badawi” のドローンでスタートするのは象徴的だ。内省的なトーンはアルバム全体を貫く静かな表明となっている。それは、デュプリー、モーガン、それにトロンボーンのカリア・ヴァンデヴァー(〈International Anthem〉の『Mana』が素晴らしかった彼女だ)による “Wither Light and Airy” の流動的な美しいアンサンブルへと受け渡されていく。
一方で、レオ・スミスやシリル、アミナ・クローディン・マイヤーズといった即興演奏のマスターたちは、この音がブルース、ゴスペル、スピリチュアルから来ていることを伝える。レオ・スミスとマイヤーズの “Sonic Requiem X”、ソンジェ・ソンがテナー・サックス、バス・クラリネット、ハーモニウムで演奏する “イムジン河(The River of Imjin)”、シモーネ・マッジオのピアノとマーサ・デリーベのヴォーカルの “War is Over” が、まるで1曲のように繋がる流れは白眉だ。そして、アルバムの終盤にはダウンズのパイプオルガンが、ナクヴィのドローンを引き継ぐように低く響き渡り、やがて空間に溶け込むように消えていく。
ブランクフォームスと “Imaginary Lines” で共演したムーア・マザーは、ライナーノーツも担当している。最後にその一節を紹介したい。『Peace Anthems』の音はまさにこの言葉のように存在している。
平和とは、音と、各音の間に存在するミクロおよびマクロな沈黙が、時間と空間そのものの最も根源的な要素を内包していることにある。それは創造された時間で、世界へと積み重なっていく時間であり、それぞれの音、リズム、息遣いが、生命そのものに息吹を与えた最初の息づきへと私たちを結びつけてくれるのだ。
原 雅明