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Columns

2月のジャズ

Jazz in February 2024

小川充 Feb 22,2024 UP

  先に故オースティン・ペラルタの『エンドレス・プラネッツ』についてコラムを執筆したが、彼と同じく現代ジャズにおける重要なピアニストのひとりがヴィジェイ・アイヤーである。ニューヨークを拠点とする彼は、インド系移民の両親の間に生まれ、エール大学に進んで物理と数学を専攻し、その後工学と芸術の修士を得るためにUCLAに進んだという異色の経歴の持主。ハーバード大の音楽教授にも就任した彼は、ピアノはほとんど独学で学んだそうで、フリー・ジャズから即興音楽、現代音楽、さらにDJスプーキーやマイク・ラッドなどヒップホップ・アーティストとのコラボもおこない、クレイグ・テイボーン、ロバート・グラスパー、カッサ・オーヴァーオールら新世代ジャズの騎手たちとも共演するなど、幅広い活動をおこなう。


Vijay Iyer, Linda May Han Oh, Tyshawn Sorey
Compassion

ECM

 私が彼の名前を意識したのは2009年の『ヒストリーシティ』だった。マーカス・ギルモア(ドラムス)とステファン・クランプ(ベース)とのトリオによるアルバムで、ロニー・フォスターの “ミスティック・ブリュー” をカヴァーしている。ヒップホップのサンプリング・ソースとして有名なこの曲を、リリカルだが刺激に富む演奏で覚醒した新しいジャズへと導いていた。様々な演奏形態で活動するアイアーだが、ピアノ・トリオではギルモアとクランプとのトリオを続けた後、アジア系の女性ベーシストであるリンダ・メイ・ハン・オー、クラシック、ジャズ、実験音楽の多方面で高い評価を得る打楽器奏者のタイショーン・ソレイとトリオを組んで『アンイージー』(2019年録音、2021年リリース)を発表。ブラック・ライヴズ・マターに共鳴した楽曲や、多大な影響を受けた故ジェリ・アレンに捧げた楽曲を含むこのアルバムにおいて、過去の自身のレパートリーを新しいトリオで再演・再解釈しており、より自由でフレッシュな感性に満ちたアルバムとなっていた。それ以来のトリオ・アルバムが『コンパッション』である。

 『アンイージー』でもやったジェリ・アレンの “ドラマーズ・ソング” や、度々共演してきたロスコー・ミッチェル(アート・アンサンブル・オブ・シカゴ)の “ノアー” といったカヴァーがあるなか、目を引くのはスティーヴィー・ワンダーの “オーヴァージョイド”。スタンリー・クラーク、ネイザン・イースト、エスペランサ・スポルディングなどジャズ・アーティストのカヴァーも多いこの曲だが、“ミスティック・ブリュー” のカヴァーのとき同様に、知性的でしなやかな躍動感に富む素晴らしい演奏により新しい息吹を吹き込んでいる。“メイルストロム” “テンペスト” “パンジェリック”の3曲は、2022年におこなわれた「パンデミックの犠牲者のためのテンペスト」というプロジェクトのために作曲したもので、アルージ・アフタブ、ムーア・マザー、アンブローズ・アキンムシーレらとの大編成のグループで演奏した楽曲。コロナに限らず、歴史的にパンデミックの陰でアメリカでは黒人やヒスパニックなどの非白人が、十分な治療を得られないなどの理由で死に至ることが多く、それに関する批判やメッセージをトリオ演奏に乗せて伝えている。


Grégory Privat
Phoenix

Buddham Jazz

 カリブ海の仏領マルティニーク生まれで、フランスを拠点に活動するグレゴリー・プリヴァもヨーロッパを中心に注目を集めるピアニスト。マラヴォアのピアニストだった父親の影響でピアノをはじめ、クラシックを学んだ後はジャズや即興演奏へと進む。故郷のマルティニークを離れた後はパリに移住し、ベースのジャン・エマニュエル、パーカッションのウィリアム・ドゥベとともにトリオカというグループを結成。カリブの伝統的な打楽器である「カ」を用い、ジャズやカリビアンのメロディを融合させるのがグレゴリー・プリヴァの音楽である。初リーダー・アルバムの『キ・コテ』を2011年に発表し、続く『テールズ・オブ・シパリ』(2014年)でフランス・ジャズ界における期待の新星の名を決定づけた。この2作はアヴィシャイ・コーエンやティグラン・ハマシアンらをプロデュースしてきたヤン・マルタンのレーベルからのリリースで、そのティグランの後継としてスウェーデンのラーシュ・ダニエルソンによるリベレットというプロジェクトにも参加している。

 近年もピアノ・トリオ作の『ソレイ』(2020年)、ソロ・ピアノ作の『ヨン』(2022年)、ソロ・ピアノによる即興演奏集の『ニュイ&ジュール』(2023年)と充実した作品リリースを続けているが、新作の『フェニックス』は編成的には『ソレイ』を踏襲したもので、クリス・ジェニングス(ベース)、ティロ・バルトロ(ドラムス)とのピアノ・トリオ作となる。『テールズ・オブ・シパリ』では、1902年に故郷マルティニーク島で起こった火山噴火により町が壊滅した悲劇をテーマとしていたが、今回のフランス語のアルバム・タイトルはそれに繋がる。数万の犠牲者のなかで3名が奇跡的に生き残ったという大噴火だったが、その灰のなかから何度もよみがえる伝説の不死鳥を連想させるのが『フェニックス』である。グレゴリー・プリヴァのピアノはそうした不死鳥を思わせる躍動的なもので、悲劇的ではなく、むしろ生きる喜びを表現するとてもポジティヴで力強いものだ。そうした明るくスピリチュアルな演奏がアフロ・ラテン調の表題曲に表れており、ファルセット風のヴォーカルも披露する “テレフォン”、メランコリックな旋律のなかから徐々に光が差し込んで希望が生まれていくような “エリオポリス” など、マルティニークのカリブ文化とフランス文化が結びついたクレオール・ジャズを披露する。


Cosmic Analog Ensemble
Les Grandes Vacances

Jakarta

 中東のレバノンはフランスからの独立後も内戦が起こり、隣国のイスラエルやシリアとの紛争が長く続いているが、ジャズではイスラエルからの影響が見られる。イスラエルのリジョイサーことユヴァル・ハヴキンなどが新しいジャズを発信し、そうした影響が近隣諸国にも広まっている状況だ。コズミック・アナログ・アンサンブルはレバノンのベイルート出身のマルチ・プレイヤー/作曲家のシャリフ・メガルベンによるプロジェクトで、リジョイサーの影響を感じさせるジャズをやっている。実質的にシャリフがひとりで音源制作をおこなうプロジェクトで、「21世紀からのアナログ・サウンド」を標語にヴィンテージな楽器や機材を用いて音を造っている。ほかにザ・フリー・アソシエイション・シンジゲート、トランス・マラ・エキスプレス、ザ・サブマリン・クロニクルズなどの変名もあり、2010年代初頭からデジタル配信で作品リリースをしてきて、初めてLPをリリースしたのが2017年の『レ・スール・オレイユ』。ジャズ、ファンク、ヒップホップ、サイケ・ロック、ソウル、アフロ、アラブ音楽などをミックスしたもので、サントラ風のシネマティックな作品が並ぶアルバムだった。旧統治国であるフランス語を用い、フランス文化を感じさせるところもあってか、ジャン=クロード・ヴァニエが編曲したセルジュ・ゲンスブールのサントラを想起させるといった評価もなされた。

 その後、2022年の『エキスポ・ボタニカ』は中南米音楽の影響を感じさせる作品集で、全体に尺の短い楽曲が並ぶ一種のライブラリー的なアルバム。アンビエントやシネマティックな要素はより強くなり、リジョイサーの作品にも共通するムードを感じさせるものだった。それに続く新作の『レ・グランデ・ヴァカンス』もシャリフ・メガルベンがひとりで多重録音しており、各種ギター、ベース、ヴィブラフォン、ピアノ、各種キーボード、モーグ・シンセ、フルート、ドラムス、パーカッション、ドラム・マシン、ヴォーカルなどをこなし、フィールド・レコーディングスまで駆使している。鍵盤類でもハープシコードやメロトロンのような現在はあまり使わない古い楽器を敢えて使用し、また電子琴やテルミンなど風変わりな楽器も用いるなど、エキセントリックさが際立つものだ。今回も比較的短いライブラリー風の作品集で、1960年代や1970年代頃のシネ・ジャズを思わせる楽曲が並ぶ。5拍子のアラビア音階によるモーダル・ジャズで、ハープシコードや電子琴、メロディカがエキゾティックなメロディを奏で、そこにテルミンが絡んで妖しいムードを醸し出していくという唯一無比の魅力を持つ楽曲となっている。


DJ Harrison
Shades Of Yesterday

Stones Throw

 ソロ活動はもちろん、ブッチャー・ブラウンのメンバーとして精力的に活動するマルチ・プレイヤーのDJハリソン。プロデューサーとしてもカート・エリング、ヌバイア・ガルシアピンク・シーフ、フォンテ、ジャック・ホワイト、スティーヴ・アーリントンら様々なアーティストの作品に関わってきているが、2022年の『テールズ・フロム・ジ・オールド・ドミニオン』から2年ぶりの新作ソロ・アルバム『シェイズ・オブ・イエスタデイ』がリリースされた。前作はラジオ・ショー仕立てというところが鍵で、そのラジオから流れだす様々なタイプの音をコラージュさせたようなアルバムだった。一方、本作は「昨日の色合い」というタイトルが示すようにカヴァー集となっている。ビートルズの “トゥモロー・ネヴァー・ノウズ”、スティーヴィー・ワンダーの “コントゥーション”、ドナルド・フェイゲンの “IGY”、オハイオ・プレイヤーズの “スウィート・スティッキー・シングス” や “トゥゲザー”、シュギー・オーティスの “プリング” とジャンルは様々で、なかにはフランスのライブラリーものもあったりと、DJハリソンの好きな音楽を思いつくままにまとめた感じだ。

 レコード・マニアである彼は、タイラー・ザ・クリエイターとネタの交換をすることもあるそうで、そうしたところで見つけたのがシンタックススというフランスのグループによる “ランスロポファム”。1981年に作られたAOR調のフュージョン・ナンバーで、男性スキャットを配した南国風味漂う楽曲。ハリソンのカヴァーは原曲の風味をそのままに、スキャットをややコミカルにアレンジしており、ヴィンテージ感という点では原曲をさらに数年前に遡らせたような仕上がりとなっている。レコード・マニアと同時に楽器や機材マニアでもある彼は、リッチモンドにある自宅スタジオにヴィンテージな楽器や機材を揃えており、このアルバムもそうした環境のなかでオープンリールのテープを使って録音されたそうだ。そうしたアナログの良さを追求したアルバムでもある。

Profile

小川充 小川充/Mitsuru Ogawa
輸入レコード・ショップのバイヤーを経た後、ジャズとクラブ・ミュージックを中心とした音楽ライターとして雑誌のコラムやインタヴュー記事、CDのライナーノート などを執筆。著書に『JAZZ NEXT STANDARD』、同シリーズの『スピリチュアル・ジャズ』『ハード・バップ&モード』『フュージョン/クロスオーヴァー』、『クラブ・ミュージック名盤400』(以上、リットー・ミュージック社刊)がある。『ESSENTIAL BLUE – Modern Luxury』(Blue Note)、『Shapes Japan: Sun』(Tru Thoughts / Beat)、『King of JP Jazz』(Wax Poetics / King)、『Jazz Next Beat / Transition』(Ultra Vybe)などコンピの監修、USENの『I-35 CLUB JAZZ』チャンネルの選曲も手掛ける。2015年5月には1980年代から現代にいたるまでのクラブ・ジャズの軌跡を追った総カタログ、『CLUB JAZZ definitive 1984 - 2015』をele-king booksから刊行。

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