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Columns

10月のジャズ

Jazz in October 2024

小川充 Oct 29,2024 UP

 2018年11月にロイ・ハーグローヴが亡くなって間もなく6年が経つ。フレディ・ハバードの系譜にあたる正統派ジャズ・トランペッターでありつつ、クエストラヴ、Q・ティップ、J・ディラ、ディアンジェロ、コモン、エリカ・バドゥらとソウルクエリアンズを結成し、そうしたなかからクロスオーヴァーなユニットのRHファクターを興すなど、ジャズの枠にとらわれずにヒップホップやR&B、ファンクと幅広い活動をおこなった。亡くなる直前もカッサ・オーヴァーオールの『Go Get Ice Cream And Listen To Jazz』に参加するなど、最後まで進取の気性に富むミュージシャンであり続けた。

Roy Hargrove
Grande-Terre

Verve / ユニバーサルミュージック

 そんなロイの未発表アルバムの『Grand-Terre』がリリースされた。ソウルクエリアンズを結成した頃のロイは、一方でラテン・ジャズにも傾倒していた。1997年にチューチョ・ヴァルデスをはじめとしたキューバやプエルト・リコのミュージシャンらとバンドを結成し、グラミー賞受賞アルバムとなる『Habana』をリリースしている。このときのバンドはクリソルという名前だったが、『Grand-Terre』はそのクリソルで1998年に西インド諸島のグアドループで録音された。

 参加メンバーは『Habana』にも参加したミゲル・ディアズ(イベイーのディアズ姉妹の父親)やフランク・レイシーのほか、フリオ・バレットやチャンギートなどラテン系ミュージシャンや、ロイのクインテットのメンバーでもあるラリー・ウィリスといった面々。キューバのピアニストのガブリエル・ヘルナンデスがロイのために書いた激しいルンバのリズムによる “Rumba Roy”、ベーシストのジェラルド・キャノンがアンソニー・ウォンジーのアルバムで書いたメロウなラテン・ジャズ “A Song for Audrey”、後にRHファクターにも参加するジャック・シュワルツ・バートのサックス・プレイが光る “Lake Danse”、ギタリストのエド・チェリーが作曲した陽気なデスカルガの “B and B”、スペイン語のナレーションをフィーチャーしたアフロ・キューバン・ジャズの “Priorities”など、『Habana』の世界をさらに掘り下げたラテン・サウンドを展開する。なかでも素晴らしいのは、シダー・ウォルトン作曲でリー・モーガンの『The Six Sense』に収録された “Afreaka” のカヴァー。重厚でエキゾティックな原曲もいいが、こちらはテンポアップしてじつにダンサブルなナンバーとなっている。


Robert Glasper
Keys To The City Volume One

Loma Vista / Concord

 ロバート・グラスパーは今年アップル・ミュージック限定でアルバムをリリースしていて、6月の『Let Go』、9月の『Code Derivation』に続く第3弾が『Keys To The City Volume One』となる。ミニマルな編成によるメディテーショナルでアンビエントな世界を追求した『Let Go』、ジャズ・サイドとヒップホップ・サイドの両面を提示し、ヒップホップ・サイドではハイ・テック、テイラー・マクファーリン、カリーム・リギンズらとのコラボでサンプリングにより自身の世界を再構築してみせた『Code Derivation』と、それぞれ異なる内容のアルバムとなっているが、『Keys To The City Volume One』は『Black Radio』などを生み出したロバート・グラスパー・エクスペリメントの方法論に近いだろう。彼がニューヨークのブルーノート・クラブでおこなっているレジデント・ギグ「ROBOTOBER」でのライヴ録音となり、ノラ・ジョーンズ、エスペランサ・スポルディング、サンダーキャット、ミシェル・ンデゲオチェロ、ビラル、ブラック・ソートなどがゲスト参加している。

 エスペランサの即興的なヴォーカルをフィーチャーした “Didn’t Find Nothing In My Blues Song Blues” や、イエバをフィーチャーしたネオ・ソウル調の “Over” などのオリジナル曲もあるが、今作においてはさまざまなカヴァー曲が収められ、原曲をいかにグラスパーなりのアレンジや解釈で料理しているかが面白いところだろう。ザ・ルーツの “Step Into The Realm”、チック・コリアの “Paint The World”、レディ・フォー・ザ・ワールドの “Love You Down”、そしてセルフ・カヴァーとなるマルグリュー・ミラーのトリビュート曲 “One For Grew” とさまざまなカヴァーが収められており、アウトキャストの “Prototype” はノラ・ジョーンズがフォーキー・ソウル調で歌いあげる。レディオヘッドの “Packt Like Sardines In A Crushd Tin Box” のクールに覚醒したジャズ・ロック的なアレンジも素晴らしい。


Ashley Henry
Who We Are

Royal Raw / Naïve

 昨年EPの「My Voice」を紹介したアシュリー・ヘンリーだが、この度リリースした『Who We Are』は2019年の『Beautiful Vinyl Hunter』から5年ぶりのフル・アルバムとなる。『My Voice』は自身のヴォーカルやワードレス・ヴォイス、スキャットなどを駆使した歌心溢れる作品集だったが、今回は自分以外にさまざまなシンガーやミュージシャンをゲストに迎え、『Beautiful Vinyl Hunter』もそうであったがアシュリーの多様性に富む世界を見せてくれる。そして、ビンカー・ゴールディング、デヴィッド・ムラクポル(ブルー・ラブ・ビーツ)などロンドンのミュージシャン以外に、アメリカのシオ・クローカーやアジャ・モネ、ニュージーランド出身で現在はロンドンを拠点にするマイエレ・マンザンザなども加わり、より広がりを持って多彩なセッションが繰り広げられる。

 今回のアルバムもアシュリーのピアノと自身やゲストの歌が聴きどころとなるアルバムだ。ジャズ・ワルツ “Love Is Like A Movie” でのジュディ・ジャクソンは、もともとアメリカ出身で現在はロンドンを拠点とするが、ジャズ、ソウル、ブルースなどをミックスしたスタイルの非常に才能豊かなシンガー・ソングライターで、ここではスキャットを交えながら繊細で切ないフィーリングをうまく表現している。“Take It Higher” はアシュリー自身が歌っており、ストリングスを配した雄大なプロダクションはかつての4ヒーローを思い起こさせる。“Mississippi Goddam” は重厚なピアノ・ソロも聴かせるモーダル・ジャズで、ここでもアシュリーのソウルフルなヴォーカルとコーラスのコンビネーションが光る。アジャ・モネのポエトリー・リーディングとアシュリーがデュエットする形でコラボする “Fly Away”、ラッパーの MAK をフィーチャーしたジャズ・ミーツ・ヒップホップの “All For You” など、いろいろな形で歌とジャズを結び付けた作品が並ぶなか、もっともアシュリーらしいのはスピリチュアルなムードを持つ “Oh La”。ビンカー・ゴールディングのサックスをフィーチャーしたダイナミックで躍動的なアフロ・ジャズとなっているが、ここでのアシュリーはワードレスのヴォーカルながら非常にイマジネーション豊かな表現を見せてくれる。そして、マイエレ・マンザンザが人力ブロークンビーツ的なドラムを演奏し、デヴィッド・ムラクポルのヴィブラフォンが印象的な “Tin Girl”、シオ・クローカーのトランペットとアシュリーのエレピが哀愁に満ちたフレーズを奏でるモーダル・チューンの “Autumn” など、インスト曲も充実したアルバムとなっている。


Ezra Collective
Dance, No One's Watching

Partisan

  2022年リリースの『Where I’m Meant To Be』が高く評価されたことにより、2023年度のマーキュリー・プライズをジャズ・アーティストとして初めて受賞したエズラ・コレクティヴ。リーダーのフェミ・コレオソはこの受賞について、エズラ・コレクティヴのみでこの受賞を成し遂げたのではなく、彼らを育んだトゥモローズ・ウォリアーズやサウス・ロンドン・シーンで共に切磋琢磨する仲間たちすべての為せるものとコメントを残していたが、そうした間にもニュー・アルバムの制作は進められ、その『Dance, No One's Watching』が完成した。アルバム・タイトルにもあるように、今回のアルバムのテーマはダンス。ロンドンにはじまり、シカゴ、ナイジェリアのラゴス、オーストラリアのシドニーなど、これまで彼らがツアーなどを通じて出会った世界の国々のさまざまなダンス・フロアがモチーフとなっている。ダンスやダンス・ミュージック、そしてリズムやビートには人と人を繋いだり、結びつけるような力があり、そうしたダンスから生まれる喜びをストレートに伝えるようなアルバムというのが『Dance, No One's Watching』である。

 ゲスト・シンガーにはUKのヤスミン・レイシーやオリヴィア・ディーンから、南アフリカのムーンチャイルド・サネリー、ガーナのラッパーのマニフェストを迎え、盟友のヌバイア・ガルシアはじめ、カイディ・アキニビ、ジェイ・フェルプス、ココロコやロンドン・アフロビート・コレクティヴのメンバーが演奏に加わる。『Where I’m Meant To Be』に比べてアップリフティングでダンサブルなナンバーの比重が増え、“Hear My Cry” のように跳ねるリズムが多用される。アフロビートの “The Herald” にしても非常に速いテンポの跳ねるリズムが特徴だ。フェラ・クティの “Expensive Shit” もカヴァーするが、これもオリジナルに比べて相当速いスピードで疾走感に満ちたもの。フェラ・クティのサウンドをダンス方面にブラッシュ・アップした印象だ。アフロビートだけでなく、サルサ調の “Shaking Body”、カリプソ調の “God Gave Me Feet For Dancing” など、ラテンのダンス・サウンドも多い。“N 29” は比較的ダウンビートのトラックだが、これもフェミ・コレオソがトニー・アレン直伝の複雑で有機的なドラミングを駆使して、ダンサブルなグルーヴを生み出すことに成功している。

Profile

小川充 小川充/Mitsuru Ogawa
輸入レコード・ショップのバイヤーを経た後、ジャズとクラブ・ミュージックを中心とした音楽ライターとして雑誌のコラムやインタヴュー記事、CDのライナーノート などを執筆。著書に『JAZZ NEXT STANDARD』、同シリーズの『スピリチュアル・ジャズ』『ハード・バップ&モード』『フュージョン/クロスオーヴァー』、『クラブ・ミュージック名盤400』(以上、リットー・ミュージック社刊)がある。『ESSENTIAL BLUE – Modern Luxury』(Blue Note)、『Shapes Japan: Sun』(Tru Thoughts / Beat)、『King of JP Jazz』(Wax Poetics / King)、『Jazz Next Beat / Transition』(Ultra Vybe)などコンピの監修、USENの『I-35 CLUB JAZZ』チャンネルの選曲も手掛ける。2015年5月には1980年代から現代にいたるまでのクラブ・ジャズの軌跡を追った総カタログ、『CLUB JAZZ definitive 1984 - 2015』をele-king booksから刊行。

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