Home > Reviews > Album Reviews > Taylor McFerrin- Love's Last Chance
偉大なジャズ・シンガーのボビー・マクファーリンを父に持つシンガー兼プロデューサー/DJ/トラックメイカーのテイラー・マクファーリン。ブルックリン生まれでもともとヒューマン・ビートボクサーだったというテイラーだが、彼のソロ・アルバム『アーリー・ライザー』が〈ブレインフィーダー〉からリリースされたのは、もう5年も昔の2014年のこと。ロバート・グラスパー、サンダーキャット、マーカス・ギルモアらUS新世代ジャズ系ミュージシャンに、父のボビーやブラジルのセザール・マリアーノといったレジェンド級ミュージシャン、さらにハイエイタス・カイヨーテのネイ・パームやエミリー・キング、ライアットらシンガー陣が参加したこのアルバムは、その頃よりジャズへと接近していく〈ブレインフィーダー〉を象徴する一枚でもあった。音楽的にはジャズ、ソウル、ヒップホップ、LAのビート・ミュージック、ロンドン~NYのベース・ミュージックなどさまざまな要素が結びついたもので、後のジェイムスズーの『フール』(2016年)あたりにもその影響は伺える。2010年代半ばの傑作の一枚であったが、その後の作品リリースは途絶えてしまっていた。
もともと寡作のアーティストで、2006年のデビューEP「ブロークン・ヴァイブズ」から『アーリー・ライザー』までも8年の月日を要していたので、テイラー本人としては至ってマイ・ペースでライヴ中心の活動をおこなっていたのだろう。そんなテイラーの久々のリリース情報が流れたのは2018年で、それはロバート・グラスパー、テラス・マーティン、クリスチャン・スコット、デリック・ホッジ、ジャスティン・タイソンと組んだ R+R=NOW というプロジェクトによる『コラジカリー・スピーキング』だった。2017年のSXSWフェスでこれらメンバーが集まり、そのセッションからアルバム制作まで発展していったわけだが、ジャズ畑の面々の中でテイラーもキーボードとヴォーカルを担当し、グループにおけるエレクトロニカやアンビエント的側面を打ち出すのが彼の役割でもあった。アルバム・リリース後は R+R=NOW のツアーのほか、カマシ・ワシントンやビッグ・ユキなどさまざまなジャズ・ミュージシャンとのライヴが続いていたが、『アーリー・ライザー』以来の待望のソロ・アルバム『ラヴズ・ラスト・チャンス』がようやく完成した。
今回のリリースは〈ブレインフィーダー〉からではなく、〈フロム・ヒア・エンターテインメント〉という自主レーベルのようで、ミゲル・アトウッド・ファーガソンやソニームーンのアンナ・ワイズなど現在のテイラーが拠点とするロサンゼルスのミュージシャンのほか、クリスチャン・スコットの『ストレッチ・ミュージック』へのフィーチャリングで知られるシンガー兼フルート奏者のエレナ・ピンダーヒューズも参加している。
『アーリー・ライザー』に比べて、全体的に『ラヴズ・ラスト・チャンス』はソウル/R&B寄りの内容と言え、よりソウル・シンガーとしての側面にフォーカスしているようだ。そうした中で、特にルーズ・エンズなどに象徴される1980年代のシンセ・サウンドやAORと結びついたソウル・グループを彷彿とさせる楽曲が目につく。“ナウ・ザット・ユー・ニード・ミー”や“メモリー・デジタル”がその代表で、現在のロサンゼルス・シーンであればジ・インターネットやデイム・ファンクあたりとの相関性も見出せるようなシンセ・ブギーと言える。AOR色が強い“ソー・コールド・イン・ザ・サマー”にも表われるように、アルバム全体のトーンはメロウかつアンビエントなムードに包まれ、現在で言われるところの「クワイエット・ウェイヴ」に属する作品となっている。そして、一般的なR&Bシンガーにはないオルタナティヴな個性がテイラーの特徴でもあり、スローなワルツ曲の“アイ・ウッド・スティル”や、ブラッド・オレンジにも通じるソフト・サイケなムードの“アイ・キャント・ギヴ・ユア・タイム・バック”などは、ジャズを含めていろいろなタイプの音楽を通過してきたテイラーだからこそできる作品だと言える。
小川充