Home > Reviews > Album Reviews > Kokoroko- Could We Be More
今年のW杯でのトピックのひとつに、モロッコがアフリカ勢として初のベスト4へ駒を進めたことがある。モロッコは大西洋と地中海に面した北アフリカに位置し、文化的にはアラブやヨーロッパからの影響が強く、アフリカ諸国のなかでも独自の文化を持つ国であるが、音楽的にはイスラム教の宗教歌を発祥とするグナワ音楽が有名で、現在はロックやファンク、ヒップホップなど西欧の音楽も根付いて発展を見せている。ひとくちにアフリカといっても様々な国があり、様々な民族音楽が受け継がれている。そして、そうしたアフリカからの移民や難民が世界中に散らばり、それぞれの国や地域でアフリカの音楽を広めている。今年もアフリカ以外の地で生まれた素晴らしいアフリカ音楽の作品があった。
一枚目はココロコの『クゥド・ウィ・ビー・モア』である。ココロコはサウス・ロンドンを拠点とするアフロ・バンドで、サウス・ロンドン・シーンが注目を集めたころから活動している。リーダーはトランペットのシーラ・モーリス・グレイで、彼女が別に参加するネリヤやシード・アンサンブルのサックス奏者であるキャシー・キノシもメンバー、それからトロンボーンのリッチー・シーヴライトと女性が多いバンドである。彼女たちはアフリカ系で、ほかにベースのムタレ・チャシ、キーボードのヨハン・ケベデ、パーカッションのオノメ・エッジワースとアフリカ系、もしくはその血を引くミュージシャンが集まっている。
彼らの作品が初めて登場したのはコンピの『ウィ・アウト・ヒア』(2018年)で、そのときはシンガー・ソングライターのオスカー・ジェロームがギターで参加し、作曲もおこなっていた。彼は2019年のデビューEP「ココロコ」にも参加しており、グループのなかで強い影響力を持つひとりであったのだが、ファースト・アルバム『クゥド・ウィ・ビー・モア』には参加しておらず、かわりにトビ・アデカイネ・ジョンソン(ギター)、デュアン・アザーレイ(ベース、シンセ、キーボード)が参加する。ドラムはエディ・ヒックがやっていたときもあったが、現在はアヨ・サラウが務めている。現在はメンバー全員がアフリカ系だ。
ココロコの音楽はアフリカ音楽とジャズのミクスチャーで、アフリカ系やカリブ系ミュージシャンの多いサウス・ロンドンならではのものと言えるが、特にナイジェリアのフェラ・クティやトニー・アレン、ガーナのエボ・テイラーなど西アフリカの音楽に影響を受けている。2020年のシングル曲の “キャリー・ミー” や “ババ・アヨーラ” などはダンサブルなアフロビートで、キーボードなど楽器演奏はジャズ的というか西欧音楽的である。一方で『ウィ・アウト・ヒア』でやっていた “アブセイ・ジャンクション” は非常に素朴なフォーク・ミュージックで、アフリカ音楽と西洋音楽が結びついたハイライフやアフロビートなどに比べ、よりアフリカ民謡に近い音楽と言えよう。EPの「ココロコ」は、このココロコの動と静の魅力両面が詰まったものとなっていた。
そして、『クゥド・ウィ・ビー・モア』は素朴さや大らかさ、アフリカ音楽の深みがより強まっていると感じる。“トジョ” はゆったりとしたグルーヴを持つアフロビートで、スペイシーなシンセとホーン・アンサンブルが印象的。アルバムのなかでは比較的ジャジーでミクスチャーな風味を感じさせる曲だ。アフロ・ジャズの “エワ・イヌ” もそうだが、フェラ・クティに代表される攻撃的で戦闘的なレベル・ミュージックのアフロビートではなく、雄大で懐の深いグルーヴを持つ作品となっている。アプローチとしてはファラオ・サンダース的と言えるだろう。
メロウネスに満ちた “エイジ・オブ・アセント” の開放的な空気、優しいワードレス・コーラスを配した “ディデ・オー” の哀愁は、このアルバムでもっとも美しい景色を見せてくれる。ダンサブルなハイライフの “ソウル・サーチング” や “ウィ・ギヴ・サンクス” にしても温かみや優しさを感じさせ、“ドーズ・グッド・タイムズ” はラヴァーズ・ロックにも通じる極上のメロウなアフロ・ソウル。“ウォー・ダンス” が比較的アジテーショナルなアフロビートとなっているものの、内省的なフォーク・ソングの “ホーム” やメロウでコズミックなアレンジによるアフロ・フュージョン “サムシングズ・ゴーイング・オン” と、ピースフルで牧歌的な世界が『クゥド・ウィ・ビー・モア』には貫かれている。
このココロコに割と近いテイストを持つのが、ジェンバ・グルーヴというドイツのユニットである。ガーナ生まれのエリック・オウス(ヴォーカル、パーカッション)とベルリン出身のヤニック・ノルティング(ベース)によるユニットで、演奏にはほかにベナン出身のババトゥンデ・アゴングロ(ギター)、イスラエル出身のメラヴ・ゴールドマン(フレンチ・ホルン)とニル・サバグ(ドラムス)、ポルトガル出身のゴンサロ・モルタグア(サックス)、ガーナ出身のモーゼス・ヨーフィー・ヴェスター(キーボード)が加わる。エリックはエボ・テイラーやパット・トーマスなどガーナの大御所ミュージシャンの作品に参加してきて、ジョニーというアフロ・ロック・バンドもやっているが、2020年にベルリンでヤニックと出会ってユニットが結成された。国籍が異なるふたりの共通項は、ガーナのハイライフや1970年代のソウル・ミュージックから影響を受けているという点で、ガーナのハイライフやアドワ、ギニア、マリ、コートジボワールなどで広まったワソルなど西アフリカの伝統音楽と、西欧の黒人音楽であるソウルを融合していく方向性でユニットは始まった。2021年から “バサ・バサ”、“アマレ”、“モコレ” とシングルを発表してきて、2022年に入ってファースト・アルバムの『ススマ』をリリースする。
“アーウォヤ” はメロウでゆったりとしたグルーヴを持つアフロ・ソウルで、ココロコの音楽に非常に近い。ソウルと言っても都会的に洗練されたそれではなく、素朴で大地の匂いを感じさせるものだ。“スバン” もそうだが、エリックはアフリカの先住民族の言葉(おそらくアカン語か?)で歌っており、メロディ・ラインも含めて西欧音楽とは異なる独特の雰囲気を持つ。そのメロディは “アデサネ” や “モコレ” はじめ哀愁と牧歌性に富み、アフリカ特有のものである。いい意味での土臭さ、泥臭さがジェンバ・グルーヴの最大の魅力だろう。シングル・カットされた “バサ・バサ” はそんなジェンバ・グルーヴらしい楽曲で、“アマレ” は土着的なダンス・グルーヴとなっている。大らかでメロウネスに満ちた “K33・モミ” は、彼らの標榜するアフリカ音楽とソウルの融合が結実した作品。
ココロコ、ジェンバ・グルーヴともに、アフリカ音楽のメロウで美しい側面を見事に表現するグループだ。
小川充