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interview with Acid Mothers Temple

interview with Acid Mothers Temple

アシッド・マザーズ物語

──河端一、超・超ロング・インタヴュー

大久保潤    撮影:小原泰広   Apr 30,2013 UP

 アシッド・マザーズ・テンプルのリーダー、河端一のインタヴューをお届けする。

 アシッド・マザーズ・テンプル(AMT)は河端を中心に「アシッド・マザーズ・テンプル&メルティング・パライソUFO」(通称「宗家」)、「アシッド・マザーズ・テンプル&ザ・コズミック・インフェルノ」(通称「地獄組」)、「アシッド・マザーズ・テンプルSWR」等々、AMTの名を冠した多くのバンド/ユニットが存在する。ゴングのようなものだと思えばわかる人にはわかるだろうか。

 そのゴングとの合体バンド「アシッド・マザーズ・ゴング」、グルグルのマニ・ノイマイヤーとの「アシッド・マザーズ・グルグル」など、合体ユニットものも数多く存在する。このあたり、非常階段、想い出波止場などの関西アンダーグラウンドの系譜も感じさせる。

 AMTは97年のファースト・アルバム以降、ジュリアン・コープによる紹介や英『THE WIRE』誌の表紙掲載(2001年)など海外での評価を高めていき、いまでは数ヶ月におよぶロング・ツアーを毎年おこなっている。
 その姿は「海外進出!」的な華やかなものではまったくない。数多いツアー・バンドのひとつとしての地に足の着いたツアー生活ぶりは、河端のブログでもその一端が伺える。みんな自炊してるし。

 ここで個人的な話をすると、筆者が河端の名前を意識したのは90年代中頃である。当時ハイライズの南條麻人による様々なユニット(メインライナー、ムジカ・トランソニック、狼の時間、東方沙羅等)がPSFレコード(灰野敬二や三上寛のリリースで知られる)から続々とリリースされた。当時すべてをチェックできたわけではなく、それぞれのバンドの区別も曖昧だったのだが、強烈なワウファズギターは強く印象に残っている。

 それ以前は、80年代には女性ヴォーカルを擁したニューウェイヴ・バンドえろちかを率いて活動しており、ナゴムのオムニバスなどでその一端を垣間見ることはできる。インディーズ・ブームの追い風もあって一時はメディアの露出もあったようなので、当時日本のニューウェイヴを熱心に追っていたような人(野田編集長とか)であれば名前くらいは知っているのではないだろうか。

 取材は秋葉原Club Goodmanで行われた狂熱のディスコカバーライヴの翌日、中野の大衆居酒屋で行われ、取材後のフォトセッションの後、さらに飲み続けた。前日も朝まで打ち上げだったというのに、つくづくタフな人である。

そもそも俺はサイケデリックというのは、基本的にアホの音楽だと思ってるからね。言うたらラリって気持ちよくなってるだけであり。そんなところで何をシリアスにやってるのや、もっと陽気にいこ陽気にっていうね。

田畑さんと同じように、まずはバイオグラフィカルなことを順を追ってお聞きしたいと思うんですが。

河端:あんまりないんですけどね、俺は(笑)。田畑はやっぱりいろいろあるじゃないですか。有名バンドを渡り歩いてきたエリートやから。俺は裏街道を歩んできたからね。

音楽活動を始めたのが14歳ということですが。バンドを始めたのがその時ということですか?

河端:14か、13ですかね。そうですね、バンド活動と音楽活動を始めたのが同時で。最初は10歳か11歳のときにラジオで現代音楽を聴いて。それはシュトックハウゼンのミュージック・コンクレートか電子音楽やったと思うね、いま思えば。それを聴いてすごく興味を覚えて「こんな音楽があんのや」というのが始まりで。

あ、じゃあロックより先に現代音楽を?

河端:うちはお袋が音楽にすごく厳しい人で、家で歌番組を見たらあかんかったんですよ。世のなかのくだらない音楽を聞くなと。
 それからまた何年か経って、友だちがロックのレコードをうちに持ってきたのね。お兄ちゃんのレコードを自分のカセットに録音したいと。いまでも忘れないビートルズの『レット・イット・ビー』やねんけど、まったく興味がわかんかってん。「なんやこんなんしょーもない。これがロックいうやつか」思ってんけど。そいつがそれからお兄ちゃんのレコードを持っくるようになって、あるときディープ・パープルを持ってきた。『マシン・ヘッド』。そしたら「なんやこれ、めちゃくちゃかっこええやんけ!」と。

じゃあやっぱりハード・ロックから。

河端:ハード・ロック、プログレからですね。同時にプログレとか聴きだして、フリップ&イーノとか。そうすると現代音楽にまた自分のなかでもどってしまって。
 そうこうしてるうちに、ディープ・パープルみたいなハード・ロックに俺の大好きな電子音楽が乗ってるバンドはないんやろうかと。好きな音楽と好きな音楽が合わさったらもっと好きになるはずや、単純な話。そんなんないんかなあと思ってても、結局当時の力では探せられへんのね。
 じゃあ自分でやるかと。ちょうど仲間が3人おるから3人でやろうやと。そしたらたまたま友だちの兄貴がシンセが余ってて譲って貰ってんけど、電源を入れたらビヨ~ンとかいうやんか。それで「お、シュトックハウゼン確保」(笑)。あとは演奏するだけやけど楽器がないから作ろかと。それで自作楽器を作ってね。スーパーで肉とか買った時についてくるトレーに輪ゴムを張ったり、缶に棒を挿してそれに針金を張って叩いたりとか――まあビリウンバウみたいな感じやねんけどね。いろいろ作って、これでディープ・パープルのような演奏をしようと。

それは(笑)。

河端:気持はの上ではね。まああの疾走する感じで。もちろん即興やねんけど、自分らでは曲をやってるつもりなんやね。だから今とけっこう近いというか。即興といってもフリーミュージックではなくて、作曲と編曲と演奏を同時にしてるだけなんやね。それはまあ今から聴くとなんとも言えへんものやねんけど(笑)。

最初からいまにつながる感じだったわけなんですね。

河端:それがはじまりで、だんだんバンドとしての体裁が整っていった。ギター、ベース、ドラムになって、スタジオに行けばオルガンなんかもあるから。そこのスタジオに、4chのミキサーとマイクとカセットデッキがあったんですよ。それで「録音できるやん」と。それでうちの家には当時カセットデッキが2台あって、スタジオで録ってきたやつにかぶせて次のテイクを録音するという。

いきなり最初からオーバーダビングを。

河端:そうやって自分らで作品作りを始めたんやね。ギターソロとか当時はそんな速う弾かれへんやん。それでラジカセにまずギターソロを録音すんねん、もうデタラメやねんけどできる限りの速弾きを。それをカセットで半押しくらいで早送りするとキュキュキュキュキュって速くなるやん(笑)。
あとカセットテープってネジで止まってたよね、四隅が。あれを開けて、切ってセロテープで繋いだりとか。テープをぐちゃっと捻ってからまた伸ばしてワウフラッター作ったり。ひどい時は1回水で洗って太陽で干してテープをグニャグニャにしたやつをかけたりとか。

へえー。

河端:最初の4年くらいはチューニングもしてなかった。ギターとベースの間のチューニングというのが存在してなくて。いまで言うオープンチューニングみたいな感じで、ポローンとやって「あ、面白い並びやな」「綺麗な並びやな」でそのまま弾くし、ベースはベースで自分でやるから、すごいうまいこと行ってる日とものすごい気色悪い音やなっていう日があって(笑)。

取材:大久保潤(2013年4月30日)

Profile

大久保潤大久保潤/Jun Okubo
1975年東京生まれ。書籍編集者として菊地成孔・大谷能生『東京大学のアルバート・アイラー』、佐々木敦『「批評」とは何か』、『アメリカン・ハードコア』『ブラック・メタルの血塗られた歴史』、ミック・ファレン『アナキストに煙草を』などを担当。ポストパンクバンド「大甲子園」、即興ドゥームロックバンド「Filth」、即興ハードロックバンド「Filth Iconoclast 666」等のギター。
ブログ:http://www.noiznoiznoiz.com

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