Home > Columns > 4月のジャズ- Jazz in April 2026

Nat Birchall
Path of Enlightenment
Ancient Archive of Sound
昨年はジャマイカ音楽のスカにフォーカスした『Liberated Sounds』というアルバムをリリースしたサックス奏者のナット・バーチャルだが、ここ数年はレゲエやダブに傾倒した作品リリースが目立っていた。一方で、ナット・バーチャル・ユニティ・アンサンブルとして『Spiritual Progressions』(2022年)や『New World』(2024年)をリリースし、これらはモード・ジャズ、スピリチュアル・ジャズのアルバムとなっていた。2020年代を振り返っても、古代アフリカへの回帰をテーマとした『Ancient Africa』(2021年)、アフリカ色を強めていた頃のジョン・コルトレーンを彷彿とさせる『Afro Trane』(2022年)、その続編でファラオ・サンダースにも捧げた『Songs Of The Ancestors - Afro Trane Chapter 2 -』(2023年)、モーダルで美しい『The Infinite』(2023年)などをリリースしていて、これが従来の彼のスタイルと言える。このたびの新作『Path of Enlightenment』も、そうしたモード~スピリチュアル・ジャズ路線の作品。ナット・バーチャル・ユニティ・アンサンブルはじめ、これまで数々の作品で演奏してきたアダム・フェアホール(ピアノ)、マイケル・バードン(ベース)、ポール・ヘッション(ドラムス)という久しぶりのカルテット編成で、彼がもっとも信頼する面々との録音である。
ナット・バーチャルが敬愛するジョン・コルトレーンやファラオ・サンダースは、アラビアやインドなどの音階を用いたモード奏法のパイオニアだが、『Path of Enlightenment』はそうしたエキゾティックなモードに則った作品集となっている。“Red, Gold & Green” はエチオピアの国旗に用いられる3つの色を示していて、それはラスタファリのシンボル・カラーでもある。ナットにとって重要な意味を持つ3色でもあるのだが、この楽曲においてはエチオピアの音階を基に作曲がおこなわれている。“Amenhotep” は古代エジプトのファラオ(王)の名を由来とする。過去にもファラオのアクエンアテン4世の名を示す “Akhenaten” という曲を書いたナットだが、“Amenhotep” はそのアクエンアテン4世の本名でもあり、同じ5/4拍子の作品となっている。ズールー語で美しい贈り物を意味する “Sphesihle” などアフリカ色の濃い作品の一方、“Menat” はビザンチン音階のアラビックなモードに基づき、タイトル曲の “Path of Enlightenment” はエキゾティック・モードの定番的なフリギア旋法を用いている。こうしたモード演奏はこれまでもいろいろおこなってきたナットであるが、改めて深く踏み込んで探求したアルバムが『Path of Enlightenment』と言える。

Work Money Death
A Portal To Here
ATA
ワーク・マネー・デスはUKのリーズを拠点とするグループで、ザ・ソーサラーズ、ザ・ルイス・エキスプレスなど同じリーズのグループや、アダム・フェアホールなどナット・バーチャルのバンド・メンバーなどが集まって流動的に構成される。サックス奏者のトニー・バーキルが中心人物で、バンド名も彼のソロ・アルバムのタイトルから命名された。ファラオ・サンダースやアリス・コルトレーンなどにインスパイアされた音楽性を持ち、2021年のデビューから2024年まで3枚のアルバムをリリースしている。バンド・メンバーであり、ナイトメアズ・オン・ワックス、コリーヌ・ベイリー・レイ、ジミ・テナーなどの作品でも演奏してきたギタリストのクリス・ドーキンズが2025年に逝去し、その追悼の意を込めて最新作『A Portal To Here』は作られた。
今回の録音にはマシュー・ハルソールの作品でお馴染みのハープ奏者のアリス・ロバーツが参加。そのアリス・ロバーツを通してアリス・コルトレーンの精神世界へフォーカスしていくと同時に、ヨークシャーを拠点とする木管・金管楽器隊のアンサンブルがサン・ラー・アーケストラのような空間を作り出す。ハンド・クラップを交えたパーカッシヴなリズムに導かれる “A Dance For The Spirits” は、ファラオ・サンダースの流れを汲むトニー・バーキルの荒々しいテナー・サックスの咆哮とともに、カルテット・トレ・ビアンのようなダンス・ジャズとしての要素も兼ね備えた作品。“Brother Earl” もハンド・クラップがシンクロしたリズムを持ち、こちらはファラオ・サンダースの祝祭的な影響が見られる。

Irreversible Entanglements
Future Present Past
Impulse!
詩人のムーア・マザーことカマエ・アイワ、サックス奏者のキーア・ノイリンガー、ベーシストのルーク・スチュワート、ドラマーのチェスター・ホームズ、トランペット奏者のアキレス・ナヴァーロによるイレヴァーシブル・エンタングルメンツ。ニューヨーク・アート・カルテット、アート・アンサンブル・オブ・シカゴ、サン・ラー・アーケストラなどとも比較される現代のフリー・ジャズ集団で、ムーア・マザーのポエトリー・リーディングを配したパフォーマンスや思想はラスト・ポエッツに重なるところもある。シカゴの〈インターナショナル・アンセム〉を拠点に、『Who Sent You? 』(2020年)や『Open The Gates』(2021年)などでは混沌としてノイジーな演奏、スポンテニアスでフリーフォームな楽曲、怒りや恐怖といった感情や闘争のアジテーションを滲ませたムーア・マザーのポエトリー・リーディングが印象的だった。2023年には〈インパルス〉へ移籍して『Protect Your Light』をリリースしたが、収録曲の “Free Love” はある意味で聴きやすいスピリチュアル・ジャズと整理され、これまでとは異なる部分も感じさせるものだった。もちろん、アルバム全体ではそれまでの前衛的で実験的な姿勢は保ちつつ、“Free Love”やゴスペルの影響が見られる “Protect Your Light” はイレヴァーシブル・エンタングルメンツの新たな方向性を見せる楽曲だった。
〈インパルス〉からの2作目となる『Future Present Past』は、中南米のラテン・リズムに彩られた “Panamanian Fight Song”、アフロ・キューバン・リズムに乗せた “Don’t Lose Your Head” や “We Know” など、これまでになくアフロ・ラテンの色彩が強い。 スポークンワードとフリー・ジャズやスピリチュアル・ジャズの融合では、デトロイトのジャズ・ドラマーのロイ・ブルックス率いるアーティスティック・トゥルースによる『Ethnic Expressions』(1973年)という伝説的な作品があるのだが、“Don’t Lose Your Head” からはそれに似た熱気を感じる。ヴードゥーの儀式のような “Juntos Vencemos” や、ムビラのような音色が瞑想的な “The Spirit Moves” も原初的なアフリカ音楽への回帰が見られ、音楽的には『Protect Your Light』以上に聴きやすく、シンプルに整理されたものとなっている。思い出すのはサン・ラー・アーケストラのドラマーで、カール・クレイグのインナーゾーン・オーケストラやデトロイト・エクスペリメントにも参加したフランシスコ・モラ・キャトレット。彼はメキシコ系だが、ソロ・アルバムではアフロ・ラテンの色合いが存分に出ており、それに近いテイストを 『Future Present Past』から感じる。

Dave Stapleton
Quiet Fire
Edition
デイヴ・ステープルトンはもともとクラシックを学び、カーディフの音楽大学でキース・ティペットからジャズを学んだピアニスト/作曲家。ドラマーのエリオット・ベネットとクインテットを編成する一方、女性シンガーを交えたスロウリー・ローリング・カメラを結成するなどいろいろな活動をおこなっている。ミュージシャンと同時に〈エディション・レコーズ〉も運営し、キース・ティペット、ノーマ・ウィンストンなど英国ジャズ界の大御所から最新の現代英国ジャズ、そして北欧のアーティストの紹介まで幅広い活動をおこなっている。2000年代半ばよりソロ・アルバムもいくつかリリースしているが、2012年の『Flight』ではストリングスを交え、クラシックの素養のある彼ならではの重厚な現代ジャズを披露していた。それからしばらくソロ・アルバムはなかったが、このたび久しぶりの新作『Quiet Fire』がリリースされた。
今回は『Flight』やほかのアルバムなどのスコア重視のプロセスではなく、ビートを中心とした作曲、ループをベースとした構成となっている。演奏家というよりも、プロデューサーとしての立ち位置に重きを置くものだ。自身はアコースティックなピアノではなくローズとシンセを演奏し、メンバーは盟友のエリオット・ベネット(ドラムス)ほか、スロウリー・ローリング・カメラのヴィクトリア・ステープルトン(ヴァイオリン)、〈エディション〉でも作品をリリースするスチュアート・マッカラム(ギター)、ノルウェーの巨匠ニルス・ペッター・モルヴェル(トランペット)などが参加。オルガ・アメルチェンコのアルト・サックスをフィーチャーした “Music For Evolution” は、ブロークンビーツ的なビートの未来派ジャズ。かつて2000年代にニルス・ペッター・モルヴェルやブッゲ・ウェッセルトフトなどの北欧勢、そしてウェスト・ロンドン勢の一部はフューチャー・ジャズと紹介されていたことがあるが、それに近い雰囲気を感じさせる作品だ。“Recall” はヒップホップ調のビートから倍速のジャズ・ファンクへと推移するビート・ミュージック的な作品で、ニルス・ペッター・モルヴェルをフィーチャーした “What Next” もヒップホップとジャズが融合したような作品。カマール・ウィリアムズやユセフ・デイズなどサウス・ロンドン勢にシンクロする部分を感じさせる作品だ。
小川充/Mitsuru Ogawa