ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Cornelius ——コーネリアス、ニュー・アルバム『REFRACTIONS』の詳細を発表
  2. Columns #16:ワールドカップ2026 ──時代は変わった(日本代表のことではない)
  3. R.I.P. Miru Shinoda 追悼:篠田ミル
  4. Columns 6月のジャズ Jazz in June 2026
  5. HASE-T ──プロデューサー活動25周年を迎えるダンスホールのヴェテラン、記念アルバムがリリース
  6. Oyubi ──〈TREKKIE TRAX〉イチオシのフットワーク・プロデューサーによるデビュー・アルバム
  7. Vladislav Delay Quintet - Vd5 | ヴラディスラフ・ディレイ
  8. interview with Loraine James ロレイン・ジェイムズの“ポップ”な冒険 | ——来日直前インタヴュー
  9. Columns 〈FUTURE FREQUENCIES FESTIVAL 2026〉出演者解説 ──ジョイ・オービソン、セイバーズ・オブ・パラダイス、ノサッジ・シング×真鍋大度、ロレイン・ジェイムズほか
  10. GROOVETUBE FES 2026 ──千葉横芝光町の屋形海岸で開かれるパーティにsugar plant、Have a Nice Day!、SUGIURUMN、YODATAROが出演
  11. Cornelius 30th Anniversary Set - @東京ガーデンシアター
  12. Columns #15:「すべてのロックンロールに反対してやる」 ──『UKインディ・ロック入門』刊行のお知らせ
  13. Brian Jackson - Now More Than Ever | ブライアン・ジャクソン
  14. special talk : ジョン・グラント × 田亀源五郎 何を歌い、どう描くか──ゲイ・アーティストたちのリアリティ  | John Grant, 田亀源五郎, LGBT,
  15. Cornelius ——コーネリアスのライヴ・ドキュメンタリー映像「“Dream in Dream” Tour Document Episode 1」公開
  16. ボカロが世界に与えた衝撃 一億回再生の意外な背景
  17. 異次元の常識──パンク/ハードコアの思想とメッセージ
  18. Columns Boards of Canada ボーズ・オブ・カナダの帰還  | ──その軌跡、その影響、そして13年ぶりの新作『Inferno』をめぐって
  19. interview with Mouse on Mars 僕たちはダブを、ジャンルではなく社会的なものとして捉えたい | ——リー・ペリーとの共作を発表したマウス・オン・マーズ、インタヴュー
  20. 下津光史 - @青山 月見ル君想フ  | 踊ってばかりの国

Home >  Reviews >  Album Reviews > The Sleeves- The Sleeves

The Sleeves

FolkImprovisation

The Sleeves

The Sleeves

12XU

野田努 May 15,2026 UP

 この世界には文脈というものがあり、それが「言葉」や「音」が意味するところを補う。いまから遡ること23年前、ぼくがアニマル・コレクティヴの『Campfire Songs』に惹かれたのも、自分なりの文脈があった。(この時代は配信などないし日本盤もないから、聴くには買うしかなかった。売っている店も限られていた。そうまでしてあのサウンドを欲する文脈がぼくにはあった)
 それは普遍化しようと思えばできる文脈だったかもしれない。が、誰だってそうであるように、自分のリスニング・ライフにおける個人的な事情と連なる文脈のほうが切実なものである。電子音楽ばかり聴いてきたなかで、アコースティック・ギターをじゃら〜んと鳴らしながら歌うことが新鮮だったわけではない。90年代に電子音楽の世界にいた人は、じっさいは、じつに横断的にいろいろな音楽を聴きまくっていたのだから。
 あの時点でのアニマル・コレクティヴは、いちど家から出ることに疲れた人間を、もういちど外へ出させてくれる音楽だった。酔っ払って音程もあやしいあのフォークソング集が、だ。その回路の起点は、それこそいま話題のボーズ・オブ・カナダ=サイケデリックな“牧歌トロニカ(idyllictronica)”だったのだろう。そしてあのチルアウトした祝祭性は、レイヴ・カルチャーをもういちどやり直すための進化形だと解釈できたのである。いま思えばなんともナイーヴな話だが、そう、レイヴ・カルチャーに疲れるのは何も君だけではない。あの時代にもそれはあったし、ぼくもそうだった。アニマル・コレクティヴを世に出した〈Fat Cat〉は、ぼくの多くの初期デトロイト・テクノと初期AFX周辺のコレクションを購入した、ロンドンのコヴェント・ガーデンの服屋の地下にあったレコード店が主宰するレーベルだった。ザ・スリーヴスのファースト・アルバムを聴いたとき、ぼくとしては23年前の感覚をちょっと思い出したのである。

 もっとも、ザ・スリーヴスなどと言っても、読者は知るよしもないだろう。母体となっているモダン・ネイチャーというロンドンを拠点とするインディ・ロック・バンドも、日本ではほとんど紹介されていない。フォーク、ジャズ、クラウトロックなどを吸収し、CANやアリス・コルトレーンを現代的な英国フォークとして再解釈したようなバンドで、手短に言えば、田園的サイケデリアを特徴としている。バンドの初期メンバーのウィル・ヤングは、ポーティスヘッドのジェフ・バロウと共にBeak>に参加、バンドの中心人物のジャック・クーパーは、その前はアルティメイト・ペインティングなるバンドで活動、さらに元を辿るとMazesというインディ・バンドで〈Fat Cat〉からデビューしている。ザ・スリーヴスは、2010年代から地道に活動してきたジャック・クーパーとモダン・ネイチャーのもうひとりのギタリスト、タラ・カニンガムのふたりによるプロジェクトなのである。
 アルバム『ザ・スリーヴス』は、ふたりのアコースティック・ギターと歌のみという最小限の音数で構成されているわけだが、このアルバムを特別なものにしているのは、余白、ブレイク、静寂である。演奏者ふたりの呼吸と間から生じる、能動的な静寂だ。そしてインプロヴィゼーション。計算では導き出せないモノ。ひとつ喩えるなら、これはスティル・ハウス・プランツがプロデュースしたサイモン&ガーファンクルだ。予測不能な即興演奏ながらも、あのバラバラに解体されたような拍動と美しいコーラスとの、過去にはなかったコンビネーションがたまらない魅力でとなっている。

 音楽やファッション、カルチャー全般において語られる「20年周期説」というのがある。ある時代のトレンドが約20年のサイクルで再評価され、再びメインストリームに浮上するという現象だ。ロレイン・ジェイムズの新作は20年前のグリッチを咀嚼している(すばらしい新作だ)。ハイパーポップは20年前のエレクトロクラッシュを想起させる(レディ・ガガになれるのは誰だろう)。こうした回想は老いたるもの特有の習性で、歳はごまかせない。だが、20年という時間を経たからこそ見えることもあると思いたい。誰もが過剰な熱狂のなかに足を踏み入れれば、そのダークサイドにも遭遇し、魂を痛めることもある。
 『ザ・スリーヴス』と『Campfire Songs』は似て非なるものだ。だいたい『ザ・スリーヴス』は酔っていない。山小屋のなかの楽しいひとときではなく、なかば、都会のなかの隠遁者のような静けさをもっている。この音楽の出発点はロンドン市内の高架下での彼と彼女のセッションだった。深夜の濡れた街角を想像してみよう。これは賑やかな場所が苦手な人、静寂を愛するリスナーにとって、思ってもみなかった贈りものだ。

野田努