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七尾旅人

Pops Global Jazz Rock Folk

七尾旅人

Long Voyage

SPACE SHOWER MUSIC

野田努 Sep 27,2022 UP
E王

 七尾旅人の音楽では、その声で発する言葉がすなわち旋律でありリズムで、文節が編曲だ。そこにギターと歌がありさえすればすべてを描くことができる。完成/未完成という二元論を越えたその自由なさまはジャズのインプロヴィゼーションに近いのかもしれないが、七尾旅人は音が言葉(日本の言葉は欧米の言葉と違って、アクセントを変えても意味が通じる。ゆえに音表現としての自由度は高い)なので、伝達されるものは具体性を帯びている。それが甘いラヴソングであれ、力強いプロテスト・ソングであれ、そうした言葉の具体性は、彼の音世界の自由さと、ときに衝突しかねない。が、彼の親密な声が、そよ風のような響きと意味のある言葉を共存させる。要するに、七尾旅人の音楽では、彼とギターがあれば、すなわちそこは宇宙なりと言わんばかりにひとつの世界が出来上がってしまっているのだ。
 ジョアン・ジルベルト的というか、そんなミュージシャンはなかなかいないわけだが、だから彼の世界にさらなる演奏を加えることも、それをひとつのパッケージのなかに記録することも、決して簡単ではないと思う。ところが、20人以上の個性的な演奏家(Shingo Suzuki、Kan Sano、山本達久などなど)を招いて制作された『Long Voyage』は、彼のボヘミアンな風情の、風のような自由さをこれまででもっとも絶妙に、音においても表現している。音が言葉で、言葉が音の七尾旅人の世界がここにあらたに生まれている。それがまずひとつの素晴らしきことだ。

 もうひとつのことを書く前に、日本に七尾旅人がいて良かったとつくづく思う。コロナ渦における彼の極めて個人的な、しかし驚くべき救援活動(フードレスキュー*ほか)に関してはただただリスペクトしているが、いまここで書いておいきたいのは、経済的な弱者に対して鬼のように冷酷な社会のなか、七尾旅人が弱き者たちの側に強い思いを寄せていることだ。先日、ロンドンの大学で講義をしている高橋勇人と長話をした際、彼はおもむろに日本でいちばんコビー・セイに近いのは七尾旅人なんじゃないかと言った。音楽性はまるっきり違うが、それはたしかに言えていて、どちらもこの厳しい現実をどう生きていくのかをシリアスに考え、訴えている。『Long Voyage』のジャケットはまるでファンタジーだが、作品の中身は絵空物語ではない。CD2枚組のこの大作は甘く優しい調べに満ちているが、同時に生々しい日本の現実も描かれているのだ。
 
 オープニング・トラック“Long Voyage「流転」”は、本作が彼の長いキャリアにおいてもっとも成熟した作品であることを、この時点で告げているようだ。ジャズ・ピアノが印象的なインストルメンタル曲のこれは、ぼんやりとしながらも夢のようで、夜更けの海にゆったりと浮かぶ客船を思わせる。そして、続く“crossing”のさりげない歌のなか、あたかも替え歌のような調子で、最後に「ダイヤモンド・プリセス」が歌われると、世界はいっきに2020年1月に巻き戻される。恐怖と不安でいっぱいだった、あのときへと。
 長き航海ははじまった。オンエア向きだが、未来に関しての意味あるメッセージを持った“未来のこと”をはさんで、コロナ禍の困窮者たちを歌う“Wonderful Life”が待っている。2021年の3月、名古屋入管施設で亡くなったウィシュマさんを忘れてはいけないと“入管の歌”があって、それからBLMに触発されたのであろう、植民地主義を主題とした“ソウルフードを君と”が文字通りスウィングする。
 何度も繰り返すようだが、今作における七尾旅人の音楽は、たとえ歌詞で表現される世界が荒涼としていても、じつに表情豊かで甘美な響きを携えている。何気なく聴いていればその深いメッセージを忘れてしまうほどに、楽曲は滑らかに展開されるのだ。そこではときにジャズの成分が機能している。家出少女を題材にした“リトルガール、ロンリー”にもジャズの色気がある。口笛とギターのユニゾンからはじまり、ピアノが生気溢れる演奏をし、ストリングスがみごに調和する“フェスティバルの夜、君だけいない”のような曲も、『Long Voyage』における言葉と音の相乗効果によるサウンド面の傑出したところを象徴していると言えよう。
 
 CDの2枚目は、詩の朗読の“Long Voyage「停泊」”からはじまる。ギターの演奏をバックに、歴史の断片(17世紀の貿易からウクライナ戦争、震災、遭難、個人史、彼の愛する犬の話など)が、切り貼りされたメモ用紙を淡々と読み上げるかのように展開する。場面は変わって、ブルース・ロック調の“荒れ地”がずっしりと、そして力強い声で、いま我々が生きている世界を歌い上げる。その後には、“ドンセイグッバイ”や“if you just smile(もし君が微笑んだら)”といったロマンティックで、心のこもったラヴソングが続く。愛犬に捧げたのであろう“Dogs & Bread”で微笑めば、両親の若き日々を歌っているのであろう“『パン屋の倉庫で』”が彼の慎ましい幼少期を辿る。それからさらに曲の位相は変わって、シンプルな言葉に夢を載せながら、軽妙なリズムの“ダンス・ウィズ・ミー”が未来への期待を仄めかす。
 アルバムはしかしそれが終わりではない。死んでしまった在日韓国人の女性を歌う“미화(ミファ)”があって、遊び心ある大道芸のような“Long Voyage「筏」”によってこの大作は一瞬賑やかで、一瞬切ない、不思議な幕の閉じ方をする。とくに最後から2曲目の順番については好き嫌いが分かれそうだが、彼の野心的な構成は安易な結末を望んではいないと、そういうことなのだろう。CDには、七尾旅人から、この作品に込めた思いや制作の背景が記されたカードが封入されている。ネットやストリーミングで読めないそれは、一読に値する文章であることをぼくはここに記しておこう。
 
 2022年は、長尺の大作が目につく。ビッグ・シーフケンドリック・ラマー、そしてここに七尾旅人の『Long Voyage』。どれもがこの難しい時代と向き合ったアルバムだが、七尾旅人に関しては、自分と同じ国で暮らして歌っている点において、その言葉はより切ない。だいたい、疫病、戦争、そして元首相の銃殺と、いったい、いまはどんな時代なのだろうかと思う。さらに加速する格差社会、強行される国葬……時代のこの暗い影をそうそう光に変えることはできないかもしれないが、『Long Voyage』はその暗さを隅に追いやろうとはしている。“荒れ地”において七尾旅人はこんな風に歌っている。「荒れ果てた道の真上に/轍は続く‏/明日を目指して」
 しかしまあね、明日を目指すといっても、荒れ果てた道を生きること自体がほんとうにたいへんだ。本作には、荒野の時代において苦境に立たされている人たちへの励ましめいた側面もある。だから聴くたびに喜びが増していくのだろう。想像力に富み、スケールの大きな作品だと言えるが、親密でこじんまりともしている。泥臭いことを歌いながら、洒脱でもある。現実とファンタジーが同時に存在し、この上なく個人の話(たとえば猫好きにとって、ここに猫が不在なことはアンフェアに思うかもしれない)も混じっているがゆえに戸惑うところもあるが、彼が愛し、支援しているものが何かは明白だ。それが彼の最良の歌となって、心に響く宝石のような音楽といっしょにパッケージされている。『Long Voyage』とはそういう作品だ。
 
 
* 七尾旅人のフードレスキューの素晴らしさについては、紙エレキングvo.28の水越真紀の論考「自助共助公助のうそ——七尾旅人のフードレスキューが救った言葉」を参照。

野田努