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Kamaal Williams

Broken BeatJazz Funk

Kamaal Williams

The Return

Black Focus / ビート

Amazon

小川充   Jun 21,2018 UP
E王

 今年に入ってサウス・ロンドンのジャズ・シーンが俄然注目を集めているが、それに至るきっかけにユセフ・カマールの登場があった。キーボード奏者のカマール・ウィリアムスとドラマーのユセフ・デイズによるこのユニットは、2016年末にファースト・アルバムの『ブラック・フォーカス』を発表するが、ジャイルス・ピーターソンの〈ブラウンズウッド〉からのリリースということもあり、ジャズ・サイドとクラブ・サイドの両面から支持を得ることになった。
 世界的な潮流となっているアメリカの新世代ジャズに対し、英国からの発信を行ったという位置づけがされるのだろうが、そこにロンドン、とくにサウス・ロンドンらしい特色を挙げるとするなら、ペッカムを拠点とする〈リズム・セクション・インターナショナル〉やテンダーロニアスことエド・コーソーン主宰の〈22a〉などのレーベルで見られるディープ・ハウスやビートダウン、ブロークンビーツなどのクラブ・サウンドのエッセンスを取り入れ、さらにそうしたサウンドの源泉となる1970年代のジャズ、ジャズ・ファンク、フュージョンのテイストを忍ばせていることだろうか。
 こうした温故知新で折衷的な手法は、古くはレア・グルーヴやアシッド・ジャズの頃からイギリス人アーティストに根付いているものであり、かつてのウェスト・ロンドンにおけるブロークンビーツ・ムーヴメントが盛り上がっていた頃の4ヒーローやバグズ・イン・ジ・アティックなどに、ユセフ・カマールのアーティストとしての在り方は近いのではないかという印象を抱いたのだった。

 しかしながら、ユセフ・カマールは間もなく解散してしまった。そもそもこのユニットは『ブラック・フォーカス』を作るためだけに立ち上げ、恒常的にライヴ活動を行なうようなグループを目指していたわけではなかったようだ。こうしたワンオフ・プロジェクトはブロークンビーツ・シーンでも多かったし、ジャズの世界でもひとりのプレーヤーがあちこちのバンドで演奏するなんてことは日常茶飯事である。カマール・ウィリアムスもヘンリー・ウー名義でディープ・ハウスを作ったり、K15ことキウロン・イフィルとウー15というコラボをやったり、そしてもともとはヒップホップをやっていたという経歴が示すように、いろいろな方向性に興味の対象を広げている。
 だから、そうした自由な創作活動の足かせにならないように、ユセフ・カマールをアルバム1枚で潔く終わりにしてしまったのかもしれない。『ブラック・フォーカス』のリリースと前後し、カマール・ウィリアムスはヘンリー・ウー名義でティト・ウンとの共作「27カラット・イヤーズ」、バントンとの共作「ディープ・イン・ザ・マッド」、アール・ジェファーズとの共作「プロジェクションズ」という数枚のディープ・ハウスの12インチを出し、ウェールズのDJユニットであるダークハウス・ファミリーのアルバム『ジ・オファリング』にキーボード奏者として客演していた。
 そうしたなかで〈ブラック・フォーカス〉を新レーベルの名称にして、ソロ作となる“キャッチ・ザ・ループ”をデジタル・シングルでリリースしたのが2017年末。ユセフ・カマールに近いタイプの律動的なブロークンビーツ+ジャズ・ファンクから、次第にヒップホップ的なビートへとスリリングに推移していくナンバーで、ユセフ・カマール以上にジャズのインプロヴィゼイションとリズムの面白さを追求した印象だ。この“キャッチ・ザ・ループ”を先行シングルに、ソロ・アルバムの『ザ・リターン』がリリースされた。

 アルバム名を「帰還」としているのは、もちろんユセフ・カマールの『ブラック・フォーカス』からカムバックしてきたという意味があるのだろう。カマールいわく、『ザ・リターン』は『ブラック・フォーカス』の延長線上にあり、もともとユセフ・カマールが彼のアイデアに基づくユニットだったので、『ザ・リターン』はカマールにとってセカンド・ソロ・アルバムに近いものだという。ただし、参加メンバーが違うので、そこが『ブラック・フォーカス』と『ザ・リターン』の差異になっているそうだ。『ブラック・フォーカス』はユセフ・デイズやその兄弟のカリーム・デイズほか、シャバカ・ハッチングス、イエルフリス・ヴァルデス、マンスール・ブラウン、トム・ドリースラーなどが演奏に参加していた。そのなかでカマールのキーボードやシンセとユセフのドラムスのコンビネーションがアルバムの柱となっていたわけだが、今回も鍵盤とリズムの関わり方がアルバムを決定づけていると言える。
 今回はギターのマンスール・ブラウンが“LDNシャッフル”の1曲に参加するのみで、あとはカマールとベースのピーター・マーティン、ドラムスのジョシュア・マッケンジーのトリオというシンプルな形。よりミニマルに贅肉をそぎ落とし、3人のコンビネーションを極限まで高めていったアルバムである。とくにカマールとジョシュアの出会いが重要で、それについては本誌のインタヴューでもなかなか面白く語ってくれているのだが、本作ではカマールとジョシュアの丁丁発止のやりとりがあり、それをピーターががっちりとサポートしつつ新たな導火線を引き、そうした3者の即興やインタープレイ、融合や離反の中から創造的な演奏が生み出されている。『ブラック・フォーカス』に比べて演奏が濃密で、自由度も上がっている印象だ。

 カマールのキーボードは、かつてのロイ・エアーズ・ユビキティの鍵盤奏者だったハリー・ホイテカーとか、ロニー・リストン・スミスあたりの影響が濃厚で、1曲目の“サラーム”の前半にそれはよく表われている。カマールは彼らやハービー・ハンコック、ドナルド・バードなどのレコードをいろいろと聴きこみ、コピーしながら独学でキーボードをマスターしたというから、そうしたフレーズは自然と出てくるのだろう。これと同系の“ハイ・ローラー”は、ブギーやオールド・スクールのヒップホップ的なリズム要素を持ち、オーケストラルなシンセとフェンダー・ローズでハーモニーを形成する。“リズム・コミッション”はエレクトロ・フュージョンとでも言えそうなナンバーだ。
 ただし、“サラーム”は中盤からアメーバのように変容を遂げ、緊張感に富む展開を見せるところが肝である。『ブラック・フォーカス』では割と一定したダンス・ビートに即した場面もあったのだが、『ザ・リターン』ではそうした配慮などは排して、グルーヴは保ちつつもアイデアを広げ、果敢にチャレンジしている。
 “ブロークン・テーマ”はカマールなりのブロークンビーツへのオマージュで、特に鍵盤奏者でドラムやパーカッションも扱うカイディ・テイタムからの影響が強いことが伺える。この曲も前半と後半では曲想が大きく変わり、後半はウェザー・リポートのように抽象的な展開を見せる。そして、“シチューエーションズ”はミラノでのライヴ録音で、より即興性が生かされたキーボードとドラム演奏。“メディナ”はモーダルな曲調のディープ・ジャズで、オルガンのコルトレーンと評された頃のラリー・ヤングに通じる。カマールの持つスピリチュアリティが表われた作品だ。
 “LDNシャッフル”はロンドンのストリートをイメージしたような疾走感溢れる作品。複雑な変拍子はマハヴィシュヌ・オーケストラなどのジャズ・ロックの影響が伺え、ジョシュア・マッケンジーの激しいドラミングに加え、マンスール・ブラウンのギター・ソロも火花を散らすアグレッシヴな展開。そしてアルバムは空間的なシンセによるアンビエントな“アイシャ”で幕を閉じる。
 ちなみに“アイシャ”はドラマーのマッコイ・タイナーが後に妻となる女性の名前を冠した作品で、彼も参加したコルトレーンの『オレ』(1961年)での演奏で知られる美しくモーダルなバラード。“メディナ”はドラマーのジョー・チェンバース作曲で、自身のアルバムでも取り上げたほか、ボビー・ハッチャーソンの『メディナ』(1969年録音)でスタンリー・カウエルらと演奏していた。どちらも同名異曲の作品で、偶然にタイトルが被ったのかもしれないが、あらためて聴いてみるとカマールがそれらの作品にインスピレーションを受けているのではないか、と思える節がある。そういった具合に、カマールのインスピレーションの源は、時代や空間を超えて世界のいろいろなところに広がっているのだろう。

小川充