Home > Columns > 7月のジャズ- Jazz in July 2024
先月は南アフリカ共和国から生み出されたジャズ・アルバムを2枚紹介したが、リンダ・シカカネも南アフリカのダーバン近郊のウムラジ・タウンシップ出身のサックス奏者。
Linda Sikhakhane
iLadi
Blue Note / Universal Music South Africa
10歳の頃から音楽スクールに通い、大学入学後は音楽理論や作曲などについても習得してきた。南アフリカのミュージシャンや訪れたミュージシャンたちとの共演を経て、2016年には海外留学の奨学金を獲得。2017年にニューヨークのニュースクール大学に入学し、ビリー・ハーパー、デヴィッド・シュニッター、レジー・ワークマン、チャールズ・トリヴァーに師事している。ビリー・ハーパー、デヴィッド・シュニッターは1970年代を代表する名サックス奏者で、特にハーパーはジョン・コルトレーンの後継者的な奏者として注目を浴びた。彼のファースト・アルバムはチャールズ・トリヴァーとスタンリー・カウエルが創設した〈ストラタ・イースト〉からリリースされ、そのときのベースはレジー・ワークマンだった。そうした面々の教えを受けたリンダ・シカカネもコルトレーンの系譜に繋がるサックス奏者と言える。
同年にはファースト・アルバムの『Two Sides, One Mirror』を自主制作で発表するが、このプロデューサーは先月紹介したンドゥドゥゾ・マカティーニである。そして、ニュースクールの卒業リサイタルの模様を収録したライヴ録音の『An Open Dialogue』(2020年)にも、マカティーニはヴォーカルで参加。マカティーニ以外にもニューヨークで活動する南アフリカ出身のミュージシャンがサポートしていた。
プロとなってからの第1作『Isambulo』(2022年)もマカティーニによる共同プロデュースで、リンダ・シカカネにとって彼は欠かせないミュージシャンというか、一種のメンター的な存在なのだろう。呪術師や祈祷師でもあるマカティーニから、音楽以外にも宗教や哲学などの影響を多大に受けているようだ。南アフリカのズールー族によるズールー語で啓示という意味の『Isambulo』について、シカカネ自身も「スピリチュアルな体験」と述べている。
それから2年後の新作『Iladi』もマカティーニがプロデュースとピアノを担当する。シカカネは『Iladi』について、ズールー族の伝統や彼の生い立ちから導かれた儀式であり、アフリカのさまざまな文化的知識に裏付けされたものであると述べる。このアルバムはその儀式を音で表現したもので、彼が人生の旅において得てきたもの、学んできたことに対する感謝の意を表したものであると。マカティーニの端正なピアノをバックに、シカカネのテナー・サックスが魂の奥底からブロウするスピリチュアル・ジャズの “Influential Moments”、ダークなトーンで深く潜行していくようなミステリアスなモーダル・ジャズの “iGosa”、アラビックな旋律のポスト・コルトレーン的なナンバーの “Ukukhushulwa” と、マカティーニの『Unomkhubulwane』と対で聴きたいアルバムだ。
Forest Law
Zero
Les Disques Bongo Joe / Total Refreshment Centre
フォレスト・ロウことアレックス・バークは、エセックス出身でロンドンを拠点に活動するマルチ・アーティスト。DJ/プロデューサーのエサ・ウィリアムズ率いるアフロ・シンセ・バンドというブラジリアン・ブギー・バンドや、ハハ・サウンズ・コレクティヴというポップ・ロック・バンドでも活動している。最初はジャイルス・ピーターソンのコンピ・シリーズ『Future Bublers』に収録されたことで注目され、〈ブラウンズウッド・レコーディングス〉からデビューEPの「Forest Law」を2020年にリリース。このEPにはエサ・ウィリアムズも参加していて、アフリカ、ブラジル、ラテン系のプリミティヴなサウンドと、ニューウェイヴやポスト・パンクを通過したディスコ・ダブをミックスしたユニークな作品となっていた。
それから数年を経て、突如登場したのがデビュー・アルバムの『Zero』である。この数年、フォレスト・ロウはロンドンのトータル・リフレシュメント・センターでライヴやセッションなどをやってきたようで、この『Zero』のリリース元にも絡んでいる。YouTubeではトータル・リフレシュメント・センターでのライヴ・セッションの様子を見ることができるのだが、バンド・メンバーはギターとヴォーカルのフォレスト・ロウ以下、アーサー・サハス(フルート、パーカッション、シンセ、エレクトロニクス)、アンジー・プラサンティ(ベース)、イーノ・インワン(パーカッション、エレクトロニクス)、モモコ・ジル(ドラムス)というラインナップで、ほぼこのメンバーで『Zero』も録音しているようだ。
先行シングルとなった “Ooo, I” はEPでもやっていたアフロ・ブラジリアン系のディスコ・ダブで、エサ・ウィリアムズ・アフロ・シンセ・バンドにも共通するテイスト(エサ・ウィリアムズ・アフロ・シンセ・バンドやハハ・サウンズ・コレクティヴもメンバー的には被る部分もある)。オランダのニック・マウスコヴィッチ・ダンス・バンドあたりに通じるところもあるが、全体的にはフォレスト・ロウの方がよりバレアリックな雰囲気が強い。ボヘミアのジプシー音楽的なダンス・グルーヴの “Niceties”、フルートとコーラスがミステリアスな雰囲気を誘うアフロ・ブラジリアンの “Difficulties”、土着的なアフロ・ブラジリアンとブロークンビーツをミックスしたような “Parece” など、世界各地の民俗音楽や伝承音楽をポップ・ミュージックと巧みに融合した世界を展開している。
Bryony Jarman-Pinto
Below Dawn
Tru Thoughts
シンガー・ソングライターのブライオニー・ジャーマン・ピントは、ロンドン生まれで幼少期は英国北西部のカンブリア州で育った。ケルティック・バンドのバカ・ビヨンドなどで活動したベーシストのマーカス・ピントを父に持ち、ケルト音楽や英国トラッドから派生したブリティッシュ・フォークと、ソウルやジャズがミックスした音楽性を持つ。ソロ・デビュー前はマシュー・ハルソールとゴンドワナ・オーケストラや、トム・リアのヴェルカなど、マンチェスター方面でも客演してきた。トム・リアとはカンブリア州のペンリスにあるブルージャム・アーツという音楽スクールで共に学んできた仲間だ。ファースト・アルバムは2019年の『Cage And Aviary』で、これまで数々のコラボをしてきたトム・リアが共同プロデュースを担当。ムーンチャイルドのようなジャジーなネオ・ソウルのマナーを取り入れつつも、UK独自のソウルやクラブ・サウンドのエッセンスも取り入れ、何よりもそのアコースティックな肌触りはリアン・ラ・ハヴァスあたりに共通するものだった。
その後、ジャイルス・ピーターソン主催の「ウィ・アウト・ヒア・フェスティヴァル」への出演があり、待望のセカンド・アルバム『Below Dawn』がリリースされた。パンデミック初期に制作がスタートしたというアルバムで、そうした社会の変化の中で自身も妊娠・出産を体験し、母となった。夜明け前を意味するタイトル『Below Dawn』についてブライオニーは、「このアルバムは、私が出産し、新しい世界に踏み出す直前の自分自身について語っている」と述べている。そして、プロデュースがノスタルジア77のベン・ラムディンが手掛けることもあり、サウンド的には前作以上にジャズの要素が増している。演奏メンバーもそのノスタルジア77のロス・スタンレー(キーボード)ほか、現代のロンドン・ジャズのキーパーソンのひとりであるトム・ハーバート(ベース)、アフロ・ジャズ・バンドのワージュのメンバーであるタル・ジョーンズ(ギター)などが参加。かつてのリチャード・エヴァンスを思わせるベン・ラムディンのストリングス・アレンジが冴える “Moving Forward” がその代表で、中間部のトランペット・ソロも含めて、ブライオニーの歌と共にバックの演奏も聴きどころが多い。“Deep” でのロス・スタンレーのエレピ演奏もそのひとつ。ルタ・シポラによるミステリアスなフルートがフィーチャーされた “Willow” は、ジャズ・スタンダードである “Willow Weep For Me” を下敷きとしている。ジャズ・シンガーとしてのブライオニーの艶やかさ、気品が伝わってくるナンバーだ。 そして、“Leap” でのジャジーなスキャット、“O” でのフルートと結びついた情感に満ちた歌、フォーキーなムードの “Feel Those Things” でのアーシーな力強さをまとった歌と、さまざまな表情を見せてくれるアルバムだ。
Ahmed Malek
Musique Originale De Films: Deuxième Tome
Habibi Funk
最後に復刻物を紹介したい。アルジェリア出身の作曲家/ミュージシャンで、1970年代から1980年代にかけて数々のサントラを残したアーメド・マレック。アルジェリア放送局でテレビやラジオの音楽を制作し、映画やドキュメンタリーなどにも彼の音楽は用いられた。伝統的なアルジェリアの音楽と、西洋のジャズやファンクを融合し、またシンセをはじめとした新しい楽器やテクノロジーを取り込むことにも貪欲だったマレックは、アルジェリアのエンニオ・モリコーネとも呼ばれた。キューバやフランスでおこなわれた音楽祭にも参加するなど国際交流にも積極的で、2008年の没後以降は再評価が進み、2019年と2021年はアルジェ国立現代美術館で回顧展が開催された。彼のサントラやレコードはアルジェリア国内のみの流通で、また非英語圏の音楽であるためにこれまでほとんど聴く機会はなかったが、2016年頃よりドイツの〈ハビビ・ファンク〉が彼の作品のアーカイヴ化を進めている。『Musique Originale De Films: Deuxième Tome』もそうした1枚だ。
“La La La” はブラックスプロイテーション風のジャズ・ファンクで、年代的には1970年代中盤頃の作品だろう。スリリングなリズム・セクションとワウ・ギターはブラックスプロイテーションの定番だが、どこかアラビックなムードがアルジェリア音楽ならではである。そして、フルートのような音色のモーグ・シンセが用いられ、当時の先端技術を駆使した作品であることも読み取れる。