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エセル・ケイン『Perverts』。2025年1月のリリース以来、ほとんどこのアルバムばかり聴いていた。取り憑かれていたと言っても過言ではない。そう、このアルバムの音響には、人を「取り憑かせる」力がある。闇世のノイズが「世界」を切り裂き、呪う。そんなサウンドだった。私は「現実」を拒むように、そしてこの「現実」を予言するかのようなノイズの闇に埋もれるように、耳を澄ませていた。世界が帝国主義化していくなかで、それに対するアゲインストとして、ゴシックや魔女の概念が復活する──、そんなこの時代を象徴するアルバムに思えた。
エセル・ケインは1998年生まれ、フロリダ出身のシンガーソングライター/音楽家である。前作『Preacher’s Daughter』は2022年にリリースされたアルバムであり、南部ゴシックに焦点を当てた歌詞とともに、ダークなフォークやドゥームゲイズの系譜に属する作品だった。リリース当時、ネット上の音楽マニアたちから称賛を受けていたことを覚えている。しかし、約3年を経てリリースされた『Perverts』では、楽曲もサウンドも大きな変化を遂げていた。前作以上に実験的な音響を探究・追求した作品に仕上がっていたのだ。よりダークに。より幽玄に。より深く。より静寂に。より不穏に。より強い怒りと共に。まるで冥界から響く音、ノイズ、声のような音響作品とでも言うべきか。『Perverts』は、2024年という「最悪の始まりの年」を終え、やがて訪れるであろう、この世界の不穏「すべて」を予言するかのごときアルバムである。
私はここしばらく、本作を聴きながら、C・リンドホルムの『カリスマ』(ちくま学芸文庫・森下伸也訳)を読んでいた。「集団の狂気、あるいは集団形成の核に存在する特異な人格的威力=カリスマ」を詳細に分析するこの書物(原書は1990年刊)は、20世紀の「問題」を浮き彫りにしつつも、21世紀の世界の不穏そのものが、実はこの「カリスマ」という問題にすべて帰結するのではないかと思わせるものがあった。現・米国大統領の野蛮極まる振る舞いに支持が集まるのも、まさに「集団の狂気、あるいは集団形成の核に存在する特異な人格的威力」の表れといえるかもしれない。集団。狂気。熱狂。強烈な力で排除と選別が行われてしまう場。ことに闇と真夜中の世界に生きる芸術家は、この集団的熱狂においてことさらに排除されやすい存在だ。少なくとも、米国においてマイノリティの立場が、明朗な排他主義のもとで危機的状況にあることを想像するのは、決して難しくない。
エセル・ケインの音楽は、そんな「明朗な排除」に対して否を突きつける。何によって? そう、霞んだノイズと消えそうな声によって。闇世の音楽によって。怒りは静謐な静寂の中でナイフのように研ぎ澄まされ、深く世界の底に沈殿していく。ケインが世界を覆う「力」に強い怒りを抱いていることは、そのSNS上の、いささか問題含みの発言からも読み取れる。自身の実存が無理解によって否定されることへの強烈な怒り。しかし、重要なのは、音楽家としてのエセル・ケインがその怒りを、冥界の向こう側へと融解させることで、まるで真夜中の世界の底に沈む塵や霧のように、静謐な怒りへと変換している点にある。「わたしの、この実存」を否定する連中には、あの世の向こうから刃を光らせてやる。そんな意志が、この音楽にはみなぎっている。だからこそ、すべてが「幽霊」のように変化していく。怒りそのものではなく、怒りの記憶によって、この世を漂う幽霊のように。
アルバムは全9曲、計1時間29分に及ぶ。音楽的にはドローンと声を中心としたアルバムといえる。実験的なドローン+声のようなトラックと、声とピアノによるボーカル曲が収録されている。個人的にはドローン曲の方にとても惹かれた。1曲目“Perverts”は本作特有のコンポジションを聴けば分かるが、そのドローンは意識を没入させるような持続音ではなく、むしろ聴き手の感覚を突き放すようなコンポジションがなされていた。私見ではどこかミカ・ヴァイニオのソロ作品で聴かれるような切断と持続の音響作品に思える。持続される音が突如切断され別の持続に接続され、そしてやがて消える。それは陶酔と熱狂による世界に向けて「幽霊」からの一撃のような静謐な持続音なのだ。先に「取り憑く力」がこのアルバムにはあると書いたが、一方で冷徹に聴き手の感覚を断ち切るようなコンポジションがなされている。急激な切断と接続。あれは聴き手の意識を覚醒させるというより、別の闇から別の微睡へとシーンへと強制的に変化させるために思えた。陶酔の拒否。それが本作のエクスペリメンタルサイド、ドローンサイドの楽曲の特徴だ。2曲目 “Punish” はピアノを主体とするSSW的なボーカル曲である。ミニマルなコード展開に幽玄なケインのボーカル。あえて言えばどこかグローパーを思わせる楽曲である。シルキーにして、悲しく、しかし美しい。まるでこの世の悲哀そのものたろうとするようなケインの声に揺さぶられる。
3曲目 “Housofpsychoticwomn”にも惹かれた。まるで深海を彷徨うような音響だ。反復するミニマムなノイズ。微かな声。霞んだ音響が13分も続く。いわば意識の底で遡行するような感覚とでもいうべきか。4曲目“Vacillator”は再びボーカル曲だ。ゆったりとした刻まれるリズムの上、よりメロディが明快となった曲をケインが歌う。この曲にだけ不思議な穏やかさがあるように感じられた。次第に折り重なっていくような声の響きが感動的である。5曲目 “Onanist” はミニマルなピアノに透明な霧のような声とドローンがレイヤーされていくトラックだ。“Vacillator”を受け継ぎつつ、どこか微かな光を感じさせてくれる曲といえよう。
6曲目 “Pulldrone” は一転して漆黒の音響世界を展開する。囁くような、しかし感情を剥奪されたかのような声から無機質な質感のドローンへと変化する15分に及ぶ曲である。7曲目 “Etienne” では前曲を受け継ぐような持続音から始まり、やがてギターやピアノが静かに加わる曲だ。絶望から微かに光を感じさせるような楽曲だ。8曲目 “Thatorchia” は再び声とノイズによるダークなドローン音楽へと舞い戻る。耳の奥に “Etienne” のピアノの響きが残っているからだろうか。漆黒の中に微かに明るさや光を感じさせるトーンに変わっている。最終曲にして9曲目 “Amber Waves” はボーカル曲だが11分におよぶ長尺のトラック。ミニマルな楽曲構成の中、シルキーなケインの声が空間に溶けていくかのように展開する。暗く、悲しく、しかし穏やか。
このアルバムは幻想的であり悪夢的な音響だが、夢の世界に逃避するという作風ではない。そうではなく悪しき「カリスマ」たちによって画一化と多様性の抑圧が進行する世界において、そこから排除されたものたちの「霊」が、いつか反撃の一撃を加えようと闇の向こうで息を殺して世界を見つめているような「殺気/気配」をとても強く感じるアルバムなのである。そう、本作は決してファンタジーではない。どこか戦争直前の時代特有の不穏な空気感覚と、身を切るような切実なリアリティが本作には満ちているのだ、だからこそ2025年の「今」聴くべき音楽といえよう。
デンシノオト