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Geese

ExperimentalIndie Rock

Geese

Getting Killed

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天野龍太郎 Oct 07,2025 UP

 いま、私たちはあるロック・バンドのクリエイティヴな変化と進化を目撃している。ギースのことだ。

 ロック・バンドは作品を完成させるごとに進化するもの、というリニアな発展の物語は、あきらかにザ・ビートルズがもたらした呪いである。彼らのアルバム・デビューから最終作に至るまでの7年間――そう、たったの7年間である――の激しく深い変化の過程は、その後、半世紀以上にわたってある種のロック・バンドに課せられる宿題のようなものになった。ピンク・フロイドでもU2でもレディオヘッドでもいいし、あるいは、日本で言うならフィッシュマンズやスーパーカーやくるりなどが挙げられるだろうが、そういった物語をなぞったバンドのなかには、とんでもないマスターピースを生んできた者たちがいる。一方で、その呪いの枷に苦しめられてきたバンドだって数多く存在してきた。
 ギース(もちろん、お笑いコンビのことではない)の4人が、そのロック・バンドの神話にどれほど自覚的だったかはわからない。しかし、とにかく、彼らは、セカンド・アルバムでファースト・アルバムとはまったく異なる音楽をやってやろうと意気ごみ、サード・アルバムではより大きな変化を求めて奇妙な実験の沼にずぶずぶと沈みこんでいった。それが自己満足にも閉塞的な自己目的化にも終わらずに大きな実りを生んだことは、この『Getting Killed』を聴けばわかることである。

 ファースト・アルバムの『Projector』*1が2021年にリリースされたとき、おもしろいバンドが出てきたなと思った。なぜなら、そのサウンドは、2010年代後半、英国のロンドンやアイルランドのダブリンを中心に突如現れた多数のポスト・パンク・バンド群、彼らの音楽からあからさまに影響を受けたものだったからだ。その率直なインスピレーションの表出は、素朴すぎるようにも思えた。「結局あれってフォールの焼き直しみたいなもんだしね。悪いわけじゃないけど――俺たちがやったのは、盗作のコピーのファクシミリ版みたいなもんだよ」*2と、ヴォーカリスト/ギタリストのキャメロン・ウィンターは認めている。
 当然、それだけで終わっていたら無個性なだけではあるのだが、重要なことに、彼らはニューヨーク、ブルックリンのバンドだった。ブリテン諸島のシーンに影響を受けたバンドが、アメリカから現れたこと。しかも、ブルックリンでは、住宅価格が釣り上がりまくり、ロック・バンドもヴェニューも大打撃を受けた。おまけに、パンデミックの煽りも食らっている。2000年代までロックのメッカだったあの街から新しいロックの音が聞こえてくることは、いまやほとんどなくなっていた。
 そのうえでキャメロンは、「NYで生きて行くなんてほぼ不可能だ。何かしらの経済的な援助がない限りはね。だからNYでアートロックとかパンクロックを作りたいなんて思ったら、終わりだよ。ホームレスになる。/僕らが出来ているのは、みんなNYの中産階級以上の出身だからであって、僕らがバンドをしている時に援助してくれる家族がいるからだ。それってもう、ものすごい特権だよ。だから僕らはトム・ヴァーレインみたいに、家を出て、ストリートに住んで、詩人で、バンドを始めたみたいにカッコ良くはない。僕らは彼らのアイディアを借りてるだけで、実際は両親の家に住んで、レコーディングしているんだ。それは自覚しているよ」*3と吐露している。
『Projector』については、私はライナーノーツの執筆を頼まれ、メンバーにインタヴュー(https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/30340)もした。上に書いたような音楽的な志向から、失礼ながらも少々かわいらしいバンドだと思ったし、数年後にどんなふうになっているのかはまったく予想ができなかった。
 あれから4年、「予想ができない」という予想は的中した。ギースがこんなバンドになっているだなんて、そもそも、2021年には誰も予想していなかっただろう。

 そもそもの始まりは前作、2023年の『3D Country』である。なんでこんなことになっているの? それが、アルバムを聴いたときに口を衝いて出た感想だった。
『3D Country』は、全体的にはザ・ローリング・ストーンズの『Let It Bleed』をテレヴィジョンが演奏している感じというか、それでいて1970年代のブギーやハード・ロックのような曲もあって、アメリカの外にいる者がアメリカン・ロックに対する幻想を重ねて演奏したかのような不可思議な音楽が詰めこまれたアルバムだった。カヴァー・アートにはテンガロン・ハットとひっくり返った男の姿、アメリカらしい砂漠の風景ときのこ雲が描かれており、含みのあるタイトルとともに、ますますその印象は強化された。
 アルバムはそこそこの評価を得たものの、絶賛されたわけではなく、バンドが停滞しているあいだにキャメロンはソロ・アルバムをつくった。2024年の『Heavy Metal』である。
 移り気なヴォーカリストであるキャメロンはそこで、スコット・ウォーカーやニック・ケイヴのようにバリトン・ヴォイスで朗々と歌うスタイルをものにした。そういった変化もあり、『Heavy Metal』は、スモッグ/ビル・キャラハンの作品の抽象的なポスト・パンク・ヴァージョンのような変わったバランスのシンガーソングライター・アルバムに仕上がっている。このアルバムが『Getting Killed』に多大な影響を及ぼしていることは、メンバーが認めているとおりだ。
『Getting Killed』は、そんなふうに曲がりくねった旅路を経てギースが辿りついたまったく新しい場所である。

 2023年、米国の音楽のメインストリームにおいてカントリーが明確にブームになった。とはいえ、「アメリカーナ」なるものの捉えなおしや再定義は、ジャンルとしてのアメリカーナだけでなく、ジャズやインディ・ロックなどの領域において、それ以前からひとつの大きなテーマだった。その傾向がいっそう加速したのが、2023年からのここ2年である。『3D Country』、そして『Getting Killed』に至るギースの音楽的な変化は、これまた本人たちが自覚的かどうかは措くとしても、その潮流のなかで捉えることができる。
 ワウ・ギターがへろへろと鳴り響き、ドラム・セットやリズムボックスの打音がダブの音響によって左右に放たれる。かつてのコーネリアスのような過剰なパンニングと編集によって、バンドの演奏はぶつ切れのパーツにチョップされ、再配置されている。キャメロンは、トム・ヨークのようなファルセットで歌いはじめ、次第に発声が喚くようなものに変わり、マーク・E・スミスを思いださせる声で混乱を吐きだしていく。アルバムは、そんな “Trinidad” で始まる(この曲には、JPEGMAFIAがさりげなく参加している)。
 アフリカン・ドラムをだらしなく弛緩させたかのようなビートの “Husbands” や “Texas” は、トーキング・ヘッズのタイトなアンサンブルを悪ふざけで真似て、ぐずぐずにスロー・ダウンさせたものに聞こえる。ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンドをわかりやすく参照した “Half Real” も、やはり、ひりついているというよりもだらだらと弛緩している。“Getting Killed” におけるウクライナの聖歌隊による合唱は、ゴスペルふうのコーラスに聞こえるもののずたずたに切り刻まれており、アフリカン・チャントのごとく響く。“Au Pays du Cocaine” では、スティール・ギターの音が切ない情けなさに沈みながら空間を満たす。“Long Island City Here I Come” は、水膨れしたLCDサウンドシステムの曲のようだ。
「多くのバンドを思い起こさせる存在でありながら、ノスタルジーに陥らないよう、彼らは本気で戦っていた」、「彼らはサンプルを既存の音を補強するために使おうとはしていなかった。むしろ、それに対抗するために使っていたんだ」*4と、このアルバムの共同プロデューサーであるケネス・ブルーム fka ケニー・ビーツは言っている。「自分がどこに行くのかわからない(I have no idea where I’m going)」(“Long Island City Here I Come”)というリリックをバンドの態度表明と受けとるとすれば、『Getting Killed』で彼らが飛びこんだ情けない弛緩と諧謔と飽くなき実験のサウンドは、過去という甘美な誘惑に対する果敢な挑戦なのだ。それは、MAGAの2つめの “A” の部分、つまり、“Again” に対してにやにやと笑いながら唾を吐きかけることにほかならない。イエスタデイ・ワンス・モアだって? やなこった! と嘲笑って言うかのように。
 2025年1月以降のアメリカの混乱や分裂を目にしてきた者は、アメリカという国の理念やイメージ――アメリカン・ドリーム、アメリカ的な自由、アメリカ的な豊かさ、夢と希望の国――が修復不可能なほどにゆがみきっていることに気づいただろう。『アメリカン・サイコ』や『ウィンターズ・ボーン』や『ウルフ・オブ・ウォールストリート』や『ゲット・アウト』や『ノマドランド』などが映してきたかの国の醜い面は、以前よりもあからさまなかたちで表面化している。『Getting Killed』における煮くずれ焼けただれたアメリカン・ロックは、まさにそういった現実の状況の反映に聞こえる。サザン・ロックが、スライド・ギターが、カウボーイやハイウェイやトラック運転手や砂漠のイメージが、へなへなとした脱力感の湖上に浮かべられ、弄ばれている。
「戦時下ではサーカスに行けないといけない(In times of war / Must go now to the circus)」、「戦時中にはダンス・ミュージックしかない(There is only dance music in times of war)」とキャメロンは “100 Horses” で歌う。アメリカン・ロックをびりびりと引き裂いて無様に貼りなおした『Getting Killed』は、これ以上ないほどに、皮肉なまでに見事な2025年のサウンドトラックになった。4人はノスタルジーを拒否して、底意地の悪い笑顔で前を向きながら音で遊びほうけている。それが、それこそが、彼らなりの抵抗の技法なのだ。

*1 実際は、ファースト・アルバムは彼らが高校時代に完成させた『A Beautiful Memory』という自主制作の作品だが、現在はDSPなどで聴くことができなくなっており、バンドのキャリアにおいてほとんどなかったことにされている。そのため、ここでは『Projector』を実質的なファースト・アルバムとしている。

*2 Geeseインタビュー NYの革新的ロックバンドが辿り着いた「新たな到達点」https://rollingstonejapan.com/articles/detail/43636/

*3 2年前のデビュー作で脚光を浴びたブルックリン発Z世代バンド、ギース。ボーカルのキャメロンがいきなり日本語で答え出してびっくり。インタビュー番外編。 https://rockinon.com/blog/nakamura/207350

*4 前掲のRolling Stone Japanの記事。

天野龍太郎