Home > Reviews > Album Reviews > Matthew Halsall & Gondwana Orchestra- Into Forever
マンチェスターのジャズ・レーベルの〈ゴンドワナ〉は、ナット・バーチャル、ゴー・ゴー・ペンギン、ママル・ハンズと、UKの新世代ジャズを牽引するアーティストを生み出してきた。中でもトランペット奏者のマシュー・ハルソールは、2008年のレーベル設立第1号アーティストであり、現在はレーベルを離れたサックス奏者のナット・バーチャルとともに、レーベルの屋台骨を背負ってきた。デビュー作の『センディング・マイ・ラヴ』を皮切りに、これまでに5枚のアルバムを発表しており、そこにはテナー・サックスのバーチャルが参加していた。一方、バーチャルの〈ゴンドワナ〉時代のアルバムにはハルソールが参加し、同時にプロデュースも手掛けるなど、両者は名コンビの間柄だ。このコンビは、英国ジャズの伝説的な楽団であるドン・レンデルとイアン・カーの双頭クインテットを現代に置き換えた存在と言え、彼らが1960年代中盤から後半にかけて行っていたモード奏法を咀嚼した演奏スタイルだった。そんなモーダル・ジャズが開花したのが2011年の3作め『オン・ザ・ゴー(On The Go)』である。
ハルソールのバンドのもうひとつの特徴として、女性ハープ奏者のレイチェル・グラッドウィンの存在が挙げられる。彼女は2009年のセカンド・アルバム『カラー・イエス』から参加しており、これまた昔のミュージシャンにたとえるならアリス・コルトレーンのような存在だ。次第にハルソールの楽曲には東洋的なモチーフの作品が増えていくのだが、そうした場面では彼女のハープが琴や箜篌(中国のハープにあたる楽器)のような役割を果たしている。2012年の『フレッチャー・モス・パーク』ではヴァイオリンやフルート奏者も加わり、2014年の『ホェン・ザ・ワールド・ワズ・ワン』はゴンドワナのミュージシャンが結集したゴンドワナ・オーケストラとの共演。実際はオーケストラ編成ではなくセプテットを基本に、邦人の琴演奏家も交えて「清水寺」「嵯峨野竹林」のような和をテーマとした楽曲があり、アリス・コルトレーンに捧げた作品も披露している。ハルソールは作品を重ねるごとにディープでスピリチュアルな色彩を強めていったが、そんな彼の集大成と言える作品だ。
それから1年ぶりの新作『イントゥ・フォーエヴァー』は、基本軸としては『ホェン・ザ・ワールド・ワズ・ワン』の延長線上にあるスピリチュアル・ジャズとなっている。バーチャルは不参加だが、ママル・ハンズのジョーダン・スマートがトランペットを演奏し、ハープと琴に加えてチェロ、ヴァイオリン、ヴィオラと弦楽器が厚みを増し、パーカッションも加わるなどして、今回は本当にオーケストラに近い編成へと進んでいる。そして、最大の特徴はシンガーをフィーチャーしている点だ。いままでは完全なインスト作品のみだったが、今回はジャマイカとリベリアをルーツに持つ女性シンガー・ソングライターのジョセフィーヌ・オニヤマ、ウェルカの作品にも参加する女流画家/インスタレーション作家/シンガーのバイロニー・ジャーマン=ピントをフィーチャー。ジョセフィーヌはもともとファンクなどを歌っており、“バッダー・ウェザー”や“オンリー・ア・ウーマン”に顕著だが、楽曲自体もソウルフルな歌声を生かしたものへと変化している。レイチェル・グラッドウィンのハープもアリス・コルトレーンと言うより、〈カデット〉時代のドロシー・アシュビーに近いイメージだ。全体の雰囲気としては、ノスタルジア77が2007年に残した傑作『エヴリシング・アンダー・ザ・サン』を思い起こさせる。また、US産ジャズとは異なるダークな雰囲気、品格の髙さが英国ジャズの伝統を引き継いでいる。カマシ・ワシントンの『エピック』を2015年のUS産スピリチュアル・ジャズの最高峰とするなら、本作はUK産のその最高峰となるだろう。
小川充