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Oklou

Pop

Oklou

choke enough

True Panther

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つやちゃん Mar 18,2025 UP

 それは、どこか奇妙な光景でした。不思議なことに、オーケールーのファースト・アルバムとなる『Choke Enough』を何日も無我夢中で聴いてふと周りを見ると、思いもよらぬところへ彼女の作品が広がっていることに気がついたのです。

 普段からどんなアーティストがどういった人たちに聴かれているのかは注意深く観察するようにしていますが、ミクロ・コミュニティ化やハイパー・ニッチ化と言われるような状況で決まった情報が決まった人にしか届かないなか、オーケールーだけはぽつぽつと、あらゆるところでその名前を見聞きします。YouTuber/モデルのhannahがおすすめしていたと思ったら次の瞬間にはストーリーズでとあるスタイリストがフェイヴァリットに挙げていて、その夜のマガジンのシューティングでずっと流れていたBGMが『Choke Enough』だったりと、明らかに「音楽」の枠を超えて様々な層に受容されているのが、このアルバムではないでしょうか。

 そもそも、私がオーケールーを初めて意識したのは、〈LOW HIGH WHO?〉所属の異才・rowbaiと話していた際、彼女の口から強い影響源として名前が挙がったときでした。そこから関心を持った私は、フランスのポワティエ出身で、もともと女性DJによるコレクティヴ〈TGAF〉を結成していたというオーケールーの活動を2010年代半ばまでさかのぼり振り返っていったわけですが、同時に、あらゆる音楽家からミックステープ『Galore』への賛辞を耳にするようにもなりました。そういった、いわゆる業界のプロフェッショナルの人たちからの支持が異様に高く、どちらかというとファッション寄りのシーンからも熱い視線を浴びているのが彼女の興味深いところでしょう。そこには明らかに既存の情報流通とは異なる回路が発生しており、この数年間でじわじわと熱量が高まり続けた結果、ようやく発表されたファースト・アルバム『Choke Enough』によって、受け手の高揚感はいよいよ高まりきったかのように見えます。

 それは恐らく、彼女の音楽──と限定せずにあえて「表現」と呼びましょうか──が、特定のジャンルに立脚するものではなく、明らかな「美学」にもとづいたトータルな世界観として構築されていることによると思います。もちろん、A・G・クックやダニー・L・ハールらとのつながりからもわかる通りハイパーなエレクトロニック・ミュージックの要素は見つけられるでしょうし、ドリーム・ポップとも、あるいはアンビエントR&Bとも言えるようなサウンドであることは間違いありません。ただ、そういった形容が全くもって意味をなさないほどに、『Choke Enough』は既存のジャンル固定から逃げていきます。聖楽隊に入りピアノとチェロを学んでいたが、ゴリラズやマッシヴ・アタックに出会ってポップ・ミュージックにのめり込んでいったという彼女の背景がそうさせているのかはわかりませんが、ここには、瞬間瞬間で相反するように流動する表現が展開されています。Y2Kっぽいメロディラインがあるけれど、次の瞬間にはダーク・アカデミアな中世のイメージに回収されていく。クラブ・ミュージック的なメソッドもあるけれど、ダンス・ミュージックとして機能することを目的とせずエーテルな空気へと溶けていく。エレクトロ・ポップの要素もあるけれど、『BRAT』のような「ポップの限界突破」路線ではなく、もっと内省的で「崩れた/壊れた美しさ」にフォーカスしている。つまるところ、近年のさまざまな潮流を咀嚼しながらも、それを既存の文脈に回収させず、新しい「美的な体験」として構築しているのが本作ではないでしょうか。

 2018年にはEP「The Rite of May」がレーベル〈NUXXE〉からリリースされたというのも、いまとなっては「できすぎ」な話かもしれません。セガ・ボデガ、シャイガール、クク・クロエといったキーパーソンが設立に携わった〈NUXXE〉ですが、そのなかにおいてもオーケールーの表現は最も情感豊かであり、トータルなエクスペリエンスとして豊かな包括性を持っています。音楽とヴィジュアル、ファッション、映像、アートがシナジーを与え合っているその才覚は、『Choke Enough』にも如実に反映されているでしょう。恐らくそれは、長年の共同プロデューサーであるケイシーMQの力もかなり大きいように思いますが、やはりオーケールーの視野の広いセルフ・プロデュース力も冴えているに違いありません。たとえば、映画『マトリックス』や『パラノーマル・アクティビティ』を連想するアートワークは、ヴァーチャルと現実が交錯するような不穏な視覚表現になっており、粗削りなCGはY2K後期~2010年代初期のTumblr美学も想起させます。不完全の美をアングルや手ブレから示唆する “family and friends” や “obvious” のMVも含めて、ミニマルなのに装飾的、デジタルなのにオーガニックという矛盾する要素が、本作の美意識を決定づけているのです。アイススケート・リンクでショーを披露したNTS Sessionはじつにオーケールーらしい美意識を反映した機会でしたが、あのライヴで目一杯表現されている通り、フェアリー・コア/バレエ・コア/エンジェル・コア的な幻想イメージも『Choke Enough』の随所から感じることができます。なかでも、彼女が信頼を寄せているスタイリスト・Pierre Demonesは、ライヴからMVに至るまで彼女の美学を見事に具現化している重要なパートナーのひとりでしょう。

 そういった領域横断的でトータルな美学表現は、近年のキャロライン・ポラチェックやユール、はたまたドレイン・ギャングといった面々も同様に試行錯誤してきたかもしれませんが、オーケールーはそれをもう一歩深化させたように感じます。つまり、より一層オーガニックでナチュラル、なのではないでしょうか。彼女はインタヴューで「私たちは、カメラに映っているものが起きていることの一部であるように感じさせたい」と語っていますが、それは「ムード」を表現したいという意味にもとれるでしょう。ケイシーMQとともにあらゆるシンセの音色を探求し、めくるめくビザールな彫刻世界を「空気」によって感じさせる『Choke Enough』は、リラクシングながらとてつもない没入感を生むのです。

 この奇妙な作品は、まだまだ予想もしない回路から人々の感性を震わせ、今後さらに広く聴かれていくでしょう。そしてそれは、単なる「音楽」の次元を超え、ひとつの美学として静かに浸透し、気がつけば私たちの感覚のどこかにそっと根づいていくのかもしれません。

つやちゃん

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