Home > Reviews > Album Reviews > Double Virgo- Greatest Hits
去年、24年の5月にバー・イタリアのライヴを見たあの日のことをいまだに思い出す。まるで時代がかった音楽ドキュメンタリー映画が目の前で展開されているかのような音と視覚の共演。ステージの上の照明はずっと明かりがついたまま。それは黄色と白が混じったスクリーンの光のようで、赤や青などカラフルな照明に切り変わることなどなかった。黒い横長のサングラスの男が右に、黒髪のカーリーヘアで眼鏡をかけた男が左に、そうしてドレスの女が真ん中で踊り続ける。フロントの3人のその姿はいつか見た映画の場面そのもので、やたらと奥行きがあるスクリーンのリアルな世界に自分が存在しているような気分になった。スクリーンのなかの、観客として僕らも映画のなかにいる。もしかしたら当時、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドやテレヴィジョンのライヴの現場にいた人もこんな気持ちだったのかもしれない。そうしてそこで理解した、バー・イタリアはスタイルなのだと。スタイル、あるいは哲学と言ってもいいような、貫かれる美意識、だから何をしても様になる。もう少し言えば様になるようにアクションを起こしている。その選択にしびれ続けているのだ。
そしてそれはそのままダブル・ヴァーゴの美意識でもある。バー・イタリアから中央の女性、ニーナ・クリスタンテを抜いた、サム・フェントンとジェズミ・タリック・フェフミのダブル・ヴァーゴ。不遜にそして彼ららしく『Greatest Hits』と名付けられたこれまでの曲を集めたコンピレーション・アルバム、というかほぼデモみたいなラフな感触のアルバムがまた素晴らしいのだ。90年代US風のスラッカーなギター・ロック、ちょっとメランコリックで、思いのほかポップな唄メロを持っていて、なんてことのないような曲なのにさりげないフックが繰り出され頭のなかで尾を引くように綺麗な線を残していく。フェントンひとりの弾き語りのようなアイデアの “Splashy” にもう一本のギターが所在なさ気に入ってきてフェフミの違う歌声とからむ。そうしてまたいつの間にかフェントンひとりに戻っていき、気まぐれに声が合わさりエンディングに向かって音が抜かれていく。シンプルな、たったこれだけのことなのに、頭のなかでこの曲が日常に消えていく名曲だって判断される。それは90年代USオルタナ風の曲 “hardcore hex” や “Bingentinking” にしても同様で、ここに至りこの魔法のフックは曲の良さもさることながらフェントンとフェフミの唄い継ぎによるものなのではないかという考えが頭に浮かんでくる。これ見よがしなところはいっさいない憂いを帯びた低体温のヴォーカル、気怠くぼそぼそと小さなメロディを唄う声が聞こえてくるかと思いきやふっと消え、いつの間にか同じような、しかし別のメランコリーな唄に変わっている。それはソファーに寝そべり、壁に寄りかかったふたりの間で気怠く交わされる映画のなかの会話のようで、なんとなくジャン・ユスターシュの『ママと娼婦』の「わるい仲間」ヴァージョンみたいな光景が頭のなかに浮かんでくる。でもあそこまで長くはない。長くても3分半、大半は2分かそこらの短い時間の「長回し」で、だからこそ飽きることなくこれをアンニュイな時間としてそのまま受け取ることができるのだろう。こうした選択こそがまさにダブル・ヴァーゴのセンスだ。ギラついたものではない鈍い光がダウナーに進む時間のなかで放たれる。美しい倦怠、無為に消えていく時間、ダブル・ヴァーゴはポップ・ミュージックのフィールドのなかで自身の美学を素晴らしく示している。
アンコールにシングル・ヒットした曲を演奏しなければならないことを思い出したみたいな “No smoking in the hallway” のような異彩を放つ曲もあるが(そのタイミングで演奏される曲がたいていそうであるのと同じようにこの曲もまた疾走感に溢れた素晴らしい曲だ)アルバムの全体の雰囲気はアンニュイで心地よい空気を味わわさせてくれるものだ。
それにしてもフェントンとフェフミは多作だ。バー・イタリアとして23年に『Tracey Denim』『The Twits』という素晴らしいアルバムを2枚出したかと思えば、同じ年にダブル・ヴァーゴとして『hardrive heat seeking』と名付けた36の未発表曲を世に放つ。そしてここに『Greatest Hits』がある。夜中にひとり、小さな音でこのアルバムを聞いていると、なんだか将来、再発見されるであろうバンドの曲を先取りして聞いているみたいな気分になる。シーンや時代の流れというものから離れ、SNS上の存在をほとんど示さないミステリアスなバンドの、掘り出された音源。ヴィーガンのレーベル〈PLZ Make It Ruins〉からリリースされたEP「Eros In The Bunker」のようなパッケージングされたオリジナル・アルバムを出して欲しいという思いもあるのだが、いやしかしダブル・ヴァーゴはこれでいいという思いもある。時代の波にさらされた後のような、わずらわしさから離れたローファイでタイムレスな小品たちが放つ気怠さのなかにいつまでも浸っていたい。そうやってこの『Greatest Hits』は誰かのベッドルームのなかで特別になっていくのだ。
Casanova.S