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Indie Pop

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Tracey Denim

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Casanova. S Jun 21,2023 UP

 謎が音楽を面白くする。もちろんそうだ。ゾクゾクする美しい悪夢のようだった前作『bedhead』がそうだったように、謎に包まれたバー・イタリアはずっと僕の心をとらえて離さなかった。ディーン・ブラントが主宰する〈World Music〉からリリースされた2枚のアルバムは、そのどちらも1分あるいは2分と少しの短い曲をまるで映画のシーンのように繋ぎ合わせてひとつの物語、イメージを作り出すというスタイルで、ディーン・ブラントの匂いがそこから強く発せられていた。ミステリアスで、どこか人を喰ったようなユーモアを持ち、そしてこぼれ落ちていく夢のようにはかなく美しい音楽を作る、バー・イタリアとはそんな存在だったのだ。
 だがそれから2年の時間が経って、そのヴェールが少しずつはがされてきた。バー・イタリアはディーン・ブラントとコペンハーゲンで展覧会を開いていたイタリア人女性ニーナ・クリスタンテとサウス・ロンドンを拠点に活動するユニット、ダブル・ヴァーゴのジェズミ・タリック・フェフミとサム・フェントン、3人によるバンドであり、そうして信じられないくらいにドキドキと胸を高鳴らせる存在であると、そんな風にしてバー・イタリアはその姿を現したのだ。

 バー・イタリアについての流れが変わったのは2022年の2月 “Banks” と呼ばれる曲がリリースされたときだったように思う。顔も名前も、公式的に一切の情報を出していなかったバンドが、この曲のビデオで初めてその存在を露わにした。暗い街を歩く男と女と男、3人の佇まい、そしてバランスは強い引力を持っていて『突然炎のごとく』あるいは『はなればなれに』のような古く素晴らしい白黒映画のショットが頭に浮かぶくらいに「3」という数の魅力をこれでもかと表現していた(たぶんこのヴィジュアルから入ってもきっと裏切られることはなかった、そう信じられるくらいの雰囲気を持っていた)。
 そして音楽も変わった。“Banks” とその後に発表された “miracle crush”、“Polly Armour”、2022年の3曲はディーン・ブラントの成分が薄まり、しかしその匂いをかすかに残したまま、90年代前半の音楽に影響されたようなインディ・ロックに近づきスラッカーなギターを響かせていた。あるいはこれはダブル・ヴァーゴの嗜好が強く出たものなのかもしれない。このバー・イタリアの曲たちは2ndアルバムまでの音楽よりも、ヴィーガン(Vegyn)のレーベル〈PLZ Make It Ruins〉からリリースされたダブル・ヴァーゴのEPの方により近い。わずかにシューゲイズするギターにグランジ、宅録、ポスト・パンク、陰鬱な雰囲気の中にそれらを内包した2022年のバー・イタリアはインディ・ロック・バンドとしての魅力に満ち溢れていた。
 ドキドキするような興奮が高まっていくのを僕はこの期間にずっと感じていた。謎が次第に明らかになり、その下にあるものが徐々に姿を現す。この先に何が起きるのか、これはいったい何なのか? 期待を抱え次へ進み理解しようとしていく、それはもしかしたら自分がインディ・ミュージックに惹かれていく理由の大きな部分を占めているものなのかもしれない、そんなことを考えるくらいにバー・イタリアに引き寄せられていたのだ。

 だからある意味で〈Matador Record〉と契約し、2023年にリリースされたこのアルバム『Tracey Denim』はバー・イタリアの実質的なデビュー・アルバムに近いのではないかというそんな気がしている。明らかにギアを入れ替え、違った音楽性で送り出す集大成の音楽、2ndアルバムまでの音楽はまるで同じメンバー、同じ名前の前身バンドの音楽だったみたいに、そんな風に感じられるのだ(そうでありながら、22年のあの素晴らしかった3曲を一曲たりとも収録しないというところにもバー・イタリアの美学を感じる)。ピアノのリフがエディット感を醸しだし〈World Music〉期を思い起こさせるオープニング・トラックの “guard” から、初期のソーリーと共振するようなグランジ感のある “Nurse!” へと繋がっていくのはあるいはそれを象徴しているのかもしれない(そこにあるのは混ざり合い変わっていくバンドの姿だ)。
 アルバム全体に漂う陰鬱でアンニュイな雰囲気、暗くロマンティックなムードで静かにそして憂鬱に爆発する “NOCD”、まとわりつくギターのフレーズに虚無がオーヴァーラップしてくるような “yes i have eaten so many lemons yes i am so bitte”、“changer” ではその虚無はより繊細な面を覗かせる。それらはまるであてもなく街を彷徨い、居場所を探す主人公の姿を追った映画のサウンドトラックのように響いていく。この雰囲気こそがバー・イタリアの最大の魅力ではないかと思う。描写の仕方のセンス、音を使って空気を作り、漂う香りを感じさせ、そうしてそこに聞くものが入り込めることが出来るような隙間を残す。憂鬱でドキドキさせるような音楽でありながら決して突き放しはしない。だからこそこんなにも胸を高鳴らせ夢中にさせるのだ。

 ジャケットに写る3人の姿を見てこれから上映される物語を想像し、そうして再生ボタンを押して音楽を流す。〈World Music〉期よりもはっきりと歌い継がれるようになった男女3人の声が切り替わるそのタイミングで曲のムードが変わり、ギャップが生まれ、そうしてその隙間の中に心が吸い込まれていくように沈んでいく。完成していない、隙間のある完璧な音楽、バー・イタリアの存在は次の瞬間に何かが起こるのではないかと、心に静かな波をずっと打ち続けてくる。そんな存在に夢中にならないわけがない。

Casanova. S

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