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 インドネシアは、1万7000もの島々から成る、信じがたい構成を持つ国家である。国民性によって統合されてはいるが、静謐なヒンドゥーのバリから、イスラム教徒が多数派を占める過密な大都市ジャカルタ、そしてそのあいだに点在する数多くの驚くべき都市や島々、地域に至るまで、風習や宗教などは極めて多様で独特だ。そこでは、世界中の現在進行形、あるいはかつてのアンダーグラウンド・ムーヴメント(レイヴ、デスメタル、パンクなど)が熱狂的なファンを見出してきた。その結果、ジャンルに対する偏見がほとんどない状態で、多くのユニークなバンドが芽吹き、独自のユニットへと進化を遂げてきた。とくにここ10年ほどの動きは顕著だ。
 レジェンドである「Senyawa(セニャワ)」の名は頻繁に口にされるが、その輝きは「Kuntari(クンタリ)」や「Raja Kirik(ラジャ・キリック)」といった他のバンドとも等しく共有されるべきものだ。ラジャ・キリックは、インドネシアのアンダーグラウンド・シーンを支える中心的なレーベルのひとつ〈YES NO WAVE〉から最新作『Sengkala』をリリースしたばかり。彼らのリリースの大半は同レーベルから出されているが、2021年にウガンダのプログレッシヴなレーベル〈Nyege Nyege Tapes〉から発表した『Rampokan』は、彼らにより大きなプラットフォームと人気をもたらした。その後、2023年にはふたたび〈YES NO WAVE〉からより実験的な録音物『Phantasmagoria of Jathilan』をリリースしているが、2021年に多くの人びとを魅了したあの魔法をさらに発展させたのは、まさに今作。
 『Sengkala』でこのデュオは、レイヴ・ビートに、インドネシアの伝統的なガムランを想起させる金属音や自作楽器の響きをミックスした、いまや彼らのトレードマークとなったサウンドという馴染み深い領域に踏み込んでいる。そこで聴こえる音は、実際にはインドネシア現地のフルートを使用しているにもかかわらず、オーストラリアのディジュリドゥのような響きを想起させる。彼らが作る音のなかには、たしかに伝統的なメロディやビートのパターンを模しているものもあるかもしれない。しかし、それらの音を生み出すために彼らが選んだ手法は、彼らの唯一無二の道筋を物語っている。
 実質的にわずかふたりのミュージシャンによって作られるそのサウンドは、フォーカスと強度の面で、熱狂的なジャム・バンドと大差ないものだ。その響きは、以前にも増して、アルバムのジャケットを飾る森のように濃密である。ラジャ・キリックが驚くべきは、非常にシンプルなビートを、まるで巨大で唸り声を上げる木を抱きしめているかのような感覚を与えるほどのディテールで埋め尽くしている点だ。 “Kala Sengkala ” というトラックは、このキャラクターの氾濫を確認するのに最適だ。DJたちも、自分たちのセットをこれほどまでに面白くできればいいのにと思わされる。
 ダンスと実験音楽のあいだに位置するインドネシアのアンダーグラウンドの一部は、ガムランの影響にガバやバウンス・ミュージックのタッチを加えた、その中間を漂うようなビートを採用することが多い。それはしばしば強烈な疾走感を伴い、全員を汗だくにするような高揚感に満ちている。ラジャ・キリックの魔法のような側面のひとつは、決して曲を投げ出さない(急いで終わらせない)という意志だ。たとえば “Tangis Bumi” のような曲のダンス・パートを3分以上持続させることにまったく抵抗がなく、レコード上であってもそのビートを徹底的に楽しむことができる。
 日常生活において、都市のビルやアパートは、私たちが無視することを覚えた細部の平凡さゆえに、退屈なものになりがちだ。それとは正反対の体験が、東アジアや東南アジアの寺院、神社、あるいはモスクにある。そこでは神聖さが、細部を極限まで突き詰めることによって表現されている。ラジャ・キリックも同じ哲学を共有しており、どんなに中毒性のあるダンス・ビートであっても、最後のダウンビートに至るまで、タペストリーのように華麗で魅惑的なディテールを添えることなしに、ビートを単体で放置することはない。
 彼らの催眠的な手法は、儀式に近い。枝が茂り、閉所恐怖症的で、警鐘を鳴らすような霧に包まれたメロディの実験やノイズのなかにさえ、天へと届こうとする連打、ベース、金属音が存在する。その強烈さについては “Gunung. Into the Fold of Southern Mountain ” をチェックしてほしい。ラジャ・キリックは普通のダンス・バンドになどなりたくないのだ。それは明白であるべきだし、それゆえに一部の人びとを遠ざけるかもしれない。非常に残念なことだが。しかし、ホルン、金属の擦れる音、フルートのさえずりや唸り、カット&ペーストされたノイズの火花を徹底的にコラージュし、USBに依存するCDJからではなく、実際の人間から発せられるダンス・リズムの上に広げた先に現れるのは、至福の境地(エリジウム)である。
 
 少なくとも東京では、ジャム・バンドは化石産業のようになってしまい、DJとバンドが等しく求められ人気を博していた20年前のようには求められなくなっている。しかしインドネシアには、発明的な音楽創造の火花がいまもなお散っている。このアルバムが音楽に果たした記念碑的な貢献について詩的に語る一方で、その音楽の源流にある哲学を看過したくはない。あの森のように濃密なジャケットを思い出してほしい。もしこの音楽に土着的、あるいは大地のような響きを感じるとすれば、それはラジャ・キリックが植民地主義と土地所有の負の遺産に強く取り憑かれているからだ。
 インドネシア人がそれを直接語るか否かにかかわらず、オランダによる植民地支配の遺産とその余波は彼らの意識に深く刻み込まれており、通奏低音として留意されるべきである。各トラックのビートを包み込むあの濃密さは、奪われ、転用された土地の根源から来ている。かつて誰がその土地を所有し、耕したのかを大地は覚えている。その栄養分からどんな食べ物が生まれたのか、そしてそれらすべての音が何であり得たのか。『Sengkala』はそれらの記憶やトラウマを描き出し、それらに声を与えると同時に、生存と再生を称えているのだ。
 記憶としての音、そして「ウィットネシング(証人となること)」としての音。
(※この「witnessing」という言葉は、他者の痛みや喜びを認め、分かち合うという、アフリカ系アメリカ人のキリスト教的信仰に基づいている)

緊那羅:Desi La