Home > Interviews > interview with bar italia - 謎めいたインディ・バンド、ついにヴェールを脱ぐ
つい最近まで我々は彼らの名前すら知らなかったのに、どうしてこんなにも彼らに魅せられたのだろうか。
ロンドンで最注目のバンドのひとつであるバー・イタリアは2020年にディーン・ブラント主宰のレーベル〈WORLD MUSIC〉からリリースし、顔も明かさぬまま世界中のコアな音楽ファンにリーチした。ザ・パステルズ、プリファブ・スプラウト、ジョン・ケイル、サイキック・TVなどをサンプリングし、オルタナティヴ・ロックを未知の領域に引き摺り込むディーン・ブラントとバー・イタリアのようなバンドとのクロスオーヴァーは必然と言えるだろう。数年間インタヴューや露出を限りなく避けたプロモーション(と言えるのか?)が成功したかはともかく、世界の片隅にいる私やあなたの心を掴んだはずだ。もちろん早耳なレコード・レーベルもここぞと跳び付いたに違いない。〈Matador Records〉から1年に2枚というハイペースでアルバムをリリース。両作とも素晴らしいが〈Matador〉からのファースト・アルバム『Tracy Denim』は図抜けた傑作。特異な温度感と脳の危ないところに効きそうな婀娜なサウンドが2010年と2020年代を繋ぐ。
初アジアだった先日のライヴは本人たちも満足した様子だった。はじまる前から客席もかなりの緊張感でオーディエンスの心配と期待が伺えた。あのサウンドなら客が不安になるのも無理はない、僕も演奏にはそこまで期待していなかったが、その心配は杞憂だった。アルバムよりはるかにロックで前傾姿勢な演奏だが、照明演出全くなしなので淡々と進んでいるようにも感じられる──だが熱気は確実にどんどん上昇するというじつに不思議な体験だった。背中のガバッと開いたウェストコートでステージを妖艶に廻るニーナ・クリスタンテはじめ、3人の立ち姿はこの上なくアイコニックだった。
私は上の階に住んでて、ふたりはすでにダブル・ヴァーゴをやっていた。私もソロをやっていたけど誰かと一緒にプレイしたくて、私から誘った。(ニーナ・クリスタンテ)
■ツアーはタイトそうですが日本は楽しめてますか?
ジェズミ・タリック・フェフミ(以下JTF):日本に来られてすごくラッキーだし、ツアーの中でもいい時間になっているよ。
■アジアは初めて?
JTF:ライヴするのは初めてだね。
ニーナ・クリスタンテ(以下NC):私は一回だけ日本に来たことがある! 母が働いていたの。
■『Tracy Denim』のリリースからツアーがかなり忙しそうですが、共演したバンドやフェスなどで面白いアーティストやライヴを見ましたか?
JTF:コーチェラで見たラナ・デル・レイだね! あのレヴェルのショーは流石に衝撃を受けたよ。狂気の沙汰だったね(笑)。
NC:プリマヴェーラでシェラックを見たね。R.I.P. スティーヴ(・アルビニ)。
■ラナ・デル・レイのような大規模なショーもやりたい?
JTF:予算があればぜひやりたいね(笑)。
NC:ワイヤーで釣られながらギターを弾くふたりが見たいね(笑)。タイラー・ザ・クリエイターとかノー・ダウトも同じステージで見たけどセットが全く変わって違う三つの演劇のように変わってて面白かった。
JTF:フェニックスも見たね。僕の中のティーンが喜んでたよ(笑)。
■昨日のライヴ(5月29日@渋谷WWWX)では照明を使わないスタイルがクールでした。どういう意図があったのでしょうか?
サム・フェントン(以下SF):服をよく見て欲しかったんだよ、僕らめちゃオシャレだからね(笑)。赤いライトとかでビカビカ照らされると色がわからなくなるだろ(笑)。
NC:それはサムの意見ね(笑)。私はただかっこいいから好き。
■サムとジェズミは同じVictory AmpとOrangeのキャビネットを使っていますが理由は? ボードにも同じエフェクターが見えました。
JTF:Victoryはいいアンプだからね。レーベルが予算をつけてくれたからネットでめっちゃ探したよ。サムもよく使うね?
SF:うん、どこでも手に入るしね。Orangeもいいし。
NC:ふたりのペダルボードはギグをするにつれどんどん変わるの。
■去年のツアーとドラマーが変わって、ライヴがパワフルになっていて驚きました。どういう経緯で?
JTF:前のドラマーのGuillemはもともと友だちでいいドラマーだったんだけど、彼のバンド(Eterna)のリリースがあったりで忙しくなったんだ。
NC:彼ができなくなってドラマーのオーディションをしたんだけど、3人の意見が一致するのに時間はかからなかったね。リアムはすごくパワフルなドラマーだけど “Nurse!”(『 Tracey Denim』収録)や “glory hunter”(『The Twits』収録)の繊細なタッチも叩けてダイナミクスもしっかりしてるし、ドラミングの中にメロディがあるから彼はとてもわたしたちに合ってると思う。
自分の中の悪魔が出てきたような感じだった。こき使われることに慣れきった人生と向き合って、認めてくれない世界に対して自分を証明するような作業なわけだし。(サム・フェントン)
■3人の出会いやバンド初期について聞かせてください。
NC:私は上の階に住んでて、ふたりはすでにダブル・ヴァーゴをやっていた。私もソロをやっていたけど誰かと一緒にプレイしたくて、私から誘った。とりあえずトライしてみることになって、たぶん2回目くらいでうまくいったから、コロナでそんなにやることもなかったし、降りるだけだからしばらくつづけることにしたんだ。
■すぐに手応えは感じましたか?
JTF:一緒にやるのは楽しかったけど、あんまりシリアスには考えてなかったかな。すぐに「アジア・ツアーができる!」とはならなかったね(笑)。
NC:お試しでやってた感じだったけど、かなりの時間を一緒に過ごしたよね。2020年の夏に『Quarrel』を作ってたときも、ヴィデオを見たりフットボールを見にいったり。
■初期2作と『Tracy Denim』『The Twists』それぞれの制作、レコーディング環境に変化は?
SF:『Tracy Denim』のときに初めてスタジオを使うチャンスが来たんだ。いくつかのレーベルからサインしないかって打診が来ていて、その中のひとつのレーベルがスタジオに入ってレコーディングしないかって言ってきたんだ。でも契約云々の話はされてなかったから、本当にサインできるのかわからない状態だった。でもレコーディングはとても楽しかったよ。ロンドンに新しくできたスタジオで、面白い機材もたくさんあって。スタジオに入って書きはじめて2、3週間でできた曲からアルバムにしたんだ。すごくいい機会を貰えたから『Tracy Denim』を作ったときは刺激と期待に満ちていた感じだね。
作業が終わる頃〈Matador〉とサインして、すぐに『The Twist』の制作に入ったんだ。レコード・レーベルとサインしてギグの反応や露出も増えて、ある程度のことが起こりそうな予感があった。だから個人的には、『The Twist』にかけて気分が大きく違ったと思う。レコーディングの環境もあるだろうけどこのバンドが本当に実現するんだという責任感のようなものを感じるようになったことが大きいと思う。自分の中の悪魔が出てきたような感じだった。こき使われることに慣れきった人生と向き合って、認めてくれない世界に対して自分を証明するような作業なわけだし。みんなが同意するかわからないけど、たくさんの闇がこのアルバムに入ってると思う。ある種、僕らのやってきたことの象徴的なアルバムだね。
JTF:同感だね。『Tracy~』は楽観的で、『The Twist』には当時感じていた恐怖とかが含まれてる。
NC:『Tracy Denim』はちょっと章立てっぽいっていうか。10日スタジオにいて2週間休んで、また10日スタジオっていうスケジュールだったけど、『The Twist』はひと月で書いて、それを曲にするのにまた数週間って感じだったから、かなり密度が高かったね。
■『Quarrel』『bedhead』はストリングスなどが入った曲もありましたが、『Tracy Denim』からはサウンドや楽器がまとまった印象です。〈Matador〉からのリリースやレコーディング環境のアップグレード、ライヴのことを考えてのことでしょうか? それとも自然に?
一同:全部だね(笑)。
JTF:最初は機材もなかったし何ができるかもよくわかってなかったから(笑)。
SF:皮肉みたいなものだよね(笑)。ファーストはジェズミの小さい部屋で限られた機材で録ったから逆にスケールは大きくて、機材を潤沢に使えるようになってきたらバンドのサウンドを良くしようみたいな(笑)。ギグのことも考えたね。
■僕はバー・イタリアのドラムがすごく好きなのですが、メンバーの中にドラマーがいません。打ち込みや音色の選定などドラム・ワークはどうやっていますか?
NC:彼ら(サム/ジェズミ)はドラマーだよ!
SF&JTF:違うよ(笑)。
SF:ワンショットとかパーツは録るけど、訓練されたドラマーじゃないからね。
JTF:『Tracy Denim』と『The Twist』では前のドラマーのGuillemがレコーディングでは叩いてくれたんだ。
SF:ドラム・スタイルは気に入ってるんだけど、僕らだと叩けないフィルとかがあるからとても助かってるよ。
NC:彼らはとてもドラムに関してこだわりがあるから、誰かをスタジオに呼んで即興で叩かせたりはしない。私も彼らのドラミングに対する考えはとても好き。
■“Nurse!” のドラム・ワークも特徴的でした。
SF:きちんとしたスタジオといいドラム・マイクで録音するのは初めてだったから大興奮でいろんな音を録ったよ! ライドのカップを音を止めながら叩いたんだ。
■初期二作は打ち込みやドラムマシンで?
SF:何曲かでは、ジェズミが持ってたひどいドラムマシンも使った(笑)。
NC:“Skylinny”(『Quarrel』収録)で使ったけど特徴的なサウンドでよかったね。
『Tracy Tracy Denim』は楽観的で、『The Twist』には当時感じていた恐怖とかが含まれてる。(ジェズミ・タリック・フェフミ)
■サムとジェズミはダブル・ヴァーゴを、ニーナはソロ活動もされていますが、バー・イタリアとの制作環境や意識の違いについて教えてください。
SF:適当にやってるわけじゃないから勘違いして欲しくないけど、バー・イタリアではやろうともしないようなことをやってるね。もっとカジュアルで冒涜的な、あるいは良くわからない方向に向かっていく感じで。
JTF:遊び場みたいに気の向くままできるしね。ニーナは?
NC:ギターは少しのあいだ習ってて、ピアノはちょっとはできるけど、私はほとんど楽器は演奏しない。最初に作った曲はたしかピアノだったけど、いまはギターサンプルとかを使うからパソコンとずっと睨めっこ。あんまり使い方わかってないんだけど(笑)。
あとはミュージシャンとコラボすることが多いね。知り合いのミュージシャンに来てもらって、考えてることを重ね合わせたり。詩はたくさん書くから、ヴァーカル・ワークに専念することが多いかも。ソロのときの録音からリリースまでのアジリティはとても大事にしていて、正式なバンドだと何ヶ月も待たなきゃいけないところが、ソロなら明日リリースと思えば誰にも文句言わせずにそうできるところが好きね。妥協しなくていいところも。でも、バー・イタリアが私の関わった中で一番だと思ってる!
■最後に、原体験的なアルバムを一枚ずつ教えてください。
JTF:インターポールの『Turn On The Bright Lights』だね。他のどのアルバムより聴いたと思うよ。
SF:13歳くらいの頃、母親が安いレコード・プレーヤーを買ってくれたんだ。くれたときに母親が泣きながら、初めてレコードを聴いたときのことを話してくれて、そのときは自分の若い頃と僕を重ねてるんだろうと思ってあんまり響かなかったんだけどね。でも一年後くらいに古いニール・ヤングのレコードもくれたんだ。たしか『Harvest』だったと思うけど、あのアルバムは僕を形作るアルバムのひとつだね。
NC:私は、若い頃によく聴いていたので思い出すのはニルヴァーナの『Nevermind』!
取材:小山田米呂(2024年6月25日)