Home > Columns > 9月のジャズ- Jazz in September 2026

Audrey Powne
Bodies of Water
BBE
オードリー・パウンはオーストラリアのメルボルン出身のトランペット奏者兼シンガー及びマルチ・アーティストで、2024年に自身のプロデュースによるアルバム『From The Fire』でソロ・デビューしている。ソロ活動以前の2010年代半ば頃より、キーボード奏者/プロデューサーのジェイムズ・バワーズと組んだオー・ドレというユニットや、レジャー・センター、オーラなどのグループで活動しており、かなりのキャリアを積んできていると言える。これらグループはソウル、ジャズ、ディスコなど様々だが、オードリーの音楽性もそうした要素がミックスされた折衷的なもので、同じメルボルン出身のネイ・パームやアリーシャ・ジョイらに近いタイプのアーティストと言えよう。メルボルンから世界へと活動の幅を広げ、ロンドンやニューヨークなどにも拠点を置いて活動している。『From The Fire』はメルボルンでの制作で、ジェイムズ・バワーズはじめオーストラリアのミュージシャンが参加。オードリーはトランペットやヴォーカルのほか、ピアノ、ローズ、オルガンも演奏し、さらにストリングス・アレンジも手掛ける。ジャズとネオ・ソウルが結びついた内容で、トランペット奏者及びプロデューサーとしても敬愛するロイ・ハーグローヴのRHファクターを想起させる作品だった。
その後、セッション・シンガーやトランペット奏者としてロンドンやニューヨークを往来し、世界中をツアーするなどしてきたオードリー・パウンだが、ブルックリンのスタジオでドラムとベースの録音を2日間でおこない、それを元に新作の『Bodies of Water』が完成した。先行シングルとなった “Broken Record” は、ソウルクエリアンズでロイ・ハーグローヴとも仲間だったJ・ディラの残した音源に触発された楽曲で、特にその初期作品におけるスウィングするビートの影響を受けている。シンガーとしてはもちろん、ヒプノティックなウーリッツアーの演奏やトランペットなど、彼女のマルチな才能を見せる楽曲だ。同じく先行シングルの “Swollen” も同傾向の楽曲で、さらに捩れたJ・ディラ風のビートとなっている。トランペットのソロが大々的にフィーチャーされていて、エフェクトをかけたコズミックな演奏は現代であればシオ・クローカーあたりに匹敵する。“Stay Awake” はブロークンビーツ調の作品でダンサブルな要素が強い。ロンドンでの活動が影響を及ぼしたとも取れるが、同じシンガーでマルチ・アーティストの才女、エマ・ジーン・サックレイとの共通項が浮かび上がってくるような楽曲である。深く沈みこむようなダウンテンポ・ソウルの “Karma”、グルーヴ感のある曲進行に印象的なトランペット・ソロが挟み込まれる “Creeds”、ラテン風味のリズムやコード進行の上で幻想的なエフェクトを施したコズミック・ジャズの “Two Sides” など素晴らしい楽曲が並ぶ。

corto.alto
Some Small Fortune
Ninja Tune / ビート
コルト・アルトはスコットランドのグラスゴー出身のリアム・ショートールによるプロジェクト。トロンボーン奏者として同じグラスゴーのドラマーのグラハム・コステロによるジャズ~ロック系バンドのストラータやアクー!などで演奏してきたほか、南ロンドンのディラン・ジョーンズなどが集まったパイジャンにも参加してきたが、基本はグラスゴーを拠点に活動している。16歳のときに王立スコットランド音楽院に進学し、ジャズを本格的に学んで、仲間ともセッションをするようになるが、同時にヒップホップをはじめとしたクラブ・サウンドにも触れ、ビートメイクもマスターするようになる。2019年頃から作品制作に取り組みはじめ、ピアニストのファーガス・マクリーディーはじめ地元グラスゴーの音楽仲間との親密なセッションを重ねていく。そうして2023年にファースト・アルバムの『Bad with Names』を発表。グラハム・コステロ、ファーガス・マクリーディーら地元の親交の深いミュージシャンが参加し、自身はトロンボーン、ギター、ベース、シンセを演奏してマルチ・ミュージシャンぶりを発揮する。基本的には生のドラム演奏だが、ヒップホップ、ブロークンビーツ、ダブ、エレクトロニカなどのクラブ・サウンドを通過したもので、新たなジャズを象徴する作品としてマーキュリー賞にもノミネートされた。『Bad with Names』のキャンペーン・ツアー中も楽曲制作を続け、曲のアイデアやスケッチ的なものを30作まとめた『30/108』を2024年にリリース。他にも『Bad with Names』のリミックス作などもリリースするなどし、2025年にはAIMアワードのブレイクスルー・アーティスト賞を受賞。2025年もUKツアーを敢行して精力的に活動を続けるなか、新作の『Some Small Fortune』がリリースされた。
『Some Small Fortune』は『Bad with Names』と同様に、グラハム・コステロ、ファーガス・マクリーディー、サックス奏者マテウシュ・ソビエスキら長年のコラボレーターと共に制作された。そして、オスカー・ジェローム、ミック・ジェンキンス、ジェイコブ・アロン、エリフ、ヴェクター、BINA.といった新たな面々とのセッションもおこなっている。『Bad with Names』に比べてシンガーやラッパーたちとの共演が増え、ヒップホップやネオ・ソウル、R&B色が強いアルバムと言えるだろう。それでもオスカー・ジェロームが歌う “Prayed We Would” に顕著だが、ファーガス・マクリーディーのピアノ・ソロがフィーチャーされたり、コルト・アルトならではのストリングス・アレンジが施されたりと、ジャズ・ミュージシャンが作った歌曲という印象が強い。アナイースのメランコリックな歌が印象的な “April” にしても、グラハム・コステロの細かく刻まれたドラム捌きなど、現在の新しいジャズ・ミュージシャンの演奏を随所で楽しめる。インスト曲では立体的なリズム・プロダクションにサンプラーを用いたエレクトロニカの要素が交わった “Thief”、ダブとファンク、トリップ・ホップなどの要素を見せる “Don’t Listen” あたりは、ビートメイカー的な側面が表われた作品と言える。そうしたなか、レイド・バックしたアフロ・ジャズ的なモチーフにブロークンビーツを交えた “Paper” の大らかな哀愁が光る。

Ezra Collective
Here Because Of Hope
Partisan
ジャズ・アーティストとして初めてマーキュリー・プライズを獲得した『Where I’m Meant To Be』(2023年)で、その地位を確固たるものとしたエズラ・コレクティヴ。続く『Dance, No One's Watching』(2024年)は、ロンドン、シカゴ、ナイジェリア、オーストラリアなど、これまで彼らがツアーなどを通じて出会った世界の国々のさまざまなダンス・フロアがモチーフとなった作品だった。それから2年ぶりの新作『Here Because Of Hope』は、歌や詩の朗読に重点を置いている。人びとが直面している痛みや一時的な困難を直視し、歌や言葉の力を借りてその痛みから喜びへと至る旅路を描いた作品と言える。これまでも多くのシンガーやラッパーたちと共演してきた彼らだが、今回は『Xファクター』出身者で女優としての顔も持つスター歌手のレオナ・ルイス、女優のレティーシャ・ライトと、これまでとは異色の顔ぶれが揃う。ほかにジャマイカ出身のレゲエ系シンガー・ソングライターのライラ・イケ、カメルーン出身のシンガーのリビアンカ・ケンゾンキンボウム・フォンジ、アフロビーツとグライム、UKドリルをミックスしたスタイルのラッパーのパ・サリューも参加するが、レオナ・ルイスは南米のアフロ・ガイアナ系の血を引き、レティーシャ・ライトもガイアナ共和国出身と、アフリカからカリブ、南米のアフリカ系民族の人たち。アフロビーツを音楽性の基本とするエズラ・コレクティヴらしい人選と言える。『Here Because Of Hope』は三つの精神的・地理的なムーヴメントに分かれた作品群として構想されており、アフリカ大陸からカリブ、北中南米大陸、そしてイギリスやヨーロッパト諸国へと移動していったアフリカの黒人の歴史を反映させたもので、それがこうしたシンガーやラッパー、女優たちの起用となっている。レティーシャ・ライトの詩の朗読は、まさに世界中に広がったアフリカン・ディアスポラに向けたものだ。ラヴァーズ・ロック調のリズムに乗せてレオナ・ルイスが優しく歌う “All I Need” などは、これまでのエズラ・コレクティヴにはなかった美しい感覚に満ちた作品と言える。
一方、インスト曲においてはパワフルでダンサブルなエズラ・コレクティヴらしさも健在だ。“Sweet Echo” や “Bunny On The Rise” はエズラ十八番の典型的なアフロビートで、カイディ・アキニビ、ジャーメイン・アミッサー、ハリー・ブラウン、マット・ロバーツらの強力なホーン・セクションが後押しする。“Jubilee Feeling” はラテンやカリビアンなどの要素が入った、アフロビートとは少し系統が異なる作品。アフリカ音楽が世界に広がって様々に変化・進化していった様子を辿ることができる。“Black Flag” はアフロビートが根底にありつつも、ブロークンビーツを咀嚼した未来的なフュージョンで、キーボードのジョー・アーモン・ジョーンズらしさが出た作品だ。

Linda Sikhakhane
LINDA
Blue Note
南アフリカ共和国出身で、留学でニューヨークに移住して活動を続けるサックス奏者のリンダ・シカカネ。ビリー・ハーパー、デヴィッド・シュニッター、レジー・ワークマン、チャールズ・トリヴァーに師事し、ジョン・コルトレーンの系譜に繋がるサックス奏者である。プロ・ミュージシャンになってからの作品は、彼と同じ南アフリカ出身の先達であるピアニストのンドゥドゥゾ・マカティーニがプロデュースなどで関わってきた。呪術師や祈祷師でもあるマカティーニからは音楽以外にもアフリカの宗教や哲学などの影響を多大に受け、〈ブルーノート〉からのリリースとなった第3作目の『Iladi』(2024年)は、祖先であるアフリカのズールー族の伝統や儀式、アフリカのさまざまな文化的知識に裏付けされた作品となった。
それから2年ぶりの新作は自身の名前を冠したもので、これまで同様にンドゥドゥゾ・マカティーニがプロデュースをおこなう。ピアニストのキャメロン・キャンベル、ベーシストのコンウェイ・キャンベル、ドラマーのカベロ・モカトラのほか、特別ゲストのフィラ・ドロジ、オマググ、オヴヨンケ、ズールーボーイ、タボ・シカハネが参加している。フィラ・ドロジが歌う “Abalimi Bayovuna” はモンゴ・サンタマリアの古典 “Afro Blue” を想起させる作品で、アフリカの民族色が色濃く表れている。“Ubizo” は重厚なモード・ジャズで、深みのある美しさが表われた“Indela”とともに、コルトレーンの後継ならではのスピリチュアルな演奏が光る。
小川充/Mitsuru Ogawa