Home > Columns > 11月のジャズ- Jazz in November 2024
エチオピアン・ジャズのパイオニアであるムラトゥ・アスタトゥケは、2009年に〈ストラット〉のコラボ・セッション・シリーズ『Inspiration Information』でザ・ヒーリオセントリックスと組んで以来、LAの〈モチーラ〉が企画した『Timeless』でミゲル・アットウッド・ファーガソン、ブランドン・コールマン、フィル・ラネリン、エイゾー・ローレンス、ベニー・モウピンらと共演し、その後もロンドンのアレキサンダー・ホーキンス、バイロン・ウォーレン、トム・スキナーらによるステップ・アヘッド・バンド、メルボルンのジャズ・ファンク&ヒップホップ・バンドのブラック・ジーサス・エクスペリエンスなど、さまざまなアーティストとのコラボをおこなってきた。
Mulatu Astatke And Hoodna Orchestra
Tension
Batov
新作の『Tension』は、イスラエルのテル・アヴィヴを拠点とするフードナ・オーケストラと共演する。フードナ・オーケストラの正式名称はフードナ・アフロビート・オーケストラで、総勢12名からなるバンドだ。ディープ・ファンクからソウル・ジャズ、サイケ・ロックなどの影響を受け、これまで2枚のアルバムをリリースしているが、2017年にエチオピアのシンガーであるテスファイエ・ネガトゥと共演してから、エチオ・ジャズに感化されるようになった。アフリカの中でもエチオピアはイスラエルや中東とも文化圏的に接しており、もともとの音楽性に類似点が見られるところでもある。そして、ムラトゥ・アスタトゥケとのセッションを熱望するようになり、そうして『Tension』のレコーディングに漕ぎつけたのである。
レコーディングは2023年初頭にムラトゥをテル・アヴィヴに招いておこなわれた。収録された6曲はすべてこのレコーディング用に書き下ろされたもので、ディープ・ファンク系レーベルの〈ダプトーン〉創設者であるニール・シュガーマンがプロデュースを担当。荘厳な出だしに始まる“Tension”は映画音楽風のスリリングな作品で、ムラトゥの神秘的なヴィブラフォンとグルーヴィーに疾走するフードナ・オーケストラの演奏がマッチする。“Yashan”はエチオ・ジャズ特有のエキゾティックなメロディが印象的で、煽情的なテナー・サックスのソロに対し、ムラトゥの演奏は幻想性を帯びていて、そうした演奏のコントラストも味わえる。そして、ディープでサイケデリックなグルーヴを放つ“Dung Gate”、クリフォード・ブラウン作曲のジャズ・スタンダード“Delilah”のラテン・ジャズ的なアレンジなど、非常に充実したセッションとなっている。
Flock
Flock II
Strut
フロックはタマラ・オズボーン(サックス、クラリネット、フルート)、サラティー・コールワール(ドラムス、タブラ)、ダン・リーヴァーズ(エレピ、キーボード、シンセ)、ベックス・バーチ(ヴィブラフォン、シェーカー、ベル、ゴング他)、アル・マックスウィーン(ピアノ、シンセ)と、ロンドンのジャズ、フリー・インプロヴィゼーション、エクスペリメンタル・シーンで活躍するミュージシャンによるセッション・バンド。アフロビートとフリー・ジャズを結びつけたカラクターのタマラ・オズボーン、サッカー96やザ・コメット・イズ・カミングで実験的なエレクトロニック・ジャズを創造するダン・リーヴァーズ、ジャズ、インド音楽からテクノ、グライムなど異種の音楽を融合するサラティー・コールワールと、それぞれ個性溢れるミュージシャンが集まった民主的なプロジェクトである。2022年にファースト・アルバムをリリースし、この度セカンド・アルバムをリリースした。
ロンドンのスタジオで1日で録音したファーストに対し、セカンドは西ウェールズのドルイドストーンの田園地帯にある教会を改築したスタジオで、1週間に渡るセッションの中で制作された。自然環境に恵まれた中で、イマジネーションやインスピレーションがより豊かに育まれたセッションであったことが想像される。“Cappillary Waves”はアフロビート的なビートと重厚なバリトン・サックス、エレクトロニックなキーボード&シンセ群によるコズミック・ジャズ。“Turned Skyward”はディープな音響空間に神秘的なフルートが舞うアンビエント・ジャズで、“A Thousand Miles Lost”も同様に抽象性に富む静穏な世界が描かれる。“Meet Your Shadow”はフリーキーなサックス・インプロヴィゼーションがサイケデリックなシンセ群と即興演奏を繰り広げる。“Large Magellanic Cloud”はダブやニューウェイブなどを通過したトリッピーな世界で、エクスペリメンタル・シーンで活躍するメンバーならではの楽曲。全体的にはエレクトロニクスを交えたアンビエントな世界と、サックスやフルートなどのフリーフォームなインプロヴィゼーションが鍵となるアルバムだ。
Anna Butterss
Mighty Vertebrate
International Anthem Recording Company
マカヤ・マクレイヴン、ダニエル・ヴィジャレアルなどのアルバムに参加し、ジェフ・パーカーのETAカルテットというグループのメンバーでもあるベーシストのアンナ・バターズ(https://www.ele-king.net/news/011494/)。シカゴ・シーンと繋がりが深い彼女ではあるが、活動の拠点はロサンゼルスで、ラリー・ゴールディングスのような大物ミュージシャンから、やはり彼女と同じくLA~シカゴを股にかけて活動するサックス奏者のジョシュ・ジョンソン(彼もジェフ・パーカーETAカルテットのメンバー)などとも共演している。これまでダニエル・ヴィジャレアル、ジェフ・パーカーとの共演作『Lados B』などをリリースしてきているが、ソロ名義のアルバムとしては2022年の『Activities』以来の2枚目のアルバムとなるのが『Mighty Vertebrate』である。
『Mighty Vertebrate』のレコーディングはカリフォルニアのロング・ビーチのスタジオでおこなわれ、ジョシュ・ジョンソンとジェフ・パーカーも参加するなど、ジェフ・パーカーETAカルテットに近い形でのセッションとなっている(ちなみに、ETAカルテットとしては今年頭にライヴ録音による『The Way Out Of Easy』というアルバムをリリースしている)。“Bishop”はグルーヴ感に富むベース・ラインが印象的で、ジャズ・ファンク、ジャズ・ロックなどのミックスチャー的なナンバー。ポスト・ロック、ジャズ、実験音楽などを縦断して活動してきたジェフ・パーカーの近くにいる、アンナ・バターズらしい曲と言えるだろう。“Shorn”もジャズとオルタナ・ロックの中間的な作品だが、アンナ・バターズはベース以外にギター、フルート、シンセ、ドラム・マシーンなどを演奏していて、この曲でもシンセなどをオーヴァーダビングし、エフェクトも多用したサウンド・クリエイターぶりが発揮される。ジェフ・パーカーが参加した“Dance Steve”や、ミスティカルなムードに包まれた“Saturno”は、最近クローズ・アップされることの多いアンビエント・ジャズ的な作品。“Saturno”などはリジョイサーやバターリング・トリオなどイスラエルのアーティストの作品に近いものを感じさせる。
Svaneborg Kardyb
Superkilen
Gondwana
マシュー・ハルソールの〈ゴンドワナ〉は、近年はマンチェスターやイギリスのみならず、ベルギーやポーランドなど他国のアーティストの作品もリリースしていて、スヴェインボゥグ・カーディーブはデンマークのアーティスト。鍵盤奏者のニコライ・スヴェインボゥグとドラマー&パーカッション奏者のジョナス・カーディーブ・ニコライセンによるユニットで、北欧のジャズとデンマークの伝統音楽を融合し、エレクトロニクスを用いたアプローチで現代的に表現する。地元の〈ブリック・フラック〉というレーベルから2019年に『Knob』でデビューするが、このアルバムはE.S.T.(エスビョルン・スヴェンソン・トリオ)やトール・グスタフセン、ヤン・ヨハンソンなどのスカンディナビアン・ジャズの系譜を引き継ぎ、ニルス・フラーム的なポスト・クラシカルなエレクトロニック・ミュージックを融合していると評論家たちから高評価を博し、デンマークのジャズ音楽賞などを受賞した。
〈ブリック・フラック〉から2枚のアルバムを出した後、〈ゴンドワナ〉から2022年に『Over Tage』をリリース。そして、〈ゴンドワナ〉から2枚目となる最新作が『Superkilen』である。“Superkilen”はゴーゴー・ペンギンやポルティコ・カルテットなどを思わせる作品で、アンビエントなテクノとジャズが融合したような世界を見せる。ちなみに曲名はコペンハーゲンのノレブロ地区にある公園にちなんでいる。多様な民族が住むコペンハーゲンにおいて、移民と地元民の交流の場として親しまれている公園だそうで、そうした寛容と団結のムードを音楽として表現している。“Cycles”は抒情的なメロディがデンマークの民謡を想起させるもので、E.S.T.や〈ECM〉の作品に近いイメージ。今回はアンビエントなジャズを幾つか紹介したが、スヴェインボゥグ・カーディーブもそうしたアーティストのひとつと言えよう。