ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Cornelius ──コーネリアスがアンビエント・アルバムをリリース、活動30周年記念ライヴも
  2. Ryuichi Sakamoto | Opus -
  3. Columns 4月のジャズ Jazz in April 2024
  4. Tomeka Reid Quartet Japan Tour ──シカゴとNYの前衛ジャズ・シーンで活動してきたトミーカ・リードが、メアリー・ハルヴォーソンらと来日
  5. interview with Lias Saoudi(Fat White Family) ロックンロールにもはや文化的な生命力はない。中流階級のガキが繰り広げる仮装大会だ。 | リアス・サウディ(ファット・ホワイト・ファミリー)、インタヴュー
  6. レア盤落札・情報
  7. interview with Larry Heard 社会にはつねに問題がある、だから私は音楽に美を吹き込む | ラリー・ハード、来日直前インタヴュー
  8. The Jesus And Mary Chain - Glasgow Eyes | ジーザス・アンド・メリー・チェイン
  9. Li Yilei - NONAGE / 垂髫 | リー・イーレイ
  10. Larry Heard ——シカゴ・ディープ・ハウスの伝説、ラリー・ハード13年ぶりに来日
  11. interview with Shabaka シャバカ・ハッチングス、フルートと尺八に活路を開く
  12. まだ名前のない、日本のポスト・クラウド・ラップの現在地 -
  13. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第2回
  14. tofubeats ──ハウスに振り切ったEP「NOBODY」がリリース
  15. Columns ♯6:ファッション・リーダーとしてのパティ・スミスとマイルス・デイヴィス
  16. Cornelius - 夢中夢 -Dream In Dream-
  17. Columns ♯5:いまブルース・スプリングスティーンを聴く
  18. みんなのきもち ――アンビエントに特化したデイタイム・レイヴ〈Sommer Edition Vol.3〉が年始に開催
  19. interview with Mount Kimbie ロック・バンドになったマウント・キンビーが踏み出す新たな一歩
  20. Jlin - Akoma | ジェイリン

Home >  Reviews >  Old & New > Harmonia & Eno '76- Tracks And Traces Reissue

Harmonia & Eno '76

Harmonia & Eno '76

Tracks And Traces Reissue

Gronland Records/Pヴァイン

Amazon

野田 努   Jun 08,2012 UP Old & New

 1996年にクラスターが初めて来日したとき、――ハンス・ヨアヒム・レデリウスは60半ばをまわっていたし、ディーター・メビウスも50を過ぎていた――、渋谷のオンエアー・ウェストのフロアには20代~30代初頭のテクノ世代か、リアルタイムで聴いていた40代のプログレ世代がパラパラといるだけのものだったが、伝え聞いたところによれば、2010年の代官山ユニットでの来日公演では、フロアは本当に満員だったという。ドイツのふたりのおじいちゃんによるアンビエント/ドローンを聴きに、1000人近くの人が集まるなんて90年代には考えられなかったことだ。しかもオーディエンスの多くが若い女性客だったという。きっとそのなかの何人かはグルーパーやローレル・ヘイローを聴いているに違いない。

 ハルモニアは、クラスターのふたり(レデリウス+メビウス)とノイ!とは別の、アンビエントという当時まだ新しかったコンセプトに興味を抱いていたミヒャエル・ローターの3人によるプロジェクトで、1974年と1975年に1枚づつアルバムを発表している。どちらも名盤だが、僕はセカンド・アルバムにあたる『デラックス』をとりわけ好んでいる。黄金の太陽、そして裏ジャケットに見えるのは川縁でのびりとしたときを過ごしている3人......そのリラックスしまくっている佇まいに相応しく、『デラックス』は和やかだが、夢の続きのような居心地の良さがある。愛嬌のあるミニマルな展開、ロマンティックなメロディ......ポスト・サイケデリックとも言える生活のなかの満ち足りた感覚、「正直であること、愚かであることを恐れていない」――本作のライナーでスティーヴン・アイリフががそう書いているように、ハルモニアは、ジュリアン・コープが「これでもか」とあおってみせたクラウトロックの神話性ないしはミステリーとはまた少し違った趣を有している。はったりじみたところがないし、ドラッグ・カルチャーをこじらせてしまったようなところもない。まさにチルアウト(リラックス)している。こういうオジサンになりたいと、若い頃、僕は思ったものだった。
 
 本作は、早くからクラウトロックの先駆性を評価していたブライアン・イーノが、ドイツのフォルストという村で暮らしているクラスターを訪ねたときの記録である。1997年に未発表アルバムとして最初のヴァージョンがリリースされているが、これはそのさらにまた未発表曲3つを加えたヴァージョンで、日本盤にはスティーヴン・アイリフによる美しいライナーの訳が付けられている。2007年にハルモニアの未発表のライヴ音源『Live 1974 』をリリースしているロンドンの〈グロンド・レコーズ〉からの再リリース盤だ(UKリリースは2009年で、2010年にはシャックルトンも参加したリミックス盤も出ている)。
 
 未発表音源によるアルバムというのものは、なかにはいい加減なものもあるが、これはむしろ当時発表されなかったことが不思議なほどのA ランク・レヴェルの内容である。レデリウスの叙情的なピアノとローターの美しいギアルペジオ、メビウスの電子音、それらが万華鏡のようにきらめく"Almost"、ハワイアン・ギターと愛らしいリズムボックスとの素晴らしい出会いによる"Weird Dream"......「この音楽をあらかじめ作曲しておくことはできない」、スティーヴン・アイリフはそう書いている。"Sometimes In Autumn "の悪戯っぽく反響する電子音と昆虫の声、未知の領域への誘い......「楽譜をしりぞけ、つねにインプロすることで、我々リスナーも創造という行動の共犯者であるという感覚」、それがハルモニアの魔法だとアイリフは言っているが、まったくその通りだと思う。クラスターのふたりに関しては、その後もイーノとの共作は、1977年の有名な『クラスター&イーノ』、1978年の『アフター・ザ・ヒート』との2枚がある。どちらも必聴盤。何年経とうが。

野田 努