Home > Reviews > Album Reviews > mary in the junkyard- Role Model Hermit
結局のところ時代の変化は音に出る。その時々で良いと感じるものがテクノロジーや社会情勢など周囲のコントラストで変わっていき、そうして形成される空気がやがてトレンドになりシーンと呼ばれるものになる。パンデミックが起こる前の2018年、19年のサウス・ロンドンのインディ・シーンは明らかにポスト・パンクとサックスの時代だった。闇を切り裂いていくような硬質なポスト・パンク、スリリングで攻撃的な音、そんな音楽をやっていたようなバンドがロックダウンを経て自身の内面に潜るような柔らかいアコースティック・サウンドに変わっていった。そのマスターピースのひとつに22年リリースのキャロラインの1stアルバムがあったのは間違いないだろう。瞑想するようなアコースティック・ギターと弦楽器のサウンドは聞くものだけではなくプレイヤーにも新たな世界を広げていったのだ。そこから少しずつ時代は進み、いまや疲弊した精神を包み込むような寛容さや赦し、感傷、叙情的なメロディに彩られたサウンドがロンドンのインディ・シーンの中で大きな部分をしめるようになった。それはブラック・ミディの1stとマイ・ニュー・バンド・ビリーヴ(ベーシストのキャメロン・ピクトンがはじめたバンドだ)、ブラック・カントリー・ニュー・ロードの最初のアルバムと最新のアルバムを聞き比べればよくわかるだろう。あるいはマン/ウーマン/チェーンソーや1000ラビッツなどの新しいバンドの音楽を聞いても感じられるかもしれない。静かに、だが確実に、時代の空気は硬いサックスの攻撃性からストリングスの柔らかい慈しみに変わっていったのだ。
そのような意味あいにおいて考えると、このメアリー・イン・ザ・ジャンクヤードのデビューアルバムは2026年のUKシーンの空気が強く現れ、帰結したようなアルバムだといえるかもしれない。ギターとヴォーカルを担当するチェロの名手クラリ・フリーマン=テイラー、クラリと長年音楽活動をしていたデヴィッド・アディソンがドラムを叩き、ベーシストでありバンドでもヴィオラを弾くサヤ・バルバーリャ(クラリとは14歳の頃に弦楽四重奏をやって以来の仲なのだという)からなる、その時々で楽器を持ち変える可変式の3人組。彼女たちの1stアルバムはインディのギター・ロックとフォーク、そして室内楽的なチェンバー・ポップが理想的に溶け合っている。寓話の世界に手招きするようなふくよかでゆったりとしたベースのオープニングトラック “Mantra III” ではストリングスとギターがお互いの感触を確かめ合うように静かにうめき混ざり合い、色鮮やかなパーカッションと推進力のあるベースを軸に組み立てられる “New Muscles” のヴィオラは心をひっかく中低音のウワモノとして曲の中に確かな存在感を示す(ギターの音をそこにいれないというのもまた特徴だろう)。クラリ・フリーマン=テイラーのささやくような、あるいは書き上げられたばかりの物語を読み聞かせるかのような歌声は曲の中で揺れ動き、芳醇でゆとりのある音楽の中にこの上なく溶けていく。いたずらに音を重ねるのではなく、ひとつひとつの楽器の存在を際立たせることで逆にひとつの塊であるということを強く意識させるこの空間の使い方は心地よい重力を感じさせ、それがこのアルバムの大きな魅力になっている。その魅力がよく出ているのが “Crash Landing” で、トリップ・ホップ的な重厚感のあるグルーヴにストリングスとヴォーカルが絡みつきどろりとしたはちみつのような安らぎと重みをもった景色を見せてくれる。もっとフォークに寄った “Thou Shalt Sprout” では、恐ろしさと無邪気さが共存する人形劇のようにストリングスが聞き手の感情を強く揺さぶってくる(生きることと罪、死体が埋められた土から果樹が芽吹くという物語はまるで語り継がれてきた民話のように響く)。
そしてこの音楽はインディ的な美しく魅惑的な小ささを持っている。メンバーのベッドルームに友人を招き、会話を重ねて物語を作り上げたかのような、仲間内で完結する小さな世界の親密さ、その秘密の旅路をそっとのぞき見ているような快感がここにはあるのだ。この閉じた世界はある意味でどこにいても始終世界と繋がれてしまう現代の生活に対してのカウンターにもなっているのだろう。一瞬で無数のパターンを目撃し見比べることができる世界では、意識しないでいるとあっという間に自分の形を見失う。たとえばキャメロン・ピクトンがロンドンの友人と再び繋がり直すためにマイ・ニュー・バンド・ビリーヴという「場所」を作ったように、自身を形作った小さなコミュニティに目を向けて、そこから旅をはじめるようなスタンスはいまことさら魅力的に思える(そういう意味においてはシカゴのホースガールにも近いものがあると感じる)。それは無意識のうちに利益を求め正解を探す現代の関係性のありかたを忌避し、そうではないものを渇望しているからなのかもしれない。
いずれにしてもこの身近な場所からはじめる旅のような曲たちに心地よく心が刺激されていく。丁寧に紡がれたこの音楽は粗削りのデビュー・アルバムとはまた違った種類の沈み込むエネルギーを発している。たとえまとまり過ぎていると感じたのだとしても、陰鬱で幻想的な物語のページをめくる手はとまらない。
Casanova.S