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ロウニン・アーケストラはマーク・ド・クライヴ=ロウを中心としたジャズ・バンドで、名前の由来は武士の浪人とサン・ラーが楽団(オーケストラ)を呼ぶときに用いたアーケストラである。とにかく今年のマークは精力的に活動していて、年初に5年ぶりのソロ・アルバム『ヘリテージ』とその第2集をリリースし、ドワイト・トリブルの『マザーシップ』でも中心となってピアノを演奏していた。最近も自身が主宰するイベントの「チャーチ」9周年を記念して、カマウ・ダウード、ジョン・ロビンソン、トマッソ・カッペラート、マイエレ・マンザンザらとのセッション集をリリースしたが、そうした中でロウニン・アーケストラは近年のマークがもっとも熱心に取り組むプロジェクトである。
このバンドはマーク以外は全て日本人で構成されていて、そもそもマークもニュージーランド人と日本人のハーフなので、そうした日本人としてのルーツに向き合ったプロジェクトである。そうした点で日本の音楽を大きく取り入れた『ヘリテージ』にも繋がるものであり、発展形とも言えるだろう。『ヘリテージ』の制作については、2017年におこなった「未来の歴史」というイベントが元となり、そこでは琴、和太鼓、篠笛などの奏者やシンゴ・02を交えたパフォーマンスをおこなっている。そして、『ヘリテージ』では尺八や篠笛に通じる木管楽器演奏を用いて、“赤とんぼ”はじめ日本の童謡などをジャズ・アレンジで演奏していた。そうしたところからロウニン・アーケストラのインスピレーションが生まれたと思われる。
マークは昔から年に何度か日本を訪れて、長いときは数か月に渡って滞在し、演奏活動を繰り広げてきた。『ヘリテージ』制作の際も、奈良で尺八奏者の薮内洋介とワークショップやライヴをおこない、そのときに作曲した楽曲も収められていた。ロウニン・アーケストラはそうした日本滞在中に、日頃からよくセッションする同世代のミュージシャンが集まったプロジェクトである。レッド・ブル・スタジオ・東京でおこなわれた初録音は今年の初夏にミニ・アルバムの『ファースト・ミーティング』として発表され、そこでは『ヘリテージ』で演奏された曲やコルトレーンの“至上の愛”のカヴァーもやっていた。それから数か月を経て、今回ファースト・アルバムの『ソンケイ(尊敬)』がリリースされた。
『ファースト・ミーティング』のときと一部参加メンバーの変更があり、今回のラインナップはマーク・ド・クライヴ=ロウ(ピアノ、キーボード、エレクトロニクス、エフェクト)以下、ウォンクの荒田洸(ドラムス)、クロマニヨンのコスガツヨシ(ギター)、元スリープ・ウォーカーの藤井伸昭(ドラムス)、菊池成孔のデート・コース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデンなどに参加してきた類家心平(トランペット)、ウォンクのサポート・メンバーであるメルロウこと安藤康平(アルト・サックス)、キョウト・ジャズ・マッシヴなどに参加するルート・ソウルこと池田憲一(ベース)、ルーティン・ジャズ・セクステットなどで演奏してきた浜崎航(テナー・サックス、フルート)、テイラー・マクファーリン、リチャード・スペイヴン、カート・ローゼンウィンケルらと共演してきた石若駿(ドラムス)、DJ/プロデューサーのソース・81(エフェクト)となっている。
日本と繋がりのあるふたつのプロジェクトだが、『ヘリテージ』がアコースティックなピアノ演奏に和楽器風の木管楽器、日本の古典音楽を題材としたメロディなどがふんだんに用いられていたのに対し、『ソンケイ』は部分部分で和風の意匠を用いながらも、それにいたずらに頼ったり、ことさら強調することはない。むしろ現在のアメリカやイギリスの新しいジャズに呼応し、その中で和的なモチーフや音色を融合していくエレクトリック・ジャズ・アルバムとなっている。“オンコチシン(温故知新)”に見られるように、ロウニン・アーケストラの持ち味のひとつはリズム・セクションの現代性にあり、荒田洸、石若駿という現在の日本の若手ドラマーの中でもワールド・クラスの感性と技術を持つふたりが、ロウニン・アーケストラの大きな鍵となっていることを物語る。
マークの演奏はエレクトリック・ピアノやシンセが中心で、“エレジー・オブ・エントラップメント”におけるコズミックな飛翔感と後半のヒップホップ・ビートへの転換などは、LAビート・シーンにも繋がるマークらしさの表れと言える。スリリングなドラム演奏が繰り広げられる“テンペスチュアス・テンパーラメンツ”も、フライング・ロータスや〈ブレインフィーダー〉的なジャズと言えるだろう。“ジ・アート・オブ・アルターケイション”はジャズ・ロックやフュージョン、AOR的な要素が融合した作品で、サンダーキャットからジョー・アーモン・ジョーンズなどの作品と地続きで聴くことができる。“コズミック・コリジョンズ”に代表されるように、スペイシーなモチーフがアルバム全体に散りばめられていて、それがスピリチュアルなムードを生んでいる。鳥の囀りのエフェクトを交えた“サークル・オブ・トランスミグレイション”でのピースフルで牧歌的な風景は、カマシ・ワシントンの世界観にも通じるところがある。“フォーリン・エンジェル”での重厚なホーン・アンサンブルにもカマシの影響が見て取れるが、マークはカマシとも日頃からよくセッションしているし、またいまの日本のジャズ・ミュージシャンにもカマシの影響力は多大なので、その演奏には何かしら共鳴するものが生まれてくるのだろう。和ジャズという括りではなく、カマシはじめ現在のLAジャズ、NYジャズ、ロンドン~UKジャズなどと同じ土俵で語られるべき作品だ。
小川充