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Blood Orange

Indie PopR&B

Blood Orange

Negro Swan

Domino / ホステス

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木津毅   Dec 05,2018 UP
E王

 なるほどジョーダン・ピール監督の『ゲット・アウト』は、ブラック・ライヴス・マター時代において黒人たちが抱く恐怖だけでなくディプレッションについて言及しているという点でも現代性を持ち合わせていたのかもしれない。ということに思い至ったのは、ブラッド・オレンジの4枚めとなる『ニグロ・スワン』のテーマが「ブラック・ディプレッション」であると読んだからだ。『ゲット・アウト』では白人たちはすべて凶悪な存在であるいっぽうで、黒人同士の分断も仄めかされていた。立ち向かうための連帯も容易にはいかないのだと。だが、憂鬱や得体のしれない恐怖感というフィーリングでは繋がることができる……。現在ブラッド・オレンジを名乗るデヴ・ハインズもまた、ブラック・コミュニティに対してそのような認識を抱いているのだろうか。
 しかしながら、もちろん『ニグロ・スワン』が生み出す感覚は『ゲット・アウト』の恐怖ではない。どこまでも優しく、甘く、柔らかいチルなヴァイブ……。

 何かが劇的に変わったということはない。70年代のニュー・ソウルや80年代のエレクトロ・ファンクを21世紀のインディ・ポップのもとでアップデートするオルタナティヴR&Bであり、メロウなモダン・ソウルだ。16曲50分ほどのボリュームだが、劇的な緩急をつけずにあくまでなだらかに進行していく。やや増したジャズの要素が洗練味を与えてもいるが、手打ち感のあるドラム・マシーンによる線の細いビートや少ないレイヤーのシンセ・サウンドはベッドルーム・ポップとの繋がりをしっかりと保っている。先行して発表された“Charcoal Baby”がドリーム・ポップの幻影を巧みに作り上げるポーチズのアーロン・メインとの共作だというところにもよく表れているが、ブラッド・オレンジの「ブラック・ミュージック」はタフでパワフルなファンク・セッションではなく、DIYによって支えられたフラジャイルなパーソナル・ポップであり続ける。その弱々しさこそが彼のアイデンティティだと示すように。
 アルバムは雑踏のサンプリングで幕を開け、エレクトリック・ピアノがゆっくりとビタースウィートなファンクを導いてくる。その曲、“Orland”でハインズは10代のときに女子の格好をしていたことで暴行を受けた経験を歌う。穏やかなファルセットで……「ファースト・キスは床だった」。ピッチシフトされるバックグラウンドのシンセが奇妙な浮遊感を醸すダウンテンポ・チューン“Dagenham Dream”ではその事件の犯人が黒人の少年たちだったことが背景となっているそうだが、ここでハインズはクィアであった自分はブラックのなかでもより被差別の立場であったことを明示する。だがそれを糾弾しているわけではない。その痛ましい記憶が現在の自分を作っているのであり、そして逆説的に、そのことでこそブラック・コミュニティの一部であれるのだという。アルバムではヘテロセクシズムとともにレイシズムにつていも何度も言及されていて、そうしたものに対するトラウマあるいはディプレッションでこそ自分たちは共感し合うことができると示される。パフ・ダディやエイサップ・ロッキーといった「男性的な」ゲスト陣もここでは、ジェンダーレスな、あるいはジェンダー・フルイド的なブラッド・オレンジの世界に柔らかく迎え入れられる。清潔なピアノの打音とテイ・シの美麗なコーラスに包まれながら、そしてパフ・ダディは言う。「お前がやって来るときは、希望を持ってきてくれ」。曲のタイトルは、“Hope”。デヴ・ハインズは近年のメジャーなブラック・ミュージック・シーンにフランク・オーシャンとともにクィアな価値観を持ちこんだ立役者であり、『ニグロ・スワン』ではここ数年の止まらないそうした流れこそが「希望」であると宣言するかのようだ。
 そもそもアフリカ移民の両親のもとロンドンで育ち、ニュー・レイヴやチェンバー・ポップを通過してきたハインズはアメリカのブラック・ミュージック・シーンにおいて圧倒的によそ者であったはずだ。だが、ブラッド・オレンジではよそ者の意味を反転させることで、ブラック・コミュニティの融和を実現しようとしているのである。単純な僕はそれを愛と呼んでしまう誘惑にかられそうになっているが、ブラッド・オレンジのある種の政治性を孕む歌たちはそれでもラヴ・ソングであると思う。ここではそれぞれ立場の違う彼らや彼女らが悲しい記憶でこそ繋がり、そして、可能な限りの思いやりでその痛みを和らげようとしているからだ。
 アルバムではマイノリティのなかのマイノリティであるトランスジェンダーのアクティヴィスト、ジャネット・モックのスポークン・ワードに重要なポジションが与えられている。彼女はムーディなサックスの調べで告げる――「何が“家族”であるか問われれば、わたしはコミュニティが“家族”なのだと思う。あなた自身を縮めてしまう必要のないスペース、何かの振りをしたり、演じたりする必要のないスペースのことだと思う」。わたしはあなたのニグロではない。そうした多層的な声たちがここではそっと重ねられて、誰もが安らぎを覚えるダンス・チューンに変身している。

木津毅