ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. interview with Larry Heard 社会にはつねに問題がある、だから私は音楽に美を吹き込む | ラリー・ハード、来日直前インタヴュー
  2. The Jesus And Mary Chain - Glasgow Eyes | ジーザス・アンド・メリー・チェイン
  3. 橋元優歩
  4. Beyoncé - Cowboy Carter | ビヨンセ
  5. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第2回
  6. CAN ——お次はバンドの後期、1977年のライヴをパッケージ!
  7. interview with Martin Terefe (London Brew) 『ビッチェズ・ブリュー』50周年を祝福するセッション | シャバカ・ハッチングス、ヌバイア・ガルシアら12名による白熱の再解釈
  8. Free Soul ──コンピ・シリーズ30周年を記念し30種類のTシャツが発売
  9. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第1回  | 「エレクトリック・ピュアランドと水谷孝」そして「ダムハウス」について
  10. Columns ♯5:いまブルース・スプリングスティーンを聴く
  11. claire rousay ──近年のアンビエントにおける注目株のひとり、クレア・ラウジーの新作は〈スリル・ジョッキー〉から
  12. 壊れかけのテープレコーダーズ - 楽園から遠く離れて | HALF-BROKEN TAPERECORDS
  13. まだ名前のない、日本のポスト・クラウド・ラップの現在地 -
  14. Larry Heard ——シカゴ・ディープ・ハウスの伝説、ラリー・ハード13年ぶりに来日
  15. Jlin - Akoma | ジェイリン
  16. tofubeats ──ハウスに振り切ったEP「NOBODY」がリリース
  17. 『成功したオタク』 -
  18. interview with agraph その“グラフ”は、ミニマル・ミュージックをひらいていく  | アグラフ、牛尾憲輔、電気グルーヴ
  19. Bingo Fury - Bats Feet For A Widow | ビンゴ・フューリー
  20. ソルトバーン -

Home >  Reviews >  Album Reviews > Skepta- Konnichiwa

Skepta

Grime

Skepta

Konnichiwa

Boy Better Know

Tower HMV Amazon

米澤慎太朗   Jun 16,2016 UP

もうジャージを脱ぐ必要はない

 『コンニチワ』は、ロンドンから生まれたグライムというやり方で世界にチャレンジしたアルバムだ。
 メリディアン・クルー、ロール・ディープを経て、2006年に自身のクルー/レーベルである〈ボーイ・ベター・ノウ〉を創設し、これまでに同レーベルから『グレイテスト・ヒッツ』、『マイクロフォン・チャンピオン』そしてメジャー・レーベルから『ドゥーイン’イット・アゲイン』と、3枚のフル・アルバムをリリースしてきたスケプタ。しかし、近年彼の名前と「グライム」自体を世界的に知らしめたのは、2014年にリリースされたシングル「ザッツ・ノット・ミー」だ。 また、2015年にはモボ・アウォーズでカニエ・ウェストと共演、2016年の初めにはニューヨーク現代美術館モーマ PS1でのパフォーマンス、ドレイクが〈ボーイ・ベター・ノウ〉と契約するなど、海を超えアメリカ、そしてアートやファッション界からも注目を集めた。そんななか、2016年5月、1年の発売延期を経てようやくリリースされたのが、フル・アルバム『コンニチワ』だ。

 このアルバムには、ロンドンの不良らしく、反抗的で暴力的、そしてユーモアと力強いストリートのグライムがある。しかし、グライムをメインストリームでリリースするという一見に単純に見える行為は、それほど難しいことだったのだろうか?
 これまで、アンダーグラウンドのグライムをメインストリームに持ち込むことは、MCにとってひとつのチャレンジだった。ディジー・ラスカル やワイリーはメジャー・レーベルと契約しメインストリームに挑戦してきたが、キャリア的に成功したとは言い難い。その後、彼らは「パーティ・チューン」を出してヒットを狙い、ストリートの物語を捨てて「アメリカのセレブのように」気取らなければならなかった。ポップ・カルチャーにおける「グライムらしさ」はナイフ、ギャング、喧嘩のイメージを内包しており、それらは大衆向けには「脱臭」すべきものだったからだ。スケプタの『ドゥーイン’イット・アゲイン』も、いま聴き返せばダブステップの流行りに乗ったポップスのようである。

 しかし、今作ではスケプタはインディペンデントでの制作を貫き、いい意味で仲間とやりたいようにやっている。スポーツ量販店のJD スポーツで売られているような、ロンドン郊外の不良たちが着るジャージのセットアップ。それに身を包むスケプタは象徴的だ。

 Yeah, I used to wear Gucci
 I put it all in the bin cause that's not me
 確かに俺は昔はグッチ着てたけど
 それは俺らしくないからもうゴミ箱に捨てちゃったよ (Sekepta - That’s Not Me)

 リリックは粗さや怒りに満ちている。“クライム・リディム”では、警察やストリートのいざこざのストーリーをラップし、「It Ain’t Safe = 安全じゃない」というラインはスケプタの地元トッテナムのイメージと重なる。2011年に起こったイギリスの暴動がトッテナムからはじまったように、そこは「警察にとってすら安全じゃない」場所だ、と。

 リリックの外側にも注目すべきだ。リードトラックの“マン”のMVは、グライム黎明期から発売されているドキュメンタリーを手掛けてきた、リスキー・ローズ(Risky Roadz)が撮影。その荒削りな映像は2000年代のグライム・ビデオのスタイルを継承し、これまでのMCが「脱臭」してしまった要素を全て飲み込み、音は粗く、ギャングの「遊び」はヴィデオの隅々に浮かび上がっている。


Skepta - Man

 ミュージック・ヴィデオの内容も、彼の警察への反抗的な態度の表明である。“シャットダウン”のMVが撮影されたのは、スケプタの弟JMEの出演が警察によって中止されたイベントが開催される予定だったバービカン・センターであり、ショーディッチの駐車場では無許可でレイブを行った。このようなリリックの外側における、よりローカルな文脈でのアクションが、スケプタのアティチュードのリアルさを裏付けている。


Skepta - Shutdown

 『コンニチワ』が「ストリートらしさ」を失わなかったことには、彼ら自身のホーム〈ボーイ・ベター・ノウ〉からのリリースである点も関係しているだろう。メジャー・レーベルと契約せずともインディペンデントで莫大なセールスをあげる、それ自体が凄いことだ。それを支えるのは、同じくインディペンデントな海賊ラジオ、YouTubeチャンネル、グライムをプッシュしてきた無数の音楽メディアたちであり、そこでローカル・スターは日夜生まれていて、ノヴェリストやチップといった次世代のMCたちが今作の客演陣にはクレジットされている。

 サウンド面では、“ザッツ・ノット・ミー”ほど、クラシックなグライムのエッセンスを感じられなかった。USを意識した“ナンバー feat. ファレル・ウィリアムズ”にはリリックにもサウンドにもそれがない。また一貫したストーリーがアルバムになかったためか、どこかシングルの寄せ集めのような印象を抱いた。しかし、いくつかの曲にはシングル・カットにふさわしいパンチラインがある。
 彼はジャージを脱がずに、ジャージをクールに魅せた。初週全英チャート2位という功績によって、「自分たちのやり方でやればいい」と世界に証明したのだ。

米澤慎太朗