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King Krule

Indie RockJazz-Folk

King Krule

6 Feet Beneath The Moon

XL / ホステス

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木津 毅   Sep 13,2013 UP

 言葉のはしはし、動きの一つ一つに、彼女の不安はあらわれていた。だというのに私は、まったく感じとろうとしなかった。だらしがなさすぎた。私には生きる値打ちはなかった。野良犬とかわらなかった。しかし、犬を責めてどうなる。私は起きあがってワインを浴びた。キャス、町でいちばんの美女は20歳で死んだ。チャールズ・ブコウスキー『町でいちばんの美女』(青野聰 訳)より

 ああ、そうか......と、キング・クルールを名乗る19歳の青年アーチー・マーシャルがチャールズ・ブコウスキーを敬愛していると知って、僕は思った。繰り返し耳を傾けるほど、キング・クルールの音楽はブコウスキーの文体に似ているのだ。しかしそれは、言葉というよりは、発話や発声においてである。アルバムの2曲目、"ボーダー・ライン"を聴けばわかる。正確に音程を取らずぶっきらぼうに放たれる低音が、ふいにメロディをなぞる瞬間にこぼれて落ちるその感傷は、ブコウスキーの機関銃のように粗暴な言葉がしかし、時折見せる弱さやもろさのようだ。キング・クルールを聴いていると、困ったことに......自分の日常なんかよりもブコウスキーの短編集を読むことに入れ込んでいた頃の感覚を思い出してしまう。マーシャルは酔いどれ美学のクリシェに堕さないブコウスキーを知っているのだろう。ただその日を生きることしかできずに、愛する人間を傷つけて自分も傷ついてまた傷つける、救いようのない人生を......ブコウスキーいわくクソのような人生を、それでも笑い飛ばす男の痛みと孤独を、この青年はきっと肌に感じて過ごしてきたのだろう。鋭い言葉を書くリリシストや、エモーショナルなメロディと声を持ったシンガーは他にもいる。しかし、こんなにも発話がその表現の必然として成立してしまうシンガーは久しく存在しなかったのではないか。

 新世代のビート詩人というキャッチコピーはたぶん間違ってはいない。が、そう呼んだときのどこかノスタルジックなロマンティシズムよりも、アーチーの歌にはどうしようもなく「いま」を歌っているんだという切迫感がある。それは、現代的なサウンドを自身のブルーズに取り込むクレバーさによるものだろう。ヒップホップやダウンテンポの影響が濃いビートは多彩だし、何もない空間に向かって余韻たっぷりに響くギターは明らかにジ・XX以降のポップ・ミュージックの親密さとしてある。さらには、さまざまな時代の音にアクセスするその身軽さでもって、"ア・リザード・ステイト"のようにブラスがふんだんに取り入れられたロックンロールの次のトラック"ウィル・アイ・カム"で、ダビーな音響が施されたアンビエントめいたトラックを披露したりするのだ。その風景が次々に変わっていくサウンドを、独創的なヴォーカリゼーションでひとつの詩集へとまとめて、手際よく紡ぎあげていく。

 アルバム・タイトルは"ザ・クロッカダイル"のリリックから取っているのだろう。「あの音が聞こえるかな?/地下6フィートから聞こえてくる/ここで横たわりたいんだ/ねえ ここで寝かせてくれ」......地下6フィートというのは人間が埋葬される深さのことであり、アルバムではそんな風にところどころで死への甘美な夢想が顔を見せる。何度も繰り返されるsoul、魂という言葉はつねに彷徨うものとして現れる。
 しかしそれ以上に、アーチーが吐き出すように放つ言葉はどこまでも無防備でナイーヴで......彼が傷だらけの姿で立っているのがまざまざと見えてくるようだ。それはつまるところ、死の世界に逃げ込むのではなく、ボロボロになりながらもそれでも生きることを欲望しているからではないか。ブコウスキーが文章においては死を繰り返しモチーフとしながらも、最終的にその表現からは圧倒的に生を感じるように、キング・クルールの音楽からは人生の痛みを味わう覚悟が聞こえてくるようだ。スウィートな響きを持った"ネプチューン・エステート"が、あまりにも素晴らしい。ヒップホップでありポエトリー・リーディングでありソウルでありブルーズであり、そのどれでも言い表せない何かとして命を与えられたそのトラックは、いまここに沸き上がる愛を手放そうとしない。

もう一晩だけ耐えてくれない?
もう一晩だけ
きみと一緒にいたいんだ
"ネプチューン・エステート"

人生は、見かけ通り醜いが、あと三、四日生きるには値する。なんとかやれそうだと思わないか? チャールズ・ブコウスキー『空のような目』(青野聰 訳)より

木津 毅