Home > Columns > 10月のジャズ- Jazz in October 2025

Ruby Rushton
Legacy!
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テンダーロニアスことエド・コーソーン率いるルビー・ラシュトンは2010年代初頭より活動しているが、当初はジャズにヒップホップやビートダウンなどの要素も交え、生演奏にエレクトロニクスも融合したグループだった。当時はメンバーも流動的なところがあり、テンダーロニアスのアイデアを具現化するプロジェクト的な色彩が強かったのだが、アルバムやライヴを重ねるにつれてグループを精査していき、2019年の『Ironside』ではテンダーロニアス(フルート、サックス、パーカッションほか)以下、ニック・ウォルターズ(トランペット、パーカッション)、エイダン・シェパード(フェンダー・ローズ、ピアノ、シンセほか)、ティム・カーネギー(ドラムス)に固定され、ジャズ・バンドとしての姿を完成させた。楽曲もクラブ・サウンド的なアプローチは後退し、より純粋なジャズ・ファンク、モーダル・ジャズ、スピリチュアル・ジャズなどの即興的な演奏が強まっていった。その後、グループとしてシングルやEPのリリースはあったが、テンダーロニアスとしての数々のプロジェクトが忙しかったり、ニック・ウォルターズもパラドックス・アンサンブルやソロ活動があったりで、ルビー・ラシュトンとしてのアルバムはしばらくお預けとなっていた。そうして6年の歳月が経過したが、ここにようやくニュー・アルバム『Legacy!』が完成した。
ファースト・アルバムの『Two For Joy』のレコーディングから14年が経過した2025年初頭、英国ケント州にあるスタジオで4日間に渡って集中的にレコーディングされた。オーヴァーダビングを排した一発録音を基本とするルビー・ラシュトンだが、今回はテンダーロニアスとエイダン・シェパードが作曲した楽曲をメンバーで演奏し、それらのライヴ・テイクの上にホーンとフルートのメロディを重ね、最終的にテンダーロニアスによるスタジオ・ワークを交えて完成させている。“Charlie’s Way” は滑らかなエレピの上をピッコロが舞うムーディーな出だしから、6/8拍のアフロ風味のジャズ・サンバへと変化していく。“Walk to Regio’s” もモーダルな7/8拍のナンバーで、ルビー・ラシュトンにはこうした変拍子の作品が多い点が特徴的だ。“The Lighthouse” も3拍子のジャズ・ワルツで、エモーショナルなテナー・サックスもフィーチャーされたスピリチュアルなムードの作品。チップ・ウィッカムにも通じるタイプの作品でもあるが、1960年代後半から1970年代のヨーロッパに見られる硬質で洗練されたムードのジャズに近い。テンダーロニアスとチップ・ウィッカムには影響を受けたジャズ・ミュージシャンや作品に共通するところがあるのだろう。

Alfa Mist
Roulette
Sekito
2025年のアルファ・ミストは非常に精力的に活動していて、リチャード・スペイヴンとのユニットである44th Move(フォーティーフォース・ムーヴ)のアルバム『Anthem』を春にリリースし、そして秋には新作の『Roulette』をリリースした。彼は昨年弦楽四重奏のアミカ・カルテットと共演した『Recurring』というライヴ・アルバムをリリースしているが、スタジオ録音盤としては2023年の『Variables』以来の作品集となる。『Variables』は「無限の可能性」をテーマとしており、自身が興味を持つさまざまな音やアートを具現化したものとなっていた。それ以外にもメンタル・ヘルス、家族コミュニティ、議論文化、個人的な成長など内面や精神にかかわることが、これまでの彼の作品のテーマや手掛かりとなってきた。今回は「輪廻転生」がテーマになっていて、夢の世界と前世を繋ぐものが輪廻転生であり、近未来へと想像を巡らせる旅がアルバムの底辺に流れている。参加ミュージシャンは長年のコラボレーターであるカヤ・トーマス・ダイク(ベース、ヴォーカル)に、ジェイミー・リーミング(ギター)、ジョニー・ウッドハム(トランペット、フリューゲルホーン)、サミュエル・ラプリー(サックス、バス・クラリネット)、ペギー・ノートン(チェロ)など、『Variables』にも参加していた面々が中心となる。そのほかゲストでアメリカからラッパーのホームボーイ・サンドマンと、2000年代からクラブ・シーンを中心に活動するソウル・シンガーで、シネマティック・オーケストラにも参加してきたタウィアがフィーチャーされる。
テーマである「輪廻転生」を曲名とした “Reincarnation” は、ホームボーイ・サンドマンのラップをフィーチャー。楽曲自体は重厚なストリングスを用いた深みのある作品で、ホームボーイ・サンドマンの理知的なラップともうまくマッチしている。アルファ・ミストらしいジャズとヒップホップの融合で、彼がデビューの頃から一貫してやっているスタイルと言える。“All Time” はタウィアをフィーチャーし、ギターがダークでメランコリックな雰囲気を奏でる。こうした繊細でフォーキーな質感の楽曲もまたアルファ・ミストらしいもので、内省的なテーマの作品にぴったりである。“From East” はダビーでコズミックな質感のインスト曲で、エレピ、ドラムス、ギター、トランペット、サックスのインタープレイもディープで幻想的な世界を繰り広げる。ジョー・アーモン・ジョーンズなどと並び、いまのロンドンらしい現代ジャズと言えるだろう。

Matt Wilde
Find A Way
Hello World
マット・ワイルドはマンチェスター出身のキーボード奏者/プロデューサーで、2021年頃から作品リリースを続けている。DJ/ビートメイカーからキャリアを始め、J・ディラ、マッドリブ、ピート・ロックなどの影響を受け、J・ディラがマイルス・デイヴィスをサンプリングしていたことからジャズそのものにも興味を持つようになった。そのJ・ディラへのトリビュートである “Dilla Impressed Me” という作品もリリースしているが、トロンボーン奏者のロージー・タートンなどジャズ・ミュージシャンと共演し、単なるビートメイカーではないピアニストへと成長を遂げている。こうしたDJ/ビートメイカーからミュージシャンになった人はアルファ・ミスト、テンダーロニアスなどいろいろいるが、マット・ワイルドは edbl やアメリカのキーファーあたりに近いタイプのミュージシャンで、ヒップホップと親密な結びつきを持っている。ファースト・アルバムは2023年の『Hello World』で、ジョー・ラッキン(ドラムス)、オスカー・オグデン(ドラムス)、スタン・スコット(ベース)、ナッティ・リーヴズ(ギター)、アーロン・ウッド(トランペット)などさまざまなミュージシャンたちとコラボしている。ヒップホップのビートを咀嚼したリズム・セクションに、マット・ワイルドによるメロウなエレピやホーンなどのフレーズを差し込み、生演奏とプログラミングやサンプリングを極めて精巧に融和している。
新作の『Find a Way』はファースト・アルバムの名前をレーベル名にした自主レーベルからのリリース。今回は参加ミュージシャンを絞り、スタン・スコット、アーロン・ウッドと、一部オスカー・オグデンのドラムス・パターンを借用している。マット自身はキーボード演奏とドラム・プログラミングをおこない、複雑にプログラムされたドラムの上にピアノ、ベース、トランペットを重ねて全体構築している。『Hello World』をよりコンパクトにした形であるが、ヒップホップ色の濃かった前作よりサウンドの幅は広がっている。“It’s OK, Feel It” はブロークンビーツ的なビートで、ロニー・リストン・スミスやアジムスを想起させる1970年代フュージョンのエッセンスに包まれる。“Yellow Days” や “Everyday Words” もジャズ・ファンクとブロークンビーツをミックスしたような楽曲で、透明感に溢れたマットのピアノが印象的。“Windup” は変拍子によるミステリアスなムードで、ルビー・ラシュトンあたりに近い作品と言える。“Smile Today” はメロウなテイストの重厚なジャズ・ファンクだが、ビートの作り方など非常に凝ったものである。

Glass Museum
4N4LOG CITY
Sdban Ultra
グラス・ミュージアムはベルギーのブリュッセルを拠点とするユニットで、2016年にアントワーヌ・フリポ(ピアノ)、マルタン・グレゴワール(ドラムス)によって結成された。方向性としてはゴーゴー・ペンギンに近く、コンテンポラリー・ジャズにテクノなどエレクトリック・サウンドやクラブ・サウンドのアプローチをミックスしている。これまでアルバムは『Deux』(2018年)、『Reykjavik』(2020年)、『Reflet』(2022年)とリリースしていて、『Deux』では一部にトランペット奏者を加えた作品もあったが、基本的にふたりのコンビネーションで楽曲を作ってきた。そして、新作の『4N4LOG CITY』では新たにサポート・ベーシストのブリュー・アンジュノを加えたトリオとなっている(ただ、アルバム・レコーディング後に正式なベーシストとしてイッサム・ラベンが加入し、現在はこの3名でライヴなどを行っている模様)。ほかにサックスやシンガーも加え、いままでに比べてより多彩な表現が可能となった。また、スイスのドラマー/作曲家/プロデューサーであるアーサー・フナテックとのコラボから始まって “Gate 1” という楽曲も作るなど、外部との交流や広がりが見られるアルバムだ。
その “Gate 1” は電子音の反復によるミニマルな始まりから、パワフルなビートが前進していくテクノとジャズ・ファンクが融合したような楽曲。クラークとフランチェスコ・トリスターノが共演したようなイメージというか、グラス・ミュージアムとしてもこれまで以上にエレクトリック・サウンドに振り切ったサウンドである。“Rewind” はドラムンベース的なビートを持つナンバーで、途中で半分のテンポのジャズ・ファンクへと変わる。ゴーゴー・ペンギンに近いイメージのエレクトロニック・ジャズだ。“Call Me Names” は新進気鋭のヴォーカリストである JDs を起用しているが、彼の歌声はスペイセックを思わせるソウルフルなもの。そして、少しレゲエ・シンガー風のアクセントを持っていて、ナイトメアズ・オン・ワックスのような独特のスモーキーな風味を出すナンバーとなっている。いままでの路線のジャズ的なナンバーとは異なるが、グラス・ミュージアムの新しい魅力を引き出す作品となっている。
小川充/Mitsuru Ogawa