Home > Reviews > Album Reviews > These New Puritans- Crooked Wing
2025年現在において、ジーズ・ニュー・ピューリタンズが発表した5枚のアルバムの中で最も異なっているアルバムは2008年の最初のアルバム『Beat Pyramid』であるというのは確かなことのように思える。せき立てるような手数の多いドラムにジャキジャキとした輪郭を持ったギター、直線的なベースにシンセの鼓動、そう、エセックスの双子の兄弟ジャック・バーネットとジョージ・バーネットが友人たちと組んだバンドはザ・フォールの曲名から名前を取ったというエピソードが指し示すようにポスト・パンク・バンドだったのだ。いまの彼らの音楽のイメージと直接的に結びつくことはないかもしれないが、異彩を放つこの1stが素晴らしいアルバムだというのもまた間違いない。定期的に繰り返されるポスト・パンクのリヴァイヴァルの中で若き日の彼らは鋭くクールに気を吐いて世界を震わせた(その中のひとりにエディ・スリマンがいて、デビュー前の彼らの曲をショーに使用したというは有名な話だが、現在も彼がピューリタンズの写真を撮っているというのもまた象徴的なエピソードだろう)。
そこからもっと大胆にアート/ゴシック方向に舵を切り、管楽器とプログラミングを駆使した10年の2nd『Hidden』、暗く美しい不条理映画のサウンドトラックのような現代音楽の影響を感じる13年の3rd『Field of Reeds』、デカダンでゴシックな要素を強めた19年の4th『Inside the Rose』と進んでいくわけだが、しかし彼らのアート的なその嗜好は最初の時点からずっとそこに存在していた。輪郭のはっきりとしたギターとドラムのポスト・パンクのフォーマットの中で、数と色彩の魔術に取りつかれ “Numerology (a.k.a. Numbers)”や“Colours”のような曲を書くバンドはそうはいない。16世紀の占星術師ジョン・ディーをインスピレーションにした冷たいビートのポスト・パンクというのはある種不釣り合いですらあった。
しかしこの感覚が彼らを特別にする。そう、このいくつかの対立しかねない要素が混じり合い同時に存在する感覚こそがジーズ・ニュー・ピューリタンズの魅力なのだ。2025年の5枚目のアルバム『Crooked Wing』を聞いてその思いを改めて深めた。パイプ・オルガンにベル、ヴィブラフォン、管楽器にピアノ、フィールド・レコーディング、果ては聖歌を唄う合唱団の少年の声まで、神秘的で、それでいて退廃的な雰囲気に包まれたこのアルバムの音楽はまさにジーズ・ニュー・ピューリタンズの集大成だ。2ndと3rdをプロデュースしたグラハム・サットンを再び招き入れた本作はそれらのアルバムの狭間に存在する空間に潜り込む。栄華を極めた人類が消え去った廃虚の街の建造物の冷たさと、デジタルの表記に囲まれる前、草の匂いが香る19世紀の村の教会に通う人々の暮らしが隣り合わせに存在するような世界、それがひとつの景色として目の前に提示され、その中に潜む美を見出すような、これはそんな音楽なのだ。
ヴィブラフォンとピアノが織りなす星空の中に吸い込まれるような“Bells”は『Field Of Reeds』のその先にあり、冷徹なビートがはびこるインダストリアルな地獄の季節“A Season In Hell”に『Hidden』を、キャロライン・ポラチェックが参加した“Industrial Love Song”(あぁこの曲はなんと建設現場のクレーンの視点から書いたラヴ・ソングなのだという)の深い霧の中に潜っていくような感覚に『Inside the Rose』を思う。厳かな少年の声の“Waiting”にはじまり、同じメロディで最初に返ることが示唆される “Return”で締めくくられるアルバムの様相は「私はこれを二度言う」という謎めいた言葉に挟まれた最初のアルバム『Beat Pyramid』の円環構造そのものだ。聞けば聞くほどにこのアルバムにはジーズ・ニュー・ピューリタンズのこれまでの軌跡の全てが詰まっているように思えてくる。年を重ね、楽器のパレットが変わっても、ピューリタンズの内に秘めた美への探求心は変わることなく受け継がれているのだ。
そして明らかな変化もある。『Crooked Wing』でのジャック・バーネットの歌声は過去のどのアルバムよりも優しく、まるで幻想的な物語を子供に読み聞かせるように柔らかに響くのだ。厳かで神秘性を帯びた、デカダンなトラックの中でのそれはやはり不釣り合いのようにも思えるのだけど、しかしその声は溶け込むようにして流れ出す。あるいは逆にこの柔らかな歌声の外にこそ世界は広がっているのかもしれない(物語が言葉によって受け継がれてきたのと同様に)。これほどまでに緊張感のある音楽にもかかわらず、聞きやすくスゥと入ってくるのはこれがヴォーカルを中心にしたアルバムだからなのだろう。手招きをするように滑らかな糸を垂らすジャック・バーネットの声を頼りに深いところに潜っていくような、そんな感覚に包まれるのだ。
厳かで幻想的な景色が広がる。光と闇、自然物と人工物、過去と未来、それらが境目なく混在する地続きの世界、ありえない光景があるがままにさらされる。陶酔感と恍惚感に包まれた、ジーズ・ニュー・ピューリタンズがこれまで送り出した4枚のアルバムの全ての過程を経てたどり着いたようなこの音楽は彼らの集大成、記念碑的なアルバムなのかもしれない。しかしそれは同時にここから新たに始まるという気配が漂うものでもある。“Waiting”、“Return”、このピューリタンズの輪の中にいつまでも漂っていたいという思いに駆られる。
Casanova.S