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シカゴのジャズを紐解くと、1950年代にサン・ラーがアーケストラを旗揚げした町がシカゴだった。その後、サン・ラーやジョン・ギルモアらアーケストラのメンバーはニュー・ヨークに拠点を移してしまうが、同じくアーケストラの一員だったフィリップ・コーランはシカゴに残り、ムハル・リチャード・エイブラムスやスティーヴ・マッコールたちと1965年にAACM (Association for The Advancement of Creative Musicians)を設立する。ミュージシャンたちの自立や商業目的ではない自由で創造的な活動を支援するこの組織は、シカゴのフリー・ジャズの隆盛に大きく寄与し、その会員だったレスター・ボウイやロスコー・ミッチェルたちがアート・アンサンブル・オブ・シカゴを結成するなど、世界的にも影響力を広げていった。
そうした1960年代、1970年代のフリー・ジャズの時代を経て、1990年代にはシカゴ音響派と呼ばれるムーヴメントが起こった。トータスやジム・オルークなど主にポスト・ロック系のアーティストたちを総称したシカゴ音響派も、シカゴに根付くフリー・インプロヴィゼイションの伝統なくしては生まれなかったものだ。シカゴ・アンダーグラウンドのロブ・マズレク、トータスのジェフ・パーカーなどが即興演奏の新たな地平を切り開いていき、そして現在、マカヤ・マクレイヴンのような新しい世代が登場し、シカゴのジャズを盛り上げている。
2014年に設立され、マカヤ・マクレイヴン、ロブ・マズレク、ジェフ・パーカー(現在はロサンゼルスに移住しているが)らの作品をリリースしてきたのが〈インターナショナル・アンセム・レコーディング・カンパニー〉(以下、〈IARC〉)である。名前からしてAACMを意識したようなところもある〈IARC〉だが、マカヤ以外にもベン・ラマー・ガイ、イレヴァーシブル・エンタングルメンツ、レザヴォア、エンジェル・バット・ダウィッドなど次々と新しいアーティストたちを紹介している。
デイモン・ロックスもそんな〈IARC〉が送り出すひとりだ。デイモン・ロックスは既にさまざまなキャリアを積んできたシカゴ在住の作曲家/ミュージシャン/プロデューサーである。同時にヴィジュアル・アーティストとしても活動していて、サン・ラーの未発表録音を用いたサウンド・アニメーションを制作したこともある。そもそもは1988年に結成されたトレンチマウスというポストパンク・バンドのヴォーカリストとして活動をはじめ、90年代もトレンチマウスやカウントダウン・トゥ・カオスというパンク・バンドで活動する一方、スーパーE.S.P.というユニットでジャングルやエレクトロをやっていたこともある。
トレンチマウス解散後はジ・エターナルズというポスト・ロック~ダブ系の前衛バンドを組むが、ここには一時期トータスのジョン・ハーンドンも在籍していて、ジェフ・パーカーやジョン・マッケンタイアなども作品に参加したことがある。ジ・エターナルズでデイモンはヴォーカルやキーボード、シンセやエフェクトなどのエレクトロニクスを担当するのだが、同時にアルバム・ジャケットのアートワークも手掛けるようになり、現在に至る総合的なアート・パフォーマーの下地が培われていった。
次第にフリー・ジャズや即興演奏色を強めていったジ・エターナルズだが、2018年にデイモンはブラック・モニュメンタル・アンサンブル(BME)という新しいバンドを結成し、〈IARC〉より『ホエア・フューチャー・アンフォールズ』(2019年)というアルバムをリリースする。〈IARC〉ではマカヤ・マクレイヴンの『ユニヴァーサル・ビーイングス』(2018年)のジャケットを手掛けたり、ロブ・マズレクとエクスプローディング・スター・オーケストラの『ディメンショナル・スターダスト』(2018年)ではヴォーカル参加するなどしており、そうして近年いろいろ深めてきた関係から『ホエア・フューチャー・アンフォールズ』をリリースするに至った。
BMEの主要メンバーはシカゴ・ジャズ・アンサンブルというビッグ・バンドで活動し、コンテンポラリー・ジャズからフリー~アヴァンギャルド系と幅広くセッションをおこなうドラマーのダナ・ホール、〈IARC〉から自身のソロ・アルバムもリリースする作曲家/クラリネット奏者のエンジェル・バット・ダウィッドで、デイモンはヴォーカルとエレクトロニクス全般を担当。ほかにシンガーやダンサー、パーカッション奏者などが加わった総勢18名で、2018年にシカゴのガーフィールド公園で開催されたレッド・ブル・ミュージック・フェスティヴァルでのデビュー・ステージの模様が『ホエア・フューチャー・アンフォールズ』に収められている。
ジャズ、ゴスペル、アフロ、ヒップホップ、ポストパンク、ポエトリー・リーディングなどが混じり合い、公民権運動の活動家たちのスピーチがコラージュされていく内容で、ジャケットのアートワークを含めてアフロ・フューチャリズムを色濃く反映させたものだった。彼らの活動はニューヨーク・タイムズにも取り上げられるなど話題を呼ぶが、『ホエア・フューチャー・アンフォールズ』のリリースから約2年ぶりとなる新作が『ナウ』である。
今回のBMEのレコーディングにはダナ・ホールやエンジェル・バット・ダウィッドのほか、コルネット奏者のベン・ラマー・ガイも参加している。彼はAACM出身で、ボトル・ツリーというトリオを結成して〈IARC〉からアルバムをリリースし、また自身のソロ作も〈IARC〉から発表している。レコーディングは2020年の夏の終わりにおこなわれたが、ちょうどCOVID-19のパンデミックによって社会不安が広がり、人種差別問題も激化していく街中では暴動や略奪騒ぎも起こっていた。そうした混乱や危機に直面する世界のいまを見据えて『ナウ』はレコーディングされた。
クラリネットによるノスタルジックなメロディや南国風の打楽器に乗って、女性コーラスが神秘的な歌を紡ぐ “ナウ(フォーエヴァー・モーメンタリー・スペース)” は、サン・ラー・アーケストラやフィリップ・コーランのアーティスティック・ヘリテッジ・アンサンブル(後のアース・ウィンド&ファイアのメンバーも在籍した)に近いイメージだ。ミュージック・ヴィデオでのヴィジュアルや歌に込められたメッセージ性も含め、サン・ラーやフィリップ・コーランが志向したアフロ・フューチャリズムの影響が伺える楽曲である。
“ザ・ピープル・VS・ザ・レスト・オブ・アス” はサウンド・コラージュ的な作品で、アフロ・キューバン調のビッグ・バンド・ジャズにヒップホップ的なビートやブラック・プロイテーション映画のサントラなどがサンプリングされる。シンプルなメッセージ性を持つ “キープ・ユア・マインド・フリー” は、アフロ風味のディープ・ハウス的なビートに乗せてベン・ラマー・ガイのコルネット・ソロやゴスペル調のヴォーカルがフィーチャーされていく。セオ・パリッシュやムーディーマンのジャズ版とでもいうような楽曲だ。
“バーバラ・ジョーンズ・ホグ・アンド・エリザベス・キャトレット・ディスカス・リベレイション” は、シカゴ出身でオーガニゼイション・オブ・ブラック・アメリカという組織で活動した画家のバーバラ・ジョーンズ・ホグと、メキシコ系アメリカ人の彫刻家/グラフィック・アーティストで、サン・ラー・アーケストラのドラマーだったフランシスコ・モラ・キャトレットの妻でもあるエリザベス・キャトレットによる解放をテーマにした討論が題材となっている。ふたりは公民権運動ともかかわりを持ち、エリザベスはキング牧師やマルコムXらの肖像も手掛け、バーバラ・ジョーンズはブラック・パワーを全面に出した作風で知られる。デイモンのアートワークはバーバラ・ジョーンズの影響が色濃く出ており、この楽曲も彼女たちの精神を受け継いでいることの証である。
ティ・ハンフリーズという思想家/教育者による過去、現在、未来という時間や空間をテーマにしたスピーチがサンプリングされた “ザ・ボディ・イズ・エレクトリック” は、アフロ・カリビアン調の土着的なリズムにエンジェル・バット・ダウィッドのエキゾティックなクラリネットや、祈祷のような女性コーラスがフィーチャーされていく。途中からダンサブルな展開となり、ダンサーも交えた総合芸術を志向するBMEならではの楽曲であり、COVID-19や人種差別に対する人類を鼓舞するようなパワーを持つ曲だ。
小川充