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2018年はロンドン、とりわけ南ロンドン周辺のジャズ・シーンにおいてエポック・メイキングな一年となりそうだ。コンピの『ウィー・アウト・ヒア』を皮切りに、サンズ・オブ・ケメット、アシュレイ・ヘンリー、ヌビア・ガルシア、オスカー・ジェローム、イル・コンシダードなどの素晴らしいアルバムやEPが登場している。テンダーロニアスが主宰する東ロンドンを拠点とする〈22a〉の動きも活発だし、カマール・ウィリアムスのアルバムなどこれからリリースを控えた話題作も待っている。トム・ミッシュ、ユナイティング・オブ・オポジッツ、ブルー・ラブ・ビーツなど、それらジャズ・ミュージシャンも関与している作品は多い。こうしたロンドンの新しいジャズ・ミュージシャンたちの動きが見え始めたのは今から5年ほど前からだが、2016年あたりからUKのメディアでも頻繁に取り上げられるようになり、そうした動きが今年になって一気に爆発している状況だ。そして、そんな盛り上がりの決定打となりそうな作品が、ジョー・アーモン・ジョーンズの『スターティング・トゥデイ』である。
ジョー・アーモン・ジョーンズは1993年生まれのピアニスト/キーボード奏者及び作曲家で、既にエズラ・コレクティヴのメンバーとしても知られる存在だ。ミュージシャンだった両親の影響でクラシックやジャズの教育を受け、最初の頃はチック・コリアの曲などを練習していた。高校卒業後にオックスフォードからロンドンに出てきて、音楽大学で専門的に学ぶと共にジャズ・ミュージシャン育成機関のトゥモローズ・ウォリアーズに出入りし、そこで知り合った仲間と2013年頃に5人組バンドのエズラ・コレクティヴを結成する。エズラ・コレクティヴはジャズ、ジャズ・ファンク、アフロ・ビートをミックスした演奏を行ない、ファラオ・モンチのヨーロッパ・ツアーの演奏を務めたことで名を上げ、『チャプター7』(2016年)、『ファン・パブロ:ザ・フィロソファー(哲学者)』(2017年)という2枚のEPをリリースしている。『ファン・パブロ』に収録されたサン・ラーの“スペース・イズ・ザ・プレイス”のカヴァーなど、クラブ・ジャズ的なアプローチを見せるバンドであり、それはジョーはじめメンバーがジャズと同じようにヒップホップやクラブ・ミュージック、アフロやレゲエ/ダブにも接してきており、それらの融合から自然と出てきたものである。また、クラブなどのサウンドシステムの重要性も理解し、ロンドンのストリート・ミュージックを体現するような存在でもある。
エズラ・コレクティヴでの活動の一方、ジョーはビートメイカーでベーシストのマックスウェル・オーウィンと共同で『イディオム』(2017年)を発表する。こちらはジャズとディープ・ハウスやブロークンビーツのフュージョン的なEPで、ジョーの近所に住むヌビア・ガルシアや、ジョーとは学校時代からの友人であるオスカー・ジェロームらが参加している。マックスウェルはジョーのルームメイトでもあり、彼からエレクトロニック・ミュージックについていろいろと影響を受け、それが反映された作品と言えるだろう。そして、『ウィー・アウト・ヒア』にもエズラ・コレクティヴと自身のソロ名義でそれぞれ作品提供を行い、満を持してリリースしたソロ・デビュー・アルバムが『スターティング・トゥデイ』である。もっとも、『スターティング・トゥデイ』の録音時期は2017年の1月で、『ウィー・アウト・ヒア』などのセッションよりも前のものとなる。
『スターティング・トゥデイ』には現在の南ロンドンの最高のミュージシャンが集まっている。ヌビア・ガルシア、オスカー・ジェローム、マックスウェル・オーウィンという『イディオム』の録音メンバーに加え、ジョー同様にいまもっともソロ・アルバムが待ち望まれるモーゼス・ボイド、モーゼスとツイン・ドラムを形成するクエイク・ベース、エズラ・コレクティヴのトランペット奏者のディラン・ジョーンズ、同サックス奏者のジェイムズ・モリソン、ブルー・ラブ・ビーツのデヴィッド・ムラクポル、オスカーと共にアフロビート・バンドのココロコで演奏するベーシストのムタレ・チャシらも参加。女性シンガー・ソングライターのエゴ・エラ・メイ、ラスタファリ系ポエトリー・シンガーのラス・アシェバーらもフィーチャーされる。そして、ミックスを手掛けるのはガリアーノや2バンクス・オブ4などの活動で知られるディル・ハリス。アシッド・ジャズ時代より活動するベテランだが、最近はキング・クルールの作品にエンジニアとして関わり、サンズ・オブ・ケメットの『ユア・クイーン・イズ・ア・レプタイル』では共同プロデュースも行なうなどキーマンである。また、ジョーはインタヴューでカイディ・テイタムからの影響も述べているのだが、そうした先人から音楽や経験がしっかりと受け継がれていることがディルの参加でも見て取れる。
収録作品はエズラ・コレクティヴのEPや『イディオム』に比べてずっとバラエティに富み、いろいろな音楽や人種が交錯するロンドンらしい折衷的で雑食的なものだ。ジャズ、アフロ、レゲエ、ダブ、ソウル、ファンク、ハウス、テクノ、ヒップホップ、ブロークンビーツなど、ジェロームが吸収した様々な音楽のエッセンスが詰まっている。セオ・パリッシュの“フットワーク”にインスパイアされて作ったタイトル曲の“スターティング・トゥデイ”は、ディープにジワジワと展開していく中から一気に爆発していく疾走感が素晴らしいジャズ・ファンク。ロニー・リストン・スミスの“エクスパンションズ”に比類するようなアフロ・スピリチュアリズム、コズミック・ジャズ感覚を備えているのだが、スタジオでメンバーが揃って同時に演奏し、何回かテイクを重ねる中、最後の演奏にラス・アシェバーが加わったテイクが採用されたそうだ。緊張感やテンションはこうした一発録音の生演奏でしか出せないものであり、それがジャズの醍醐味であることを再認識させられる。“オールモスト・ウェント・トゥー・ファー”は最近のサンダーキャットにも通じるソウルフルなAOR調のナンバー。ジョーもサンダーキャットからいろいろと影響を受けていることを述べているのだが、彼と同様に自身でもヴォーカルをとっている。
ブロークンビーツ・フュージョンとでも言うべき“ラギファイ”でのウーリッツァーの音色には、ロニー・リストン・スミスからロバート・グラスパーまでを彷彿とさせる要素が見えるのだが、この曲はキング・クルールの楽曲にも関わるラギファイにインスパイアされた曲。ジョーが好きなプロデューサーのひとりで、実際にレコーディングのときもスタジオに遊びに来ていたそうだ。そうして聴いてみると、ここでのラップもどこかキング・クルールにオーバーラップするところがある。ジョーがアルバムで演奏する鍵盤はほとんどウーリッツァーで、このレトロだがソウルフルな温もりを持つ楽器は楽曲の色彩に大いに役立っている。その顕著な例のひとつがダブの要素の色濃い“モリソン・ダブ”で、ダブ特有のマイルドな浮遊感にうまくマッチしている。この曲はジェムズ・モリソンにちなんだ曲のようで、彼のテナー・サックスの奏でる哀愁感もダブの雰囲気にはピッタリだ。“ロンドンズ・フェイス”は不均衡にズレた奇妙なビートを持つのだが、スタジオでのセッション中にクエイク・ベースがモロッコのグワナのリズムを遊びで演奏してみたところ、それが面白くて取り入れたそうだ。オスカー・ジェロームがギターとヴォーカルで参加しており、中間ではサン・ラーのように深遠で混沌とした展開が待っている。この曲に象徴されるように、作曲者はジョーだが、演奏には参加したミュージシャンの個性やアイデアが生かされており、ジョー個人の音楽性と言うよりも、現在の南ロンドンのシーンを代弁するものとなっている。いろいろな音楽を柔軟に、貪欲に取り入れ、面白いと思うことをどんどんやっていく、そんな実験的なコラボが日夜繰り広げられているのが南ロンドンのジャズ・シーンなのである。
小川充