Home > Interviews > interview with Meitei - 温泉をテーマにアンビエントをつくる
「失われた日本」を看板に作品をつくりつづけてきた人気電子音楽家が、新たなシリーズ「失日本百景」をスタートさせた。その第1弾となるニュー・アルバム『泉涌(センニュウ)』のテーマは「温泉」。いったい今回はどんなコンセプトがあったのだろう。
冥丁の新作『泉涌(センニュウ)』がすこぶるいい。
これまで『古風』シリーズなどをとおし、サウンド的にもイメージ的にも過去の日本を喚起してきた彼のニュー・アルバムは、相変わらず日本を題材にしている。けれども今回は、少なくともサウンド面ではわかりやすく「和」のイメージが濫用されたり前面に押しだされたりしているわけではない。現実に存在する別府のいくつかの温泉──という具体的なものがテーマとなったからだろうか。強く印象に残るのはやはり、水(湯)の音……新作はダイレクトに耳を楽しませてくれる豊かな音響工作をもつ一方で、いまにも霧(湯気?)の彼方へと消え去ってしまいそうな、はかなげな感覚も同時にそなえている。フィールド・レコーディングやサンプリングを駆使して丁寧に練り上げられた音の数々からは、たしかに冥丁が新たな道へと踏み出したことが伝わってくる。「これまでの冥丁が、日本というものの主題歌をつくっていたとしたら、今回は日本の劇伴をつくった」とは本人の弁だが、もしかしたらその「劇伴」というあり方が今後、新シリーズ「失日本百景」の核のようなものになっていくのかもしれない。
ポイントはもうひとつある。これまで冥丁の音楽はしばしばアンビエントないし環境音楽としてとらえられることもあった。じっさいは日本版ボーズ・オブ・カナダというか、むしろエレクトロニカの文脈で整理したほうが齟齬が少なかったような気もするし、華やかな “花魁I” に顕著なように、その音楽には騒々しい側面だってあったわけで(ちなみに冥丁のライヴはかなりノイジーでラウドだ)、本人としては歯がゆい思いを抱いてきたにちがいない。
そんな彼が今回、「初めて自分でもアンビエントや環境音楽と呼べるものをつくったと思います」と言っている。つまり『泉涌』では冥丁の考えるアンビエント/環境音楽が具現化されているわけだ。その様相をぜひ、自分の耳で確認してみてほしい。
今回は完全にそうですね。初めて自分でもアンビエントや環境音楽と呼べるものをつくったと思います。
■新作はずばり温泉がテーマですが、そもそもどういうところから今回の作品ははじまったんですか?
冥丁:大分の別府に竹瓦温泉という有名な温泉があるんですが、去年の夏ツアーをしたときに、そこの二階を使用させていただいたんですね。ものすごく暑い環境でのライヴだったんですが、そのときの主催者が深川謙蔵さんという方で。彼がぼくの音楽をとても気に入ってくださったんです。それで、今後もなにか冥丁さんといっしょにやりたいです、というお話をいただいたので、ぜひ、と。ちょうどその秋、別府市制100周年記念の事業がありまして、その一環としてその温泉の音楽を1曲つくってほしい、というオファーでした。それでまた去年の11月に別府に滞在することになったんですが、そのときは山田別荘という築100年以上の別府北浜の名旅館に泊まることになって、制作がはじまって……という経緯です。
■当初は1曲のみだったんですね。
冥丁:はい。せっかく行くんだから収音エンジニアの方にもお声がけしました(いつも九州での公演でお世話になっている Herbay の音響技師、岩崎さん)。いろんな音をとったほうがいいだろうと考えて。それで、ちょっとお手伝いというか、今回は自分ひとりで全部やったわけではなくて、写真家の方と収音エンジニアの方とプロデューサーの方、ぼくを入れて計4人で行くことになりました。これ、見えますかね?(と画面越しに写真集を見せる)
■見えます見えます、温泉の写真集ですか?
冥丁:今回、音源だけでなく写真集もリリースするんです。別府での今作の制作過程を記録した内容で。
■写真集までつくろうと思ったのはなぜですか?
冥丁:謙蔵さんはいろいろ活躍されている方で、AKANEKO というチームを組織して、別府でフェスを企画されたりもしているんです。そのチームのなかにカメラマン、動画撮影ができる方もいらっしゃって。ぼくが滞在して制作するにあたって、そのいろんな過程を記録に残しておきたい、という話になったんです。それで常時ぼくの近くにカメラマンの方がいる感じだったんですが、岡本裕志さんという写真家の方もそのチームにはいて。どんな写真が撮れているのかのぞいてみたら、めちゃくちゃよかったんです。そしたら謙蔵さんも「写真集出すのもいいですね」とおっしゃって。もうこれはレーベルのひとともきちんと話して、写真集の話を進めようと。ちなみに動画のほうもいま準備している段階です。
■その深川謙蔵さんという方は、冥丁さんにお声がけするくらいですから、やはり音楽であったりカルチャーに造詣が深い方なんですよね。
冥丁:そうですね。飲食店を経営しつつ、先ほどの AKANEKO を率いてイベントをやったり。もちろん音楽は大好きで。彼のバー(TANNEL)に行くと、個性的な音響システムがあって。みんなでレコードを聴きながら乾杯している風景がよく見られる場所ですね。別府って地方都市の田舎の町ではあるんですけど、いろんな場所から訪れる方や移住者の方も多くて、大学もあるから若者もいますし、すごくエネルギーが高くて、音楽とかにも敏感なひとが途切れない印象でしたね。ユニークなお店、ユニークなひとが多くて。
これまでの冥丁が、日本というものの主題歌(テーマ・ソング)をつくっていたとしたら、今回は日本の劇伴をつくったような、そんなちがいだと思いました。
■新作は、これまで以上に水の音が印象に残りました。温泉ですので当たり前と言えば当たり前なんですが。
冥丁:これまでも水の音はたくさん使っていたんですが、今回音楽制作に入ったとき、温泉が目の前にある風景ばかり見ていましたので、やはりその音っていうのは強く印象に残っていますね。山田別荘には内湯(うちゆ)の温泉があるんです。そこが非常にいいところで、古い温泉ですから、旅館自体も経年変化した特有の味があって、写真集にも載せているんですが、とくに夜がすごいんです。お風呂の底が真っ黒で、なんといえばいいのか、あの世に行くかのような、闇のなかに落ちていくかのような感じがするんですよ。深夜二時くらいに入ったことがあって、ぼく以外だれも入浴していなくて、もうなんてすごい空間なんだろうと思って。そのとき、お湯が浴槽から外にあふれ出て、ちょろちょろと鳴っていて。その音がめちゃくちゃよくて。すごく肉感があるというか、ASMR的ともいえるんですが、それを活かして音楽をつくることができないか、と。今回、アルバムの最後からひとつ手前に、お湯の音しか使っていない、1分くらいの曲があります(“泉涌 - お湯”)。もうただお湯の音が鳴っていれば十分なのではないかと、そう思わせるくらいその温泉での体験が大きかった。だから今回、水の音を邪魔しないように作曲でも心がけました。
温泉音楽というか、じっさいに温泉に浸ったときに感じられるような気配や空気を表現するというか……温泉をエンターテインメントとして表現するのではなく、温泉に入って体感しているときの角度から見た音楽というか。だから、温泉の高さに合わせてつくっているので、ふつうの音楽より低い位置にあるような音楽になっているのではないかと、自分では思っています。
■温泉は1か所のみではなく、複数行かれたんですよね?
冥丁:そうです、いくつか。8か所か9か所くらいですね。録音目的で行ったのは4、5か所です。
■温泉によって音にも個性というか、ちがいがあるんですか?
冥丁:これはね、すごくおもしろいことで、まったくちがうんです。ぼくが公演をやったのは竹瓦温泉の二階なんですが、一階にも歴史的な温泉があって。そのなかにスピーカーをもっていって、温泉に入りながらできあがったばかりの曲を聴いてもらうっていう企画をやったんです。おなじことを別府市内の竹瓦温泉以外の温泉でもやって。やっぱり温泉によってリヴァーブの鳴りがちがいますよね。この温泉だとこう聞こえる、あの温泉だとこう聞こえるっている。コンサートホールの響きともまるで異なる響きで。そこで知って学んだ響きを、ミキシングの段階でもかなり活かしたつもりです。
■じっさいの温泉でこのアルバムの音を鳴らしたら、もともとそこで鳴っている音と干渉したりしないんでしょうか?
冥丁:します、します。反響して、いろんな角度に音が飛んでいって、それが湯けむりに包まれているような感覚になるんです。
■なるほど。今回はかつてない状況での録音、制作だったわけですが、いちばん苦労した点はなんでしたか?
冥丁:もう睡眠時間ですね。毎日1、2時間しかなかったので。なぜそうなってしまったかというと、ぼくは一応の肩書としては「音楽家」「作曲家」ということになるんだと思うんですけど、当人としては「ディレクター」のほうが合っていると思っているんです。今回の企画も、写真家の方がいて、フィールド・レコーディングをする方がいて、場所を押さえてくれる方がいて。ぼくはそこでみんなを巻きこんでいく役割のほうがおもしろいんじゃないかということに気づいたんです。音楽をつくりながら、被写体でもあり監督でもあるというか。だから今回は、たんに曲をつくって帰るのではなく、ひとつ世界をつくって帰る感じで。それで、現場でつねに「あれをこうして」って指示しながら、手探りで、試行錯誤して世界をつくっていった。1週間という限られた時間しかなかったので、そういうことを朝の5時から夜の2時までやっていたんです。
■それは大変でしたね。帰ってからの、ポスト・プロダクションの過程はどうでしたか?
冥丁:曲の大まかなラインはできていましたので、あとはつくりこんでいく段階ですが、音がくっきりしすぎていると、温泉のなかにいるのではなく、温泉を観ながら描いた絵、スケッチのような感じになってしまって。リアリティを出そうと思ったときに、逆に音をぼやけさせるようにしました。だからマスタリング・エンジニアの方(ステファン・マシュー)には位相がズレすぎていると指摘されましたね。これはレコードにできないかもしれない、って。それでまた調整したりしたんですが、やっぱり位相がズレていないと、あの別府の温泉の雰囲気にはならないんです。それで、ぼやかしながらもちゃんと聴ける音楽にする、ということはすごく心がけましたね。
■なるほど。
冥丁:温泉というのは鉱脈的で、マグマからの水蒸気や水分が地上に噴出している状態にあります。そして、泉源からはつねに高温の熱風、シューッという音の蒸気が吹き出しています。これは『泉涌』のB面で聴いていただけますが、とくに “四湯” ではマグマの音のように、地中から湧いているエネルギー、90度を超える熱をもった音を素材として生かしています。ちょうどぼくがそこを訪問した日は大雨だったので、そのような印象も楽曲にあらわれているかと思います。
ちなみにアルバムを再生して最初に聞こえてくる音は、じつは水琴窟です。そういう鉱脈的なものの響きを表現するのになにがいいか探ったときに、人工的な穴から聞こえてくる水琴窟の音もまた、じぶんのなかでつじつまが合ったんです。たぶんもはや水琴窟には聞こえないと思うんですが。
そういうふうに、温泉がもつ「館や家屋」としての視覚的な趣や風情の部分から、さらには地脈を辿るところまで、国産素材の自然や大地の動きも『泉涌』では表現しています。こういう「自然物や存在の日本的歴史」は音楽と関係がない印象を受けるかもしれませんが、冥丁にとってはこれも「失日本」で、だからこれは「失日本百景」として公にすべきところだと思った次第です。
「どう音楽がつくられていくべきなのか」ということを作者自身が考えながらディレクションしていくことが必要というか、『泉涌』はそういうことが打ち出せた企画かなと思います。
■冥丁さんの音楽は「アンビエント」とくくられることもあって、ご本人としてはそれに抵抗もあったと思うんですが、今回はストレートにアンビエントと呼んでもいいサウンドに仕上がっているように感じました。もしくは環境音楽というか。
冥丁:いやもう、今回は完全にそうですね。初めて自分でもアンビエントや環境音楽と呼べるものをつくったと思います。ほんとうにそこにいたからこそできた、温泉という環境ありきの音楽で。今回、タイトルの『泉涌(センニュウ)』にはサブタイトルがあります。「失日本百景」というサブタイトルです。日本の憧憬ですね。日本の景色とか景観とか。そういったものを音楽にしていくには、日本の環境をもとにつくっていくというのは必然でした。今回はまさにアンビエント・ミュージックです。ただ、いわゆるアンビエントのジャンルやシーンに貢献するようなアンビエント・ミュージックではありません。音楽シーンとは無縁な状態で、別府の環境や自然、そして街の温泉の利用者が長年積み重ねてきた風情から今回の音楽は生まれました。ですのでシーンとは接点がないですが、ぼく自身は音楽リスナーでもあるので、作曲にそういった経験則が残っているとは思います。
ちなみにやはりこれまでの作品、『古風』などもアンビエントではないと自分では思っています。なぜかわからないんですが、ぼくの音楽を聴いて「癒される」って感想をもたれる方が多くて。「奇妙な」とか「ちょっと不穏な」みたいな感想だったらぼくもわかるんですが、自分としては癒そうとしたことは一度もなくて。
■これまで二度ライヴを拝見しましたが、とにかくノイズが強烈ですよね。そうじゃないセットのときもあるんだとは思いますが、冥丁さんの音楽はむしろノイズ・ミュージックと並べられるほうがふさわしいんじゃないかと、少なくともライヴではそういう印象です。
冥丁:ライヴではけっこうラウドな音楽をやっていますね。あまりそういう部分が知られていないのかもしれません。
■「失日本百景」も「失日本」ではあるわけですよね。ですが今回の新作は、これまでの作品ほどわかりやすく日本っぽさは出ていないように感じました。
冥丁:これまでの冥丁が、日本というものの主題歌(テーマ・ソング)をつくっていたとしたら、今回は日本の劇伴をつくったような、そんなちがいだと思いました。主題性があるものと、物語(環境)を劇伴するものとでは、きっと音楽の出力の種類も異なるのかもしれません。それに今回は、別府という場所に滞在したからこそ生まれた、地産地消的な音楽作品にもなっています。
■「失日本百景」ということで新章がはじまったわけですが、ということはすでに今後のアイディアや予定もあったり?
冥丁:「失日本」自体が、自分の日本にたいする印象の模索というか。これまではそれを音に訳すイメージでしたけど、今回は別府の温泉という明確な対象がいて、その印象を音に訳している。そこは音として出力されたときにけっこうちがいがあるのかなと思いました。「失日本百景」はそういう、特定の場所、その環境に行って、それを音楽にしようというテーマですので、今回のように集音する方、写真家の方、地元でのさまざまな経験や出会いの機会をアレンジできるプロデューサーの方もいっしょに、そういうのをセットでつづけていけたら、と現段階では想像しています。今回の『泉涌』は予算も限られていたなかでの企画でしたが、年々異なるアイディアで新たな音楽企画へと成長させていく計画も進めています。音楽の力を借りて、日本にたいしてどんなアプローチができるかを年々追及していくような活動をしていきたいと思っています。秋にはまた新たに成長したおもしろいことをやる予定です。
■たしかに特定の場所があるというのは、大きなちがいかもしれませんね。
冥丁:日本のなにかの印象を音でつくってくれと言われたときに、これまでだと自分のなかで完結している気がするんですが、今回はやはり温泉に入ったときの感じを再現することが重要でしたので。
■これまでの「失日本」が過去をテーマにしていたとしたら、今回は現在がテーマともいえるかなとも思いました。
冥丁:ある意味そうですね。『古風』編は、じっさいに過去の音源も使っていますし、わかりやすく「過去」という感じですけど、今回はほとんどが環境音で構成されているので、これまでぼくがやってきた音楽とはちょっとちがってきているとは思います。日本の「幽か」な感じ、幽玄さであったり、日本人がもっているような「わびさび」の感覚を、今回は冥丁作品のなかに新たなヴァリエーションの一種として組み込みに行った気持ちではいます。
現代は、ふつうに音楽をつくること自体はだれでもできる時代ですよね。そうなってくると、「どう音楽がつくられていくべきなのか」ということを作者自身が考えながらディレクションしていくことが必要というか、『泉涌』はそういうことが打ち出せた企画かなと思います。
■最後に、今後のご予定を教えてください。
冥丁:8月の13日に代官山蔦屋でトークショウをやります。その翌日、14日には京都の「しばし」というお店で、昼と夜の二部制でイベントをやります。インスタグラムをチェックしていただけると嬉しいです。それと、『泉涌』は写真集があるのもポイントですので、ぜひ写真集もチェックしてもらえると嬉しいです。

冥丁『泉涌』発売記念イベント情報
【東京】冥丁『泉涌』アルバム&写真集 発売記念トークショー&サイン会
■開催日時:2025年8月13日(水) 19:00~
■会場 : 代官山 蔦屋書店 3号館2階 SHARE LOUNGE
■イベント参加券:2,200円(*商品とのセット券もございます。)
■イベント・参加券購入詳細
https://store.tsite.jp/daikanyama/event/music/48659-2208420718.html
【京都】冥丁 新作発売記念鑑賞会
■開催日:2025年8月14日(木)
■時間(昼夜2部制):
明: OPEN 15:00 / START 15:30
暗: OPEN 18:30 / START 10:00
■会場:しばし
■チケット: 2000円
■詳細・チケット販売
※ 追加席(若干数)を8/9(土)正午よりPeatixにて販売
https://meiteievent.peatix.com/
出演情報
8/16(土)Mural Groove Fiction @代官山ORD
https://t.livepocket.jp/e/g4aq5
取材:小林拓音 written by Takune Kobayashi(2025年8月08日)