Home > Interviews > interview with Sonoko Inoue - ブルーグラスであれば何でも好き
落ちこぼれの馬鹿馬鹿しくも切ない暮らし
忘れられない覚えられない
落ちこぼれの馬鹿馬鹿しくも愉しい暮らし
忘れられない でも覚えられない
くだらないったら ありゃしない
(“ありゃしない”)
アコースティック・ギターを抱えて生活について歌うことはフォークのひとつの型であり、井上園子はその伝統を現代の日本において受け継いでいるシンガーソングライターだ。ブルーグラスやカントリーに影響を受けたその音楽性は、ギターを始めてそれほど長くないというのが意外に思えるほどすでに滋味深さを獲得しているが、しかし、歌われる風景自体は必ずしも穏やかなものばかりではない。日本の都市の片隅で見落とされている「落ちこぼれの暮らし」にあるわびしさ、悔しさ、みじめさ……そんなものが率直に描かれている。
弾き語りの一発録りで制作されたデビュー作『ほころび』は、アコギ1本でおこなうことが多い現在のライヴ活動のありのままを反映したものだという。ときにラフさを隠さない演奏が心地よさだけではない緊張感を呼び、飄々とした歌声は不意に痛切さをこぼしてみせる。その緩急の妙味を体験できる一枚だ。
それは言葉においても同様で、日々の生活におけるささやかな喜びや切なさが綴られる一方で、生々しく獰猛な感情が姿を現すこともある。孤独の情景がたんたんと語られる“三、四分のうた”、劣等感がにじむ“ありゃしない”、うら寂しい瞬間を切り取った“漫画のように”。それに、ユーモアや毒もある。「綺麗な服着たおやじども」に悪態をつく“きれいなおじさん”の率直な怒りに、痛快さを覚えるリスナーも多いだろう。
それでも、一般的な常識から外れた美学を持って生きる人びとに敬意を捧げる“カウボウイの口癖”がそうであるように、『ほころび』では小さな人間同士の交感もまた、たしかに歌われている。何もかもが慌ただしい現代において、ほころびを悪いものではなく、慈しむものとして捉える感性をフォーク/カントリーの伝統から自然と吸収した歌なのだ。
マイペースな活動を続ける井上園子に話を聞いた。「私は私をうたうだけ」とデビュー作で宣言している彼女は、これからもそうすることだろう。
ブルーグラスであれば何でも好きなんですけど、たとえばディラーズなんかは探れば探るほど面白いですね。
■デビュー・アルバムをリリースした心境はいかがですか。
井上園子:あまり変わらないです。
■プレッシャーも感じずに。
井上:そうですね。本当はもっと感じたほうがいいのかもしれないですけど、いつもと変わらない穏やかな日々を過ごしています。
■ではバックグラウンドからお聞きしたいのですが、子どもの頃はどういう音楽を聴いていたんですか。
井上:自分で選ぶというよりは、そこにあるものを聴いていた感じです。両親やきょうだいが聴いているものをお下がりとして聴いてきたイメージです。
■そのなかでとくに好きだったものはありますか。
井上:母が好きだったオジー・オズボーンを聴いていました。チャットモンチーやaikoも聴いてましたね。ヒップホップもアイドルも聴くし、アメリカン・ルーツがあるものも聴くし、雑種な感じでした。
■子どもの頃からアメリカン・ルーツ的なものも耳に馴染んでたんですね。
井上:父が好きだったので。
ひとりが作ったものを何百人も何千人ものひとが口癖のように唱えられること、時間をかけてひとの記憶に入りこんでくることは、パッと出のものにはない温かさがあるんじゃないかなと思います。
■ブルーグラスのライヴ・カフェ&バーでアルバイトをされていたとのことですが、ブルーグラスのどういうところに惹かれたのだと思いますか。
井上:決められたトラディショナルな音がずっと続いていくところや、弦楽器のテンプレート化されたフレーズの技術的な部分がすごく心地よかったです。
■ある種、様式化されたものに惹かれるという。
井上:そうかもしれないです。
■バイトをされていたという茅ヶ崎の〈STAGECOACH〉というのは、どういう雰囲気のお店だったんですか。
井上:ブルーグラスやカントリーを演奏する老舗で、年齢層も上の方が集う喫茶クラブみたいなところです。
■ギターもそこで始められたとのこですが、ギターは楽器としてすぐにしっくり来る感じだったんですか。
井上:いや、いまだにそんな感じは全然ないですね。
■そんななかで、ご自身で曲を作るのは自然な流れだったのでしょうか。
井上:自分ではそういう感情はなかったんですが、周りから「やってみなよ」と言われたのが一番大きい理由だったと思います。
■曲作りをしていくなかで、とくにインスピレーションだったり影響だったりを受けたものはありましたか。
井上:ずっと聴いてきたものなので、トラディショナルやブルーグラスには少なからず影響を受けていると思います。ブルーグラスであれば何でも好きなんですけど、たとえばディラーズなんかは探れば探るほど面白いですね。
取材・文 木津毅(2024年9月30日)
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