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interview with Mars89

interview with Mars89

未来のための音楽

——Mars89、インタヴュー

取材・文:野田努    写真:小原泰広   Jul 07,2022 UP
このアルバムを巨大資本がすべてをコントロールしようとする都市の隙間で、ネズミやカラスと暮らす都市生活者に捧げる。 ──Mars89(アルバムのライナーノーツより)

 「日本」や「東京」は、これまで何度も西洋から描かれてきた。しかしながら、たとえば大友克洋が『AKIRA』の連載をはじめた1982年、映画『ブレードランナー』における酸性雨に濡れた未来のロサンジェルスのなかにカットインされた「日本」はエキゾティシズムそのものだったし、1984年の『ニューロマンサー』の舞台となった「千葉シティ」や「ニンジャアサシン」にいたってはなかば荒唐無稽なファンタジーだと当時のぼくには思えた。無理もなかろう。生活者目線で言えば、代官山にも麻布にも銭湯があって、地方から上京したぼくのような学生は家賃2万ほどの風呂無しアパート生活が標準だった時代だ。稲垣足穂が極貧生活を送っていた東京のほうが身近に感じたくらいだった。
 ゆえにヴェイパーウェイヴがルーピングした「80年代日本」は、面白くはあるがそれはアメリカのサブカルチャーにとって都合良くステレオタイプ化された「日本」にもなっている。昨年ピッチフォークに掲載された「シティ・ポップの無限ライフサイクル」なるエッセーは、インターネット時代における分裂的なノスタルジアの特性と、シティ・ポップがことのほかYouTubeとTikTok、さらにはアニメと親和性が高いことを論じている。こうした西洋からの日本神話をいまや日本の側でも利用するので、エキゾティシズムとしての「日本」や「東京」は手が付けられないほど膨張している。ゆえに、経済大国世界二位などと言われた時代の低所得者の生活と同時に衰退した現在におけるそれもまた周縁化されるわけだが、ひとつだけ神話と現実の両方に共通していることがある。資本主義的ユートピアの消滅だ。

 Mars89の話からは、彼の音楽のインスピレーション源のひとつに東京があることがよくわかる。迷路のようになったいまの渋谷駅が象徴的だろう。世にも奇怪な拗くれた街=東京の音。世代的に見れば、彼のなかにはエキゾティシズムとしての「東京」もあるのかもしれない。が、1994年にゴールディーが“Inner City Life”で表現した都市生活者の痛みと愛も『Visions』にはある。たったいま、働きながら音楽を作っている、汗をかいて生きているひとりの生活者の視点をもって描写される現在の東京、ブランド化(再開発)によって周縁化された東京とそのマージナルな領域で生きている人生、コロナ禍で味わった葛藤とダンス・ミュージック。

 これは、すべてを焼き尽くしてしまいそうな猛暑日になる前の、6月なかばに録った記録になる。アルバムの傑出したエネルギーの根源について聞き出そうと取材ははじまったが、話は広がって、後半は政治の話題にまで及んでいる。ちょうど選挙前だし、このタイミングでの掲載で良かったのかもしれない。今日の「日本」とは国際社会ではひとつの階級となっていることが、国境を越えて活躍しているこのDJ/プロデューサーにはわかっているようだった。

例えば朝の渋谷でクラブから這い出てくると、同じくどこからともなく出てきたネズミやカラスと道で一緒になるじゃないですか。嫌がる人も多いけど、実はそこで一緒に生きているはずなんです。例えばバンクシーもたくさんネズミを使うじゃないですか。

■作品を聴いて、すごくびっくりして。レヴューに書いたことなんだけど、いままでやってきたことを踏まえた上で、それとはまた違うところに行こうとしているというか、最初いきなり四つ打ちで、あれ? 間違えたのかな、と(笑)。

Mars89:(笑)。いままで、いわゆる4×4のキックは一切使ってこなかったですよね。

■ではテクノなのかというと、音の遠近感も歪ませ方もテクノの人のセンスではないな、とも思いました。ベリアルがディープ・ハウス(“Moth”のこと)をやってもハウスにならないのと同じで、かなり独特なサウンドを作っている。そもそも、『Visions』はいつから作はじめたんですか? 

Mars89:もともと〈Bedouin Records〉から出そうという話があったので、けっこう前に何曲か作っていたんです。ヴォリュームがあるのを出したいね、という話だったんですけど、そこからあまり進まなかった。で、ちょうど2020年のコロナ禍に入ってから、それまで作ったものを全部作り直して。

■てことは、一回作っていて、それをまた作り直したと?

Mars89:そうですね。だから100%コロナ禍に入ってからできたものです。

■2017年に最初のカセット・テープ「Lucid Dream」を出して、そこからシングルをコンスタントに出してるじゃないですか。それを考えると、もう少し早くアルバムがあっても良かったのかな、という感じもするし。でも、エレクトロニック・ミュージシャンってシングルをたくさん作って、アルバムってそんなに出すものじゃなかったりするし、人によるとは思うんですけど。Mars君は、アルバムってどういう風に捉えてますか?

Mars89:これまでは、何曲もたくさん作るまでの忍耐力がなかった。4曲くらい作ったら満足して、すぐ出したくなって、レーベルに送って、という感じでした。3曲のEPとかでも、一応まとまった雰囲気を考えてるんですけど。

■そうだよね。「End Of The Death」は5曲入っていて、そこには世界観がある。これは全部違う曲だし、考え方によってはミニ・アルバムぽい感じもあって。

Mars89:そうですね。

■だから、今回人から「Mars89がアルバム出したんだよ」って言われて、「あれ、まだ出してなかったんだ?」って(笑)。

Mars89:ヴォリューム的にフル・アルバムというのは初めてで、これまでアルバムとEPの間くらいのものを何作か出してますね。

■〈Bedouin(Records)からオファーがあって、2020年から作りはじめて。一回作ってあったものを全部やめて。

Mars89:そうですね。

■トム・ヨークのリミックスが2019年?

Mars89:あれは元々Undercoverのショーの劇伴的に作ったもののリミックスだったりするんで、ほかの作品とは違うんですけど。

■今回の音楽性というか、方向性はどうやって決まっていったんですか?

Mars89:やっぱり、コロナ禍というのが大きかったんでしょうね。単純に言うと、これまでの日常だったダンスフロアというものが失われて、人と人の熱気のぶつかり合いみたいなのが一切なくなった。それを求めて、YouTubeで昔のアシッド・ハウスやイリーガル・レイヴの映像を観たりして、「いい過去があるんだなー」という気持ちになったりしてました。自分が経験したものではないのでノスタルジーとは厳密には少し違うのかなと思うんですけど、自分が得られなかったものに対する憧れというか、それがこの先あるかどうかもわからない状態で、その欲望が(新作の)モチベーションになりましたね。

■クラブのDJブースに立つ回数もすごく増えただろうし、ダンスフロアの現場で経験したものがフィードバックされたことも大きかったのでは?

Mars89:それもあって。普段当たり前だと思っていた、満員のフロアのなかで知らないやつの汗とかが服について嫌な思いをすることすら懐かしいというか。あのときの、密閉された空間で肺が圧縮されたり、空気が押さえつけられる酸欠状態の感じが懐かしくなることはありました。

■クラブの熱気への郷愁というか。

Mars89:肉体的なものに対する郷愁。

■いわゆるテクノのリズムを取り入れたのは、どういうことなんですか?

Mars89:いままでは、Deconstructed(脱構築)とはちょっと違うとは思うんですが、クラブが当たり前にあるときは、いわゆる4×4というリズムがいちばん機能的なんですけど、でも自分はなんかもっと挑戦したい気持ちがありました。どんなリズムで踊れるんだろう、とか、身体の動かし方の可能性なんかも考えながら、4×4以外のリズムを探して、作っていたんですね。もちろんそれは、4×4がもっとも機能的に身体を動かすだろうということをわかった上でやっていました。でも、逆にフロアがなくなったことによって、機能的に身体を動かす4×4というリズムがフロアがない現場ではもっと重要な気がしたんです。身体がそれを求めているというか。いろいろなリズムを試したんですけど、あの失われたフロアの感じをいちばん思い出させるのは4×4かもしれないな、と。

■なるほど。

Mars89:あとはシステム・カルチャーから受けた影響もあって、ステッパーズの4×4とサブ(ベース)が持っている肉体にダイレクトに影響するパワーというか、その圧力に対する渇望みたいなものがありました。

■Mars君はそれこそ、アフリカン・ヘッド・チャージとか、80年代の〈On-Uサウンド〉の作品に影響を受けているわけだけど、自分の作品として出して来るものはまた違うじゃない? ダブやレゲエの影響を受けながら、ストレートにはやらないよね。

Mars89:あんまりそこは意識してないですけど、好きなものと、普段遊んで得たものは違うので。

取材・文:野田努(2022年7月07日)

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