Home > Interviews > interview with Kentaro Hayashi - 大阪からダークサイドの憂鬱
クリアな音より汚れた音のほうが好みなのは、ヒップホップを通ったからかもしれません。ハードのサンプラーの音が好きですし、自分の作品にとって重要な要素です。作品を聴いたら、そのひとがどれくらい手をかけているかってわかると思うんですよ。そこはしっかりやりたいなと。
■こうしてお話ししていると、まったく暗い方には見えないのですが、ダークなものに惹かれるのはなぜでしょう?
ハヤシ:暗いと言われている音楽もストレートに「かっこいい」とか「美しい」と感じているだけで、あまり「暗い」とは考えていない気がします。雰囲気や空気感、緊張感が好みなのかもしれません。
■なるほど。ちょうど最初にアルバムが出たころは穏やかなソウルが流行っていたり、日本ではシティ・ポップ・ブームがつづいていたり、そういうものにたいするいらだちみたいなものがあったりするのかなあと、勝手に想像していたのですが。
ハヤシ:いらだちはないですね。好みではないですけど。ワルい雰囲気を持った音楽が好きなんですよ。むかしはクラブに行くとなんか緊張感がありましたし、イカつくてカッコいいひとたちがいて。ワルい音楽というか、イカつい音。そういうのが好きなのかなとは思います。クラブには音を聴きに行っていたので、社交の場には興味がなかったですね。テクノでも、タナカ・フミヤさんとか、本気で遊んでいる雰囲気のイヴェントが好きでした。
■アルバムでは1曲めの “Gargouille” だけ、ちょっとほかの曲とちがう印象を受けました。賛美歌みたいなものも入っていますし、題もガルグイユ(ガーゴイル)ですし、最後の曲も “Basilica” (バシリカ=教会の聖堂などで用いられる建築様式)で、もしかして宗教的なことに関心があるのかなと思ったんですが。
ハヤシ:まったくそういうことはなくて、イメージですね。鳥ではないけれど、ああいうグロテスクなものが飛んでいるイメージで、曲名は後づけです。本を読んで単語をストックしてそれを使うという感じで、深い意味はまったくないです。
■本はどういうものを読まれるんですか?
ハヤシ:そんな頻繁には読みませんが、昨年までメルツバウのマスタリングをしていたので、そのときは秋田(昌美)さんの『ノイズ・ウォー』(1992年)を読んでいましたね。
■ものすごい数のメルツバウ作品のマスタリングをされていますよね。
ハヤシ:去年までで50~60枚くらいは。制作ペースがすごく早くて、クオリテイも高くおなじものがないんですよ。展開も早いですし。すごいなと思います。
■リミックスでそのメルツバウと、ジム・オルークが参加しています。
ハヤシ:おふたりには、デモ音源を渡してリミックスしてもらったんです。そのリミックスのほうが先に完成してしまったので、影響を受けつつ自分の曲をそこからさらにつくり直しています(笑)。
■オリジナルのほうがあとにできたんですね(笑)。
ハヤシ:「このままじゃ自分の作品が負けるな」と思って。ジム・オルークがあんなにトゲトゲした、バキバキなものをつくってくれるとは思わなかったので、嬉しかったんですが、それと並べられるような作品にしないとと。プレッシャーでした(笑)。
■ちなみに〈Opal Tapes〉盤のジャケはなぜウシに?
ハヤシ:ほかにも候補はあったんです。きれいな模様みたいなものもあったんですが、それよりはウシのほうがレコード店に並んだときに手にとってもらえるだろうなと思って。なんでウシなんだろうとは思いましたけど、デビュー・アルバムだし、インパクトはあったほうがいいかなと。ノイズっぽいジャケだと思いましたし、写真の雰囲気や色合いも好きだったので。でも、希望は伝えましたが最終的にどっちのジャケになるかはわからなかったんです。
■ノイズというのはやはりハヤシさんにとって重要ですか?
ハヤシ:ノイズは効果音やジャパノイズのような使い方だけではなく、デザインされた音楽的な表現や、ギターリフのような楽曲の中心的な要素にもなると思うので、とても重要だと思います。感情も込められるというか。
音響的な作品でも、クラブ・ミュージックを経由した雰囲気を持っているアーティストにはシンパシーを感じますね。いろいろな要素が入っている音楽が好きなのかもしれません。
■ではご自身の音楽で、いちばん欠かせない要素はなんでしょう?
ハヤシ:いかに手をかけるかというか手を動かすというか……音質というか雰囲気というか、色気のある音や動きが重要な要素なので、ハードの機材を使って手を動かしていますね。ただハードでも新しい機材は音がきれいすぎるので、古い機材のほうが好きです。クリアな音より汚れた音のほうが好みなのは、ヒップホップを通ったからかもしれません。ハードのサンプラーの音が好きですし、自分の作品にとって重要な要素です。作品を聴いたら、そのひとがどれくらい手をかけているかってわかると思うんですよ。そこはしっかりやりたいなと。
■シンパシーを抱くアーティストっていますか? 日本でも海外でも。
ハヤシ:デムダイク・ステアですね。とくに、ベルリンの《Atonal》でライヴを体験してからそう思うようになりました。ほかの出演者もかっこいいと思っていたんですけど、ちょっときれいすぎたり、洗練されすぎている印象だったんです。おとなしい印象というか。でもデムダイクのライヴは洗練された、そのさらに先を行っていて、ジャンルは関係なく荒々しく、自由にライヴをしていたのがすごく印象に残っています。テクノなスタイルだけではなく、ブレイクビーツを使い意図的にハズしたり、そのハズしかたがすごくかっこよかった。京都のメトロに彼らがきたときに本人たちとも喋ったんですけど、彼らもヒップホップがすごく好きで。そこを通ってるのがほかのひととちがうのかなと。スタジオのセットアップについて話をしたときも、彼らは自分たちはオールドスタイルだと言っていました。
■なるほど。
ハヤシ:あとはピュース・マリーとかローリー・ポーターとか。イヴ・ド・メイ、サミュエル・ケリッジ(Samuel Kerridge)、ヘルム、FIS、エンプティセット、パン・ソニック、ペシミスト、Metrist とかですね。ペダー・マネルフェルトもすごく好きです。最近はテクノっぽくなってきていますけど。阿木さんが『Lines Describing Circles』をよくかけていて。音響的な作品でも、クラブ・ミュージックを経由した雰囲気を持っているアーティストにはシンパシーを感じますね。いろいろな要素が入っている音楽が好きなのかもしれません。テクノでもたんに4つ打ちだけではなくて、ジャングルやダンスホール、ブレイクビーツの要素が入っていたり、インダストリアルな要素が入っているとシンパシーを感じます。
■ヒップホップをはじめ、いろいろルーツがあると思うのですが、ご自身の音楽をひと言であらわすとしたら?
ハヤシ:難しいですね……エクスペリメンタル・ノイズ、インダストリアル・テクノ、アブストラクトなどの要素を混ぜた感じでしょうか。定義するのは難しいです。自分としては、クラブ・ミュージックの発展形のようなイメージです。先端音楽というのかわかりませんが、いろんな要素を含んだハイブリッドで新しい作品をつくりたいと思っていますね。
■音楽で成し遂げたいことってありますか?
ハヤシ:まずは2作目をちゃんとつくりたいです。ライヴももっと頻繁にやりたいですし、もっと大きなステージでもやってみたい。いつか《Berlin Atonal》のステージにも立ってみたいです。映画音楽も興味があります。テクノもつくりたいし、モダン・クラシカルも好きなので、ピアノだけの作品も出したいですね。
■それはぜひ聴いてみたいです。
ハヤシ:でもいまピアノ作品出したら逃げてる感じがしちゃうので(笑)。そこは1作目の続きでマウンドに立ってフルスウィングしたいなと(笑)。でも2枚めでコケるパターンってよくあるので、2枚めで終わらないようにしないと(笑)。
■いいものができると思いますよ。というのも、ヒップホップ時代もあり、テクノ時代もあり、阿木さんとも出会ってという、いろんな経験をされてきてると思うので、20歳くらいのひとがセカンドをつくるのとはぜんぜんちがうと思うんですよ。
ハヤシ:いろんな経験をしてきたからこそわかるものにはしたいですね。深みのある作品をつくりたいです。
取材:小林拓音(2022年6月10日)
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