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昨年〈Tresor〉から出たワジードの『Memoirs Of Hi-Tech Jazz』は、タイトルどおりデトロイト・サウンドを継承するハウス・アルバムだった。その完成度の高さから、今回の来日公演も非常にいい一夜になるのではないかと胸を踊らせていた。はたして結果は予想どおり。レジェンドいならぶシーンのなかで揉まれてきたのだろう、じつに堂々たるDJプレイをワジードは披露してくれた。
このデトロイトの才能は00年代初頭、ヒップホップとR&Bをバックグラウンドに浮上してきている。J・ディラ擁するグループ、スラム・ヴィレッジの『Trinity (Past, Present and Future)』にいくつかの曲でプロデューサーとして参加したのが2002年。その後サディークとともにR&B色の濃いプラティナム・パイド・パイパーズを結成、2005年にファースト・アルバム『Triple P』を送り出した。
そんな彼はここ10年、ハウスやテクノに接近している。マッド・マイクやセオ・パリッシュとコラボしたエレクトリック・ストリート・オーケストラ名義による独特のアシッド・ファンク「Scorpio」(2012年)だったり、『Memoirs~』同様デトロイトらしいシンセを聴かせる初のソロ・アルバム『From The Dirt LP』(2018年)などがその好例だ。こうしたワジードの歩みは、ヒップホップとハウス~テクノがけして断絶したものではないことを教えてくれている。
おなじみの階段をくだっていくと、ハウス・コレクティヴ CYK の一員、DNG がプレイしている。『HOUSE definitive 増補改訂版』にも寄稿してくれた若手DJだ。トライバルな感じの曲からテクノ寄りのものまで、折衷的でありながらどこか筋の通った端正さを感じさせる流れ。
終盤になると、出番が近づいてきたワジードがステージ後方に控え、ノリノリで踊っている。そろそろ DNG のプレイが大団円を迎えようかというとき。突如ワジードが背後から手を伸ばし、アドリブでつまみを操作した。あまりに的確なミュートに沸き立つ場内。この「介入」はさりげなくワジード本人のプレイの予告にもなっていた。
1時半ころ、正式にバトンタッチしいよいよワジードの出番が訪れる。全体としてはソウルフルなヴォーカルの映えるチューン、サックスが耳に残るジャジーな曲、あるいはディスコが中心なのだけれど、中盤にはアシッドだったりシカゴ風のトラックが挿入されたりする瞬間もあり、その卓越した選曲に舌を巻く。けしてPCモニターのまえでヘッドバンギングするようなタテノリのダンスではない。いやおうなく全身を上下左右させる圧倒的なグルーヴ。ただただ、すばらしい。ブラック・ミュージックとしてのハウス、その真骨頂を思う存分堪能できた2時間だった。
巧みなEQ操作も深く印象に残っている。キックやウワモノの抜き差しだったり、小出しに次の曲の一部分をからませて予示的に音の流れを組み立てていくミックスのうまさは、まだまだクラブ経験の浅いぼくからすればまるで魔法使いか手品師のようだった。
3時半ころ。次のトーマス・シュー(Thomas Xu)と交代の時間が訪れる。シューは2017年にセオ・パリッシュの〈Sound Signature〉からデビューを果たした、デトロイトの新世代。アナログ・レコードを用いるDJだ。そこでもワジードはしばらくステージに残りつづけ、シューが次にかける盤を探すべく背を向けるたびに卓へと近づき、自身のプレイの延長のようなことをやっていた。ミックスにより音楽がいかようにも変化しうることを心から楽しんでいるのだろう。
ちなみにじつはこの日の昼間、編集長とともにワジードに取材していて、いろいろ興味深い話をきいている。近日公開予定なので、お楽しみに。
小林拓音