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Horse Lords

ExperimentalPost-Punk

Horse Lords

Demand to Be Taken to Heaven Alive!

RVNG Intl./プランチャ

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高橋智子 Sep 21,2026 UP
E王

 『Demand to Be Taken to Heaven Alive!』は、 2010年にボルティモアで結成され、現在はベルリンに拠点を移して活動中のホース・ローズによる通算6作目のオリジナル・アルバムだ。アルバムの制作はベルリンとボルティモアを遠隔でつないで行われたという。しかし、メンバー全員がスタジオに揃って録音されたかのように聴こえるアンサンブルの一体感は、ミックス作業の高い技術力のおかげもあるだろうが、やはり、彼らの演奏能力の高さゆえであろう。
 収録曲は全12曲、約40分だが、普通のアルバムの構成となんだか違う。その理由は各曲の長さにあるのではないだろうか。1曲目から7曲目までは短い曲が目立ち、特に3曲目“Rotation I”はたったの8秒、まるでジングルのようだ。これはマゾンナのパフォーマンス時間よりも短い。1曲目から7曲目までの合計時間は12分42秒。そして、8曲目“Before the Law”から最後の12曲目、アルバムと同題の“Demand to Be Taken to Heaven Alive!”までの合計時間は約28分。1曲目から7曲目までの前半と、8曲目から12曲目までの後半で、その比は2倍以上の差がある。この不均衡について考えてみると、1曲目から7曲目までがアルバム全体にとってのイントロダクション、序章、序曲のような部分で、8曲目から12曲目までがアルバムの本編または本体部分と解釈できる。しかし、これはあくまでも筆者の想像と解釈であって、ホース・ローズはこの時間の不均衡について、今のところコメントしていない。それにしても、やはり気になる……。もしもこの先、インタヴューの機会がめぐってきたら、真っ先に曲の不均衡な配置について質問してみたい。

 ホース・ローズの音楽は微分音の調律、ミニマル・ミュージック、ポリリズムの要素をとりいれた独自の様式を確立しており、しばしば“実験的”と形容される。今作『Demand to Be Taken to Heaven Alive!』では、これらに加えて、ルネサンス期のポリフォニー(多声音楽)の要素、つまり、声が聴こえてくる。彼らの音楽に声あるいは歌が登場するのは、このアルバムで初めての試みだ。声のパートを担うのは、オペラから即興まで幅広いスタイルの歌唱を得意とするソプラノのニナ・グオ(Nina Guo)と、作曲家でパフォーマーのエヴェリン・セイラー(Evelyn Saylor)だ。ホース・ローズのメンバーと同じく、2人とも現在はベルリンを拠点としている。ホース・ローズは長らくインストゥルメンタル(器楽)のバンドとして認識されてきたが、今作はアルバムを再生した途端、1曲目の“Eureka 38-B”で変調された彼女らの声が耳に飛び込んでくる。そのインパクトははかり知れない。
“Eureka 38-B”の旋律はアメリカの作曲家、ジョン・パーマー・リーズ(John Palmer Rees 1828-1900)による聖歌から借用したものである。この聖歌は19世紀にアメリカ南部を中心に起きた歌唱集会の形式、“聖なるハープ(The Sacred Harp)”の聖歌集、『クーパー書』に収録されている。この歌集には、楽譜を読めない人でも初見で読んで歌えるように考案された記譜法、シェイプ・ノートが用いられている。ホース・ローズ版のシェイプ・ノート・シンギングともいえる“Eureka 38-B”は、たしかに生身の人間の歌なのだが、録音された声の周波数を一旦、細かな単位に分けて、それらを再度合成するフォルマント合成が用いられているのだろう。そのせいか、不気味の谷を感じさせる人工的な音声のように聴こえる。

 アルバム全体の幕間の役割を担う3、5、7曲目“Rotation”I-IIIも声が登場する。しかしながら、“Eureka 38-B”と同じく、歌声がそのまま用いられているのではなく、ほとんどの場合が入念な加工と編集を経ている。今作でホース・ロードは、ギター、ベース、ドラム、サックスの中心メンバーのパートに加え、先に紹介した2人の女性シンガーと、さらにバスクラリネットとトロンボーンの奏者をゲストに迎えた。これらのパートは、時に楽器と声の区別なく漠然と音色として用いられており、重層的な響きを作り出している。彼らの音楽は、異なる周期やアクセントのリズムが混在するポリリズムやポリメーター(異なる複数の拍子が同時に並走している状態)を特色のひとつとしてきた。今作では、声や管楽器の加入でアンサンブルが拡大したことにより、音色のパレットが増えたといってもよいだろう。複雑なリズムに複雑な響きが加わったのだ。
 アルバムの後半からホース・ローズの本領が発揮される。とくに9曲目“After the Last Sky”は、オープニングの反復パターンに、ポスト・ミニマル・ミュージックの作曲家、アーノルド・ドレイブラット(Arnold Dreyblatt)と共作した2025年のアルバム『FRKWYS Vol. 18: Extended Field』の名残を強く感じる。この曲では、ひとつのパターンやフレーズを、同一のパートが最初から最後までひと息で演奏するのではなくて、細切れにして、色々なパートに振り分ける方法が用いられている。わかりやすく言いかえると、「ドレミ」をピアノだけで一気に弾くのではなくて、例えば、ドはピアノ、レは人の声、ミはトランペットというように、短い単位で音色を変える。複数の音色が1本の線を形成しているのだ。こうすることで、単純な旋律やパターンでも彩り豊かで複雑な音楽に聴こえてくる。彼らの音楽にはこのような仕かけが隅々に散りばめられているのだ。

 だが、この曲の本分は巧みな音楽技法だけではない。タイトル“After the Last Sky”は、イギリス統治下のパレスチナ北部出身の詩人、マフムード・ダルウィーシュ(Mohamoud Darwish 1941-2008)の詩の一節からとられたものだ。彼が1986年に発表した詩集『少なくなった薔薇(Ward agall/ Fewer roses)』に収録された詩篇、“地がわれらを圧迫して(The Earth Is Closing In On Us)”は、昨今、パレスチナ自治区ガザにおける虐殺の惨状と重ねて語られることが多い。ダルウィーシュの詩を日本語に翻訳した四方田犬彦の訳者解説によると、この“地”とは、“全世界を天とともに二分している大地そのもの”であり、“それは我々の状況が世俗的な戦闘行為ではなく、世界と生命の存続を危機に陥れている終末に近いものであることを示している。”(マフムード・ダルウィーシュ『パレスチナ詩集』四方田犬彦訳、筑摩書房、2024年、164頁。)のだという。曲のタイトル“最後の空の後に(After the Last Sky)”は、この詩の中の1行“最後の空の後に、鳥たちはどこへ飛べばよいのだろうか?(筆者訳)(Where should the birds fly after the last sky?)”に由来する。また、この部分(After the Last Sky)は、エドワード・W・サイードの『パレスチナとは何か』(島弘之訳、岩波書店、2005年。原書の出版は1986年。)の原題でもある。

 今日の“音楽に政治を持ち込むな”論争然り(この世に政治と無関係なものは何ひとつないと考えている筆者にとって、この議論はとても幼稚に見える)、面倒なことは忘れて音やグルーヴを楽しめばよいじゃないかという考え方もあるだろう。しかし、“After the Last Sky”の背景を紐解いてみたところ、そうとは言っていられないのは明らかだ。実験的かつ先鋭的な楽曲の数々からなかなか想像がつかないが、2026年にホース・ローズが私たちに提示した世界はとても重苦しい。アルバムのタイトルでもあり、最後の楽曲のタイトルでもある“Demand to Be Taken to Heaven Alive!”が、非常に切迫したメッセージだとわかってきた。それは、「生きたまま天国に連れて行ってくれ!」という、世界中の人びとからの喫緊の要求なのだ。


高橋智子

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