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K-LONE

Deep HouseDub House

K-LONE

sorry i thought you were someone else

Incienso

渡部政浩 Dec 01,2025 UP

 K-ローンの新譜をリピートしている。もっと言うと、夜、ひとりの帰り道なんかでじっくりと、繰り返し聴いている。前作『Swells』を河村祐介さんが「鼻歌まじりで歌いたくもなるメロディアスで涼やかなアルバム」と評したように、デヴュー作『Cape Cira』を含む諸作は何より明るく、カラフルな音が持ち味だった。しかし、本作の公式インフォによれば「これまでで最もパーソナルな作品/父の死後に制作されたこのアルバムは、逃避と内省の場となった」とあるように、きわめて内面的かつ静ひつな領域へと足を踏み入れている。

 ファクタと共同設立した〈Wisdom Teeth〉は、ペヴァラリストの〈Livity Sound〉やバトゥの〈Timedance〉などと並び、いずれも2010年代以降、ベース・ミュージックを通過したUKサウンドの更新に貢献してきた。K-ローンは間違いなくその現行のクラブ/ダンス・カルチャーを担う人物のひとりであるわけだが、今作においてシンコペートするUKガラージのリズムやダブステップのウォブリーなサブ・ベースは主役ではない。……もっとも、前者は自主レーベル〈Sweet 'N' Tasty〉、後者は名門〈Tempa〉からの12インチなどでその趣味を発散させてはいるのだが。
 しかし本作の自己内省に必要なのは、空間を包みこむダブ処理、アンビエント的なパッド、リッチなシンセ・ワーク、あるいは繊細なイーヴン・キックだったりする。こう書くと、根城である〈Wisdom Teeth〉ではなく、DJパイソンフエアコ・Sの作品を揃える、アンソニー・ネイプルズ主宰の〈Incienso〉からの投下であることは、サウンドを掴むための重要な手がかりに思える。

 まず先行シングルの “slk” がいきなり素晴らしい。ダビーな音響空間と催眠的な4/4キックが不規則にうねり合うダブ・ハウスといった具合で、端的に言えばこの空気がアルバムに充満している。“slide by side” のメランコリックにゆれるディープ・ハウス、またヴォイス・チョップの面白い仕掛けで作品に躍動感を加える “sslip” も欠かせない。だが何より、一番の見せ場は冒頭の “someone else” に尽きる。ほの暗く沈みこむヴォーカル・サンプル、もこもこと浮遊するコード、ときおり挟まれる光沢あるシンセ・フレーズは今作最長の6分半に及ぶ。背後で鳴るこれらの音は掴みようのない霧のよう。だが同時に、そぎ落とされた最小限のビートが音の核に位置する。一発でこの音世界への没入を誘う、随一の曲に仕上がっている。

 と、こうして聴き進めるとK-ローンの個人的な気分がそのままアルバムの空気に反映されていることは間違いない。一方で〈Wisdom Teeth〉が提示する、UK(ロフト期のアヤ、パリス)からアジア(名古屋のアベンティス、韓国のサラマンダ)まで、才人への審美眼が冴え渡る良質なレーベル・コンピとのつながりにも言及すべきだろう。
 引き合いに出すのはダウンテンポ志向の『To Illustrate』や高速BPMの『Club Moss』ではなく、2025年の『Pattern Gardening』。K-ローンの愛する00年代ミニマルへの愛を示したこのコンピでは〈Perlon〉の古いカタログを参照したそうで、今作に通底するクリック感ある繊細なリズムと明らかに符合する部分があり、レーベルのいまの方向との同期を感じさせる。また、ベース・ミュージックの感覚を通じて四つ打ちを展開してきた〈AUS Music〉からは、「Catching Wild」シリーズなる12インチを出している。ここにある初期ハーバートめいたハウスの文脈の延長線と捉えることもできそうだ。これらミニマル/マイクロ・ハウスなビートを基礎としつつ、K-ローンことジョー・グラッドウェルのパーソナルな感情を織り込んだサウンドを空気として漂わせることで、今作はひとつのかたちになったのだろう。

 父との別れと、その喪失の感情。この主題をアンビエントやダブをもってして抽象化した今作のサウンドはどこか暗い影を落としている。一聴したときは、歌もあるポップな前作と較べると思い切りのよい作風の転回だと早合点した。「鼻歌まじり」というより、シリアスに対峙すべき作品だと。しかし何度も聴くうち、深い霧の奥にシグネチャーたる明るくきらめく瞬間が随所にあることにも気付く。それは幕引きの “the haze” を聴くといい。つまりは思い切った「転回」ではなく、むしろK-ローン(とレーベル)のいま現在を踏まえた「洗練」や「深化」と呼ぶべき到達点ではないか。そうして研ぎ澄まされたサウンドとビートは、今夜もまたひとりの帰り道に優しく寄り添ってくれるはずだ。

渡部政浩