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Home >  Reviews >  Album Reviews > KMRU- Natur

 KMRUはケニア・ナイロビ出身、ベルリン在住のアンビエント・アーティストである。ここ数年、新世代のアンビエントアーティストとして、その名を知らしめてきた逸材だ。そんな彼の新作『Natur』が英国の老舗〈Touch〉からリリースされた。
 『Natur』は、これまでのKMRUのアンビエント作品を包括し、新たな音響領域の模索・実践し、そして高密度なサウンドスケープを形成した見事な音響作品だ。
 機械的な音でありながら、有機的な音響でもありつつ、聴くほどに没入感をもたらすサウンドスケープは見事の一言。2020年に〈Editions Mego〉からリリースされた『Peel』に匹敵する彼の代表作と呼べるアルバムになるのではないかと思う。ちなみにマスタンリグを手がけたのは、スロウダイヴのメンバーで、優れたアンビエント・アーティストであるサイモン・スコットである。

 では『Natur』はどんなアルバムなのか。どのような音響作品なのか。以下、概要を簡単に説明していこう。
 ナイロビからベルリンへ拠点を移した彼は、その都市の発する音に惹きつけられたという。ナイロビとは異なる都市の音、それは静謐であり人工的であり無機的なサウンドスケープであった。そこでは昼夜のコントラストも不明瞭であり、故郷のナイロビとは何もかもが異なっていたという。ナイロビは常に騒音があり、常に人の声が響きわたり、昼はどこまでも明るく、夜はどこまでも暗闇だった。
 『Natur』は、そんなKMRUのベルリンでの都市生活にインスパイアを受けて制作されたアルバムなのである。機械の音を引き伸ばしたような無機的な持続音=ドローンを基調にしつつ、微細なグリッチノイズや環境音がレイヤーされていく。そのサウンドメイキングの手腕がこれまで以上に研ぎすまされ、さながら音による(映像を欠いた)映画とでもいいたくほどに見事な音響空間を実現している。この楽曲は2022年に作曲され、以降、フェネスとのツアー、ロンドン・コンテンポラリー・オーケストラとのコンサートなどで演奏されてきたという。時間をかけて作り込まれていった楽曲は、全52分におよぶ長大な曲に仕上がった。
 これまでのKMRUにあったエモーショナルな感覚は控えめになり、マシニックな音の持続、それこそ都市のあちこちから漏れ出る機械音を混合させたような音響が冒頭から発せられていく。しかしその音の「冷たさ」はとても心地よいのだ。鉄のひんやりとした感覚とでもいうべきか。その無機的なムードは、KMRUがベルリンで感じた孤独さとそれゆえの快適さの感覚に近いのかもしれない。

 アルバムは大まかに5部構成になっており、それぞれ“Natur 1”、“Natur 2”、“Natur 3”、“Natur 4”、“Natur 5”となっている。
 まず“Natur 1”では静謐な電子音響のドローンが鳴り始め、そこにさまざまなノイズが、さながら都市の絶縁体から漏れ出る接触不良のノイズのようにレイヤーされていく。ノイズのスタティックな饗宴は“Natur 2”でいったんピークを迎える。ノイズたちの音量が増し、刺激的な音響空間を形成していく。ナイロビからベルリンに移住したKMRUがナイロビよりは遥かに静かな都市の中で耳を澄まし、その都市のノイズを聴きとっていくさまが見えてくるかのようだ。
 続く“Natur 3”では機械的なドローンやノイズに混じり、鳥の声などの環境音が、はっきりと聴こえてくる。自分はここまで相当に没入して聴きこんでいたので、一瞬、幻聴かと思ってしまったほど。まるで過去の記憶と現実世界の音が入り混じるようなサウンドだが、幻想的ではなく、「この現実」が極度に抽象化された音のように思えた。環境音と電子音が入り混じり、機械的な音とオーガニックな音が入り混じるドローンを展開しているのである。
 環境音を経て音響は再び機械的なドローン/電子音響へと変化するのが“Natur 4”と“Natur 5”のパートである。聴き手の耳は不意の環境音の挿入を経て変化していく。“Natur 5”の終局近くに鳴るカラカラとしたノイズに、先ほどの環境音の記憶が重なる。エモーショナルを廃した音響に、オーガニックな音響を混ぜることで、音響の色彩にほんの少しの変化を与えたかのようだ。何より、ベルリンとナイロビの都市空間の差異という彼が感じた具体的な問題をベースとしつつ、このように抽象的な音響作品を作り上げている点に注目したい。

 ここでは機械化された都市空間を否定するだけではなく、その空間の心地よさや違和感とも対話し、世界の認識を改めようとする音楽家の柔軟な思考と感覚の揺らぎを聴き取ることができるの。思えばKMRUのアンビエントは、音響は、コロナ禍の状況で生まれた『Peel』なども含めていつもそうだった。自らの置かれた状況と、その状況と対話するようにサウンドスケープを構築しているのだ。
 かつてはその対話は自身への感情とも深くリンクしていたためエモーショナルなアンビエントともなったが、本作では、その対話が自身のインナースペースに向かうというよりは、ナイロビとベルリンという二つの異なる都市の対比から生まれていたためか、よりマシニックになった。その意味でKMRUは変化し続けている。ケヴィン・リチャード・マーティンとのコラボレーション作品でもそのような変化を聴きとることができたが、本作ではソロ作品であるがゆえ、マシニックな音響が全面化している。 
 どこまでも続く持続音、接触不良のようなノイズ、時折、脳裏を横切る鳥の声などの環境音が入り混じり、画一化された都市のサウンドスケープに潜む「曖昧さ」を50分に及ぶサウンドスケープとして展開する。

 と、くどくどと書き連ねてきたが、とにかく言えることは単純にこの機械的な音の持続と変化が気持ち良いということに尽きる。頭を無にして、機械の音をぼうっと聴き続けるように本作を聴いてほしい。そうすれば自ずとKMRUの見事な音響の構成力が体に染み入るように理解できるはずだ。

デンシノオト