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Loraine James

Bass MusicElectronicaR&BRap

Loraine James

Reflection

Hyperdub/ビート

野田努   Jun 09,2021 UP
E王

 『Reflection』は、最近ぼくが聴いたクラブ系のアルバムとしてはダントツのお気に入り……なのだけれど、ロレイン・ジェイムズの音楽が生まれた場所はクラブではない。それは彼女が育った北ロンドンにある高層アパートのリヴィングルーム。エイフェックス・ツインやスクエプッシャー、ドリルやグライムを好んで聴いていた彼女が、窓からの景色を眺めながら、母のキーボードを時間も忘れて弾いたことにはじまっている。
 アグレッシヴなデビュー・アルバム『For You And I』(2019)のアートワークに見える高層アパート群が彼女の故郷なのだろう。その1曲目、彼女のもっともずば抜けた曲のひとつ“グリッチ・ビッチ”は、ユニークなリズムを背景に「ビッチ、ビッチ」という声が反復される。ロレインは、黒人女性でありクィアである。彼女はそのアイデンティティと社会との複雑な関わりと向き合いながら、白い文化も黒い文化も男性性も女性性も折衷したエレクトロニカをじつに魅力的に展開している。

 いまやロレイン・ジェイムズはUKエレクトロニック・ミュージック新世代を代表するひとりだ。彼女はAFXやテレフォン・テル・アヴィヴをただエミュレートするのではないし、いたずらにグライムやドリルをやっているわけでもない。喩えるならうまい料理人で、それもずば抜けて腕の立つコック、しかもその料理が満足させるのは耳だけではない。ハートもときには頭も直撃する。
 コロナ禍においては、これまでの人生でもっとも集中的に多くの楽曲を制作したというロレインだが、昨年はグライムを咀嚼した「Nothing EP」やAFXのお株を奪うかのように楽しげな「Hmm」をリリース、リミキサーとしても売れっ子になりつつあるようで、ダークスターやケリー・リー・オーウェン、ジェシー・ランザやクーシェなどの楽曲を手掛けている。そして先週、待望のセカンド・アルバムとなる『Reflection』を出したばかりというわけだ。

 それでは景気づけに“Simple Stuff”を聴いてみよう。

https://soundcloud.com/hyperdub/loraine-james-simple-stuff

 UKガラージのミニマルな変異体で、シンプルに聴こえるがIDM的なアプローチがあり、しかも軽やかでなおかつ官能的という上質なダンス・トラックだ。これもそうとうカッコイイ曲だが、驚くのは早い。この手の曲はもう1曲ぐらいで、アルバムにはいろんなタイプの曲があり、その多くにはラップがフィーチャーされている。で、はっきり言うが、ほとんどそのすべてに心惹かれてしまうのだ。
 ラッパーを起用しての曲がじつに面白い。たとえば1曲、初期フライローをドリーミーに進化させたようなトラックが秀逸で、ややメランコリックでありながら「目指すは山の頂上/その日が来るまでがんばれ」と前向きな言葉を吐くラップとの絡みも絶妙だ。この曲で思わず気持ちが上がったところに、続いてジャングルがズドンと突き刺さる。そして、その重低音とブレイクビートが恍惚と跳ね回ったあとには、くだんのガラージ変異体に繫がると。まあ、たいていのアルバムは3曲目あたりで力尽きてしまいがちなのだが、驚くべきことに『Reflection』は4、5、6曲目において、グローバル・コミュニケーション風の夢見るアンビエントをヒップホップのリアリズムに変換してみせているのだ。そして、ガラの悪いトラップやドリルでさえも彼女にかかるとエレガントな宝石のような輝きを携え、その夢幻めいた音響を特別なものにする。いずれにせよ、評判の良かった前作では控え目だったドリーミーで甘美な響き、あるいは内省やメランコリーが今作のサウンド面における特徴となっている。
 ドリーミーといえば、彼女がファンだというLAのBathsが1曲参加しているが、これは予測されるようにエモい。でまあ、ポップなR&Bヴォーカル曲もトラック自体は悪くはないのだが、ハイレベルな本作においては歌のメロディがやや凡庸でベストな出来とは言えないだろう。しかし総じて言えば、これだけ聴き応えのあるエレクトロニック・ミュージックのアルバムはそうそうあるものではないし、『Reflection』には〈Warp〉のAIシリーズのラップ・ヴァージョンめいた側面がある。しかも……『Reflection』はたんに夢心地でうっとりするだけの作品ではないのだ。警察への怒りと黒人の連帯を主題にしている=つまりBLMとリンクする最後の曲におけるラップとジャジーなトラックとのエモーショナルな融和がみごとなように、90年代エレクトロニカのブラック・ヴァージョンとも言えるのかもしれないなと思ったりしている。そんなわけで、いまは時間が許される限りこのアルバムをただただ聴いていたい。

野田努