Home > Reviews > Album Reviews > 30/70- Fluid Motion
ハイエイタス・カイヨーテ(以下HK)の活躍以降、近年のオーストラリアの音楽シーンが世界的に脚光を集めるようになってきた。今年はジャイルス・ピーターソンが編纂したコンピ『サニー・サイド・アップ』もリリースされ、オーストラリアの中でもジャズやソウル系のベクトルを持つ新進アーティストたちに触れることができる。
HKを生み出したメルボルンはオーストラリアの中でもっとも注目される都市で、レジャー・センター、エレクトリック・エンパイア、ミッドライフ、カクタス・チャンネル、ジャズ・パーティーなどさまざまなバンドやアーティストが活動している。今年はHKのメンバーのペリン・モスがクレヴァー・オースティンという名義でソロ・アルバム『パレイドリア』をリリースし、ブリスベン出身で現在はメルボルンを拠点とするレニアスことラックラン・ミッチェルが、HKのサイモン・マーヴィンとポール・ベンダーらの協力を得て『モンステラ・デリシオーサ』というアルバムを発表している。HKも関りを持つレーベルの〈ワンダーコア・アイランド〉からデビューしたシンガー・ソングライター/ラッパー、サンパ・ザ・グレートの新作『ザ・リターン』も出た(彼女はアフリカのザンビア出身で現在はメルボルン在住)。これらのアルバムに共通するのは、ジャズやソウルからときにオルタナ・ロックやサイケ、ヒップホップやビート・ミュージックなどいろいろな音楽のミクスチャーがおこなわれていて、そうした方向性はHKを筆頭にメルボルンのカラーにもなっているようだ。30/70もそうしたメルボルンが生んだミクスチャーなバンドである。
30/70は男女混成の大所帯グループで、リード・シンガーのアリーシャ・ジョイがフロントに立っていることから、同じ女性リード・シンガーのネイ・パームを擁するHKと比較されることも多く、ポストHKというような紹介もされてきた。実際に両者は交流があり、30/70のセカンド・アルバム『エレヴェイト』のミックスはHKのポール・ベンダーがおこなっていた。2014年に30/70は自主制作でデモ・アルバム的な『サーティー・セヴンティ』を作り、2015年の『コールド・ラディッシュ・コーマ』で正式なアルバム・デビューを飾る。2017年にロンドンの〈リズム・セクション・インターナショナル〉と契約を結び、リリースした『エレヴェイト』によって世界的にも注目される存在となっていく。
バック・コーラスなどを含めると総勢10名を超えるバンドで、レコーディングやライヴなどによってメンバーが入れ替わることもあるが、アリーシャ以外の現在の主要メンバーはジギー・ツァイトガイスト(ドラムス)、ホレイショ・ルナことヘンリー・ヒックス(ベース)、ジャロッド・チェイス(ピアノ、キーボード)、トム・マンスフィールド(ギター、シンセ、キーボード)、ジョシュ・ケリー(サックス、クラリネット)である。アリーシャは『アケィディ:ロウ』、ジギーは『ツァイトガイスト・フリーダム・エナジー・エクスチェンジ』というソロ・アルバムもリリースしており、前述の『サニー・サイド・アップ』にもアリーシャ、ジギー、ホレイショが別々にソロで楽曲提供するなど、メンバー個人でもそれぞれの活動をおこなっている。また〈リズム・セクション・インターナショナル〉所属ということで、南ロンドンのアーティストとも交流を持つ機会があるようで、ニュー・グラフィック・アンサンブルのアルバム『フォールデン・ロード』にアリーシャが参加したり、逆に『エレヴェイト』の収録曲をニュー・グラフィックがリミックスしたりしている。そんな30/70の2年ぶりのアルバムとなるのが『フルイド・モーション』である。
アルバムはジャズ・ファンク調のインタールード的小曲“ブランズウィック・ハッスル”で幕を開け、ミディアム・テンポのブギー・トラック“アディクティッド”へ続く。アリーシャのエモーショナルなヴォーカルを生かした1曲で、ホレイショのベースとジョシュのサックスがソウルとジャズがミックスした雰囲気をうまく作り出す。タイトル曲の“フルイド・モーション”はフェンダー・ローズやサックスを配したディープ・ハウス的なトラックに、アリーシャのラップとポエトリー・リーディングの中間のようなヴォーカルをフィーチャー。1990年代のアシッド・ジャズ時代に見られた、Dノートやアウトサイドあたりを彷彿とさせるような1曲である。ゆったりとしたテンポの“N.Y.P”では、ジョシュの奏でる雄大なテナー・サックスがファラオ・サンダース張りのスケール感を生み出す。ジャズ・バンドとしての30/70の力量が表われた1曲だ。シングル・カットされた“テンプティッド”は、ミステリアスなムードとパワフルなビートやアリーシャのヴォーカルが鮮やかにマッチング。ウェスト・ロンドンのブロークンビーツから南ロンドンのジャズの影響が濃厚だ。
そのムードはアフロ・ジャズ、ブロークンビーツ、ネオ・ソウルが融合した“リプライズ”へ引き継がれ、ロウなソウル・ファンクの“トゥルー・ラヴ”やエレクトロなダウンテンポの“エコープレックス”では、ジャズやファンクからビート・ミュージックやヒップホップのエッセンスまでもミックス。“バックフット”や“プッシュ・アンド・プル”はミディアム調のソウル/ファンクで、“クリスタル・ヒルズ”はドラムンベース調のビート・パターンのインスト曲とリズム・ヴァリエイションも豊かだが、“インパーマネンス”に見られるように1990年代後半頃のブロークンビーツを想起させる曲が目につく。ブロークンビーツ自体がジャズ、ソウル、ファンク、アフロ、ラテン、ハウス、テクノ、ヒップホップ、ダブ、レゲエなど種々の要素をハイブリッドしたものだったので、そうした匂いを30/70が持つのも当たり前かもしれない。そして最後を締めくくるメロウ・チューンの“フラワーズ”に顕著な、アリーシャのヴォーカルが持つソウルフルなムードが印象的なアルバムである。
小川充