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小林拓音   Jul 03,2018 UP

 凄まじかった。今年の3月、渋谷WWWβの奥深くに降り立ったクラインは満面の笑みを浮かべ、ひっきりなしに大きく身体を揺らし続けていた。けれど、アゲアゲとかイケイケといった言葉をあてがいたくなるその佇まいとは裏腹に、会場に響きわたる音塊たちはどこまでも実験的かつ尖鋭的で、なんとも形容しがたい抽象性に満ちていた。どう見積もってもパリピが歓喜する類のサウンドではないのに、本人はパリピのようにノリノリという、じつにアンバランスな光景。
 こういう二項対立はあまりよろしくないとは思うのだけど、あえて単純化して言うならクラインは、いわゆる「知性」ではなく「感性」ですべてを押し切ってしまうタイプのアーティストだ。『Only』も「Tommy」も、けっして緻密な論理やコンセプトに基づいて生み出されたものではない。「しっかりと考えて作ったわけじゃない」と彼女は公演前の取材で告白している。本人としては自分の頭のなかにあるものを、ただ素朴にアウトプットしているだけなんだとか。クラインの音楽が持つあのわけのわからなさはつまり、彼女のいわば「無意識」によって生み落とされていたということになる。
 ちなみに、これまでに発表されている音源はどれもあらかじめリリースを前提としていたわけではなくて、周囲が出したいと望むから「オーケイ」と了承していたにすぎないのだという。ホモ・ルーデンス。とはいえ最近は「ちゃんと音楽を作っている」という意識も芽生えはじめているそうで、3月の時点で彼女は「いま作っているアルバムで、ほんとうの意味で“音楽”を作っている」と語っている。すなわち、5月末に上梓されたこの最新EP「cc」は、初めてリリースを前提として意識的に作り上げられた作品なのである。

 いわゆる「感性」や「無意識」の赴くまま自由奔放に制作に打ち込んできたアーティストが、急に「ちゃんと意識して」音楽を作りはじめたりなんかしたら、一気に強度が下がってしまうんじゃないか……なんて一抹の不安が頭をよぎったこともあるけれど、クラインはこの新作でそんな猜疑を軽々しく吹き飛ばしてくれている。
 これが「意識的」ということなのだろうか、うめき声の断片が次々と折り重なる2曲目“Slipping”を聴くと、彼女が自分の声の聞かせ方に長けてきているのがわかる。ミュジーク・コンクレート的な音響実験が繰り広げられる4曲目“Born”をはじめ、全体的に洗練度が上がっている感じがするのもその「意識的」の成果なのかもしれない。
 とはいえこれまでの彼女を特徴づけていたわけのわからなさも健在で、細やかな音声の反復にゲーム音楽の破片がまぶされる3曲目“Stop”も、変調され最小限まで切り刻まれた音声がきらきらと流星のように降り注ぐ5曲目“Explay”も、なぜか途中で唐突に謎めいたドラムの乱入を許しているし、6曲目“Apologise”や最終曲“Last Chance”が鳴らす不気味なのにどこかキュートさを携えたサウンドは、相変わらず文字に置き換えるのが難しい。「アンビエントとしてはアンビエント不足だし、ダンス・ミュージックとしてはダンスの要素が足りない。コーラスもあるけど、それもいわゆるコーラスではない」とクラインは自らの音楽について説明しているが、そのどこにも属せない音の組み合わせ方、彼女の「感性」や「無意識」によって紡ぎ出されたそれは、本作でもじゅうぶんに堪能することができる。

 実験音楽という場所にもブラック・ミュージックという場所にも固定されないこと――ドローン、エレクトロニカ、R&B、その他もろもろの狭間を絶妙な平衡感覚で回遊するこの「cc」を繰り返し聴いていると、彼女の「無意識」はその固定されなさを研ぎ澄ませることに全力を注いでいるんじゃないか、と、そんな気がしてくる。
 ナイジェリア生まれの母を持ちながらもそのルーツを際立たせることはせず、むしろバッハなどのクラシック音楽を聴いて育ったことを強調するクライン、その分裂についてチーノ・アモービは「無場所性(Nowhereness)」という言葉を用いて説明しているけれど(紙エレ最新号参照)、「no-where」は「now-here」でもあるわけで、まさにそういう場所ならざる場所こそが「現在」のエレクトロニック・ミュージックの尖端なのだ。そして、であるがゆえにそのノーウェアネス=ナウヒアネスはこれからの10年を方向づけることにもなるだろう。クラインこそはその嚆矢である。

小林拓音

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